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いつも嫌がらせをしてくる幼馴染に仕返しをしたら精神崩壊しました

掲載日:2026/08/17

 俺はこの日、学校での居場所を失った。

 その原因となる出来事の中心にいるのは幼馴染である宮原唯菜(みやはらゆいな)だ。

 

 ブラウン色の髪を腰まで伸ばし、玉のように輝く瞳で男子を魅了し、鈴を転がしたような声で皆を湧き立てさせる美少女だ。成績優秀なのはもちろん、性格も良い――俺以外には。


「聞いた? 零二くんって唯菜さんのこと好きらしいよ?」

「知ってる知ってる! どう見ても付き合える訳ないよね」


 クラスのみならず、今や学校中でこの噂は蔓延している。俺は友達が元から少なく、交流が無い。この噂のせいで俺は廊下を歩く度に容姿や歩き方、存在感そのものを嘲笑される。


「あ、いたいたぁ!」


 背中を丸くしてトイレに向かっていた俺に話しかける女子生徒がいた。透き通ったやや色気のある声色。チラッと目を上へ戻すとそこにいたのは唯菜だった。


 彼女はこちらの顔を覗き込みながら悪魔のような笑みを浮かべている。


「どぉどぉ? れいじぃーどんな気持ち? これでもっと私のこと好きになっちゃったぁー?」


 癇に障るように語尾を伸ばし、ツンツンと頬をその白い指で指してくる。

 そうこの噂を広めたのは他ならぬ彼女自身だ。とは言っても俺が結菜を好きだと他人に伝えたことはない。幼馴染である彼女にも全く。


 つまりは彼女の思い込みなわけだ。だが、その思い込みも権力者が発言すると事実となり、俺には一生消すことの出来ないタトゥーになる。


「零二って、私のこと好きなんだね。ちょっと意外だなぁ。私は幼馴染としてしか見られないんだ。でも、どうしてもっていうなら付き合ってあげてもいいよ?」


 スっと手を差し出してくる唯菜。だがやはり顔に張り付いている妖艶な笑みは隠せていない。


 ヒソヒソと俺を見てバカにする生徒たち。ありもしない虚構を信じる生徒たち。そして何よりこの噂を立ち上げ、俺の学校での居場所を奪った張本人――俺の中で、何かが音を立てて崩れた。


 これが初めてではない。だが、これが決定打となった。

 教科書を隠されたことも、シャーペンを壊されたことも、足を掛けられてわざと転ばされたことも、チョークの粉を頭にかけられたことも、ノートに落書きされたことも、数学の宿題を消されたことも、我慢しようとしたら出来たが……もう、限界だ。


「大丈夫。トイレに行くからごめんね」

「あ、ちょっと零二」


 俺は差し出された手を無視してトイレへと向かった。

 全部やり返してやる。全部だ、やられたこと、ありもしない事も、全てを返してやるよ。



「あれ……どうして?」


 翌日の現国の授業が始まった。新単元ということもあり内容を皆で読み回していくことになったのだが、隣の席の唯菜が忙しなく机の中とバッグを確認していた。


 俺はそれを横目にながらニヤリとほくそ笑む。そして、何も知らない様子で、良い幼馴染を演じた。


「どうしたの唯菜」

「現国の教科書が無いの……確かにいれたはずなんだけど」


 成績優秀の唯菜は毎日持ち帰って勉強をしている。そのため、家に忘れたのではないかと思うのだが彼女は教科がある前日と、その日の朝にしっかりと確認しているらしくその可能性はゼロらしい。


「へー、そうなんだー」


 こちらを見ることなく一人で血相を悪くしていく彼女を見下す視線を送る。

 順番は唯菜までもう幾ばくもないところまで来ている。

 諦めた様子でため息をつく唯菜がこちらを見て開口。


「零二、教科書貸して」

「嫌だよ」

「え?」


 借りることが出来ると思っていたのか彼女は口を開けたままポカーンと固まる。


「謝ってよ。昨日のこと」

「あ、う……いやだ」

「あっそ。じゃあしーらね」


 次は唯菜の番だ。もう猶予は一分も、いや三十秒もない。俺は向けていた体を正面に戻す。彼女は徐々に手が震え始め、透明の液体が目元に現れ始めた。


 成績優秀とはいえ、忘れ物には容赦しないのが現国の先生だ。前回忘れ物をした生徒は授業時間全てを使い、とてつもない説教を食らっていた。加えてガタイと声の低さも相まって、ヤクザに近い。


