「先生」と呼ぶのは禁止です(R15版)3
「里田先生は先生ですけど、でも好きでした。先生としてじゃなくて……一人の男の人として、好きだったんです」
決して言うまいと長らく自制していた昇治と違い、おそらく円花は、この日に告白しようと覚悟を決めていたのだろう。震えてはいたが、その声の芯には力強さがあった。
「好きでしたとか好きだったとか……それは過去形なのか」
「え? だって……まさか里田先生と両思いになれるわけないですし……私はもう、卒業してここの生徒じゃなくなるし……だから、好きだけどこの気持ちは……今日で終わりにしなきゃって――」
「終わらせなくていい」
昇治は円花の声にかぶせるように、きっぱりと告げた。
「俺も早川のことが好きだ。生徒としてじゃなくて」
「え、うっ、嘘っ……!」
「決して言うつもりはなかった。でも、お前もそうだって言うなら、もう遠慮しない」
「っ……」
その瞬間、昇治は円花の顎を掴んで固定すると、自分の唇を円花のそれに重ねた。ふれ合わせるだけにしておこうと思ったが、我慢を続けてきた自分の中の何かが暴発してしまい、あっという間に舌も挿入した。
くちゅ、というかすかな水音を漏らしながら、昇治は角度を変えつつ円花の舌を自分の舌で追いかけ、からませ合う。すると頭の中がくらくらするような快感に包まれ、ここが職場の校舎であるということを忘れそうになった。
「スマホ、出せ」
「え?」
「連絡先を交換する。そうしないと、この先会えないだろうが」
昇治は口付けを終えて円花から離れると、ズボンの後ろポケットに入れたままにしていたスマホを取り出した。そして二人が共通で使っているメッセージアプリの連絡先を交換し、再びスマホをしまう。
「里田先生……あの? え、これって……」
「早川は今日で生徒じゃなくなるわけだし、今日からお付き合いよろしく、ってことだ」
「えっ、うそ……うそ、ですよ……ね……ええっ!?」
「嘘じゃない。今日から俺とお前は、教師と生徒じゃなくて、カレシとカノジョ。いいな?」
「はい……はいっ」
その時のとても嬉しそうな円花を撮影しておけばよかった――のちに昇治はそう深く後悔した。それくらいに、まだあどけなさの残る円花のはじけるような笑顔はとてもかわいらしかったのだ――。
◆◇◆◇◆
「かわいいけど値段が高いなあ。それに、もう少し小さいほうがいいかも」
白塗りの壁に、大きなショーウィンドウ。生活雑貨を多く取り扱っているその店に入ると、外から見る以上に奥行きがあって、実に様々な品があった。円花の探している照明器具もあれば、なんとも形容しがたい不思議な置物も置いてあった。大皿サイズの陶器の上に所狭しと載った大小様々なカエルたちのオブジェなど、いったい誰がどんなふうに部屋の中に置くのだろうかと、円花は不思議に思った。
「そもそも、置くスペースはあるのか」
「えっと……片付ければたぶん」
「不安だな。サイズはちゃんと測ったほうがいいぞ」
「ふふっ」
昇治のコメントに、円花はくすりとほほ笑んだ。
彼はあまり自覚していないのだろうが、意外と几帳面な性格だ。
円花はどちらかというと真面目で模範的な生徒だったが、「なんとかなる気がする」と思って、細部をおろそかにする一面もある。その結果の失敗も少なくはないのだが、昇治にはそうした面がない。男性にしては細やかな点に目が行き届くところが、彼の授業や何気ない言動でも見て取れて、そこを好きになったように思う。
「なんだよ」
だが、昇治はそういう部分を前面に押し出さない。どちらかというと少し尖っていて、とっつきにくい印象を与えやすい。事実、彼の授業はわかりやすいが、「里田先生はちょっと怖い」という感想を述べる友人もいた。教師陣の中では若いほうなので、気安く話しかける生徒たちも多かったが、いつも笑顔であたたかく生徒を受け入れる教師か、と問われたら、円花は首を横に振ってしまうだろう。
それでも、言葉で表現しきれない彼の何かにとてつもなく惹かれて、卒業式の日に告白しようと決めた。この恋心は諦める気でいたので、まさかこうして恋人という関係になってデートができるなど、夢にも思わなかった。
(里田先生は私のどこを好きになってくれたのかな……)
そのあと、円花がいいなと思ったサイズの照明器具はあったがデザインが気に入らず、逆にデザインを気に入ったものは、求めているものよりもかなりサイズが小さかった。値段が手頃なものもあったが機能性は充実しておらず、どれも一長一短で決め手に欠けるため、結局何も買わずに店を出た。
「また今度、別の店で探してみるか」
「そうで……あ、えっと、そうだね」
「サイズは測っておけよ? せっかく買ったのに置けないのは、結構落ち込むぞ」
昇治の口ぶりは、その失敗を実際に経験していることをうかがわせた。彼にもそんな初歩的なミスをするところがあるのかと思うと、なんだかかわいらしいと円花は思った。
「円花、ちょっと靴を見ていいか」
「うん」
雑貨店をいくつか過ぎ、アップルパイの店も過ぎると、メンズシューズ専門店が見えた。歩きやすい歩道の商店街には、本当に様々な店がある。レトロなものが多いとの触れ込みだったが、そうした店だけでなく、最新のブランド品を扱っている店もあるようだ。
(靴……)
革靴からスニーカー、スポーツ用の靴まで、あらゆる種類のメンズシューズが店内には置かれている。おまけにサイズも豊富で、足が小さい男性もターゲットにしているようだ。
それらの靴を見ていると、約二週間前、昇治の住むマンションの部屋を初めて訪れた時のことを円花は思い出した。
◆◇◆◇◆
――卒業式の日に昇治と付き合い始めてから、一カ月と少しが経った頃。円花は大学に進学し、講義も始まっていよいよ学生生活が本格的にスタートした。短時間ではあるが、家と大学の間にある大きな駅ビルの中のレディース服のアルバイトも始めた。
新しい学びの環境と、初めてのアルバイト、それから、年上の恋人とのお付き合い。何もかもが新鮮で、少し目まぐるしくも思えたが、どれも待ち望んでいたものなので、円花は毎日を楽しく過ごしていた。
そして四月の中頃の土曜日、円花は昇治に招かれて初めて彼の部屋を訪れた。
最寄駅から徒歩十分ほどのマンションの一室はそれほど広くはなかったが、三点ユニットバスではなく、風呂も洗面所もトイレも別だった。この部屋を借りる際にそこにこだわったのだろうかと思うと、昇治の隠れた几帳面さや綺麗好きな面を感じた。そしてまた、玄関に並んだ黒い革靴やスニーカーが、ここは男性の住む場所なのだということを如実に感じさせ、円花は妙に緊張した。
最初は、大学生活がどうとかアルバイトがどうとか、そんな話をしていた。昇治は一年生の担任になったそうで、昨年度よりも忙しくなりそうだと、少し困った表情をしていた。
「んっ……」
たわいない会話が続いたが、円花としては、この部屋に来る前から期待を――いや、覚悟をしていた。もしかしたら今日は、二人の関係が進むのではないかと。そしてそれは、おもむろに昇治から口付けられて確定したように思う。
「焦らなくていいし、俺はまだ待てるけど……どうする」