 学業に力をいれる彼女にとって成績の低下ほどいたいものはないだろう。


「お、お願い……! 零二!」

「謝って?」

「ご、ごめん」

「聞こえないなぁー」

「ごめんてば! ごめんなさい!」


 藁にもすがる思いでこちらを頼ってくる唯菜を見て俺は笑わずにはいられなかった。昨日までの威勢はすっかりと消え失せ、今はこちら頼りとなっている。

 目元を注視してみれば一雫の涙がポロッと落ちていた。意外と泣き脆いのは変わりないらしい。


 俺は仕方ないなぁと言いつつ彼女に教科書を見せる。たった数行だが、彼女の声は震え、若干の嗚咽が混じっていたため、クラスメイトが顔合わせヒソヒソと何かを話す。


 授業後、彼女の元には多くの生徒が駆け寄り先の事を聞く。忘れ物をするはずがないという思い込みを持たれているせいで彼女も誤魔化すことで必死だった。


 俺は自分の机の中に視線をやる。一番上にあるのは名前欄に「宮原唯菜」と書かれた現国の教科書。まだこれは始まりに過ぎず、かつ序章に過ぎない。



 同日の昼休み、職員室を後にした俺は周囲の視線を気にすることなく自分の席につき昼食を取り始める。

 

「へぇー、今日はサンドイッチなんだぁ」


 すると隣から少しねっとりとした声が聞こえてくる。

 数日前も同じサンドイッチだったが、まだ一口も食べていないそれを落とされたことがある。本人はごめんねと声色を合わせて謝っていたが、表情は意図的なものだった。


 俺が歯向かおうにもクラスメイトは彼女の味方をするだろうとその時は諦めた。


 机の端にあるサンドイッチが彼女に掴まれる。取り返そうとしたが――、


「セクハラって言っちゃおうかなぁー」

「――――」


 彼女にそう脅しをかけられた俺は大人しく引き下がる。これ以上争いを続けることは良くない。『表』では。

 ヒラヒラと餌のように掴む彼女が嫌がらせを始めようとした瞬間、放送が流れる。


『一年Aクラス、宮原唯菜。今すぐ職員室に来なさい』

「えっ、私?」


 自分が呼ばれるとは微塵も思っていなかったのか動揺の色を隠せない唯菜。それはクラスメイトも同じなわけで、「どうしたんだ」と目が泳いでいる。

 

「また後で続きするから」


 そう言ってやや煩雑にサンドイッチを返すと、スタスタと職員室へと向かった。

 一体何をしたのか。今のは間違いなく生活指導担当の先生だ。彼女が悪事をするわけがない。そんなこととは無関係。故に後で話を聞けば良いか。


 そう思っていた生徒が大半だろう。


 しかし唯菜は昼休みの間――いいや、今日これ以降俺たちの前に現れることは無かった。



 復讐の計画を練っていたその日の夜、珍妙なことが起きた。ベッドに置いておいたスマホが小刻みに振動し、着信を告げていたのだ。

 送り主は「宮原唯菜」、今日途中で消えた才女だ。


「何だよ問題児」


 俺は出るやいなや、思っていたことを隠すこともなく告げる。

 すると電話越しに彼女の大きな嗚咽と涙を拭う音が聞こえた。


『うぐっ……ひどいっ、ひどいよぉ……!』

「切ってもいいか? 忙しいんだ」

『待っでよ、えぐっ……今日ね、せんぜいに竹山先生に、思いっきり怒られたのぉ!!』


 竹山先生、生活指導担当の人だ。

 怒られたということは校則を破り悪事を働ていたことがバレたわけだ。やっぱり俺が開口一番に発した問題児という言葉は間違っていなかったらしい。


「で? 悪いことしたら怒られる当たり前だろ。昨日の噂で怒られたんだろ。許してないからな」


 ちょっとした殺意を込めて送ると、少し泣き度が増したようで声が大きくなった。


『ごめんってばぁ……! 悪かったよぉ……! でも、メイク道具なんて持ってきてないぃ!』


 生活指導の対象となったのは校則にあるメイク禁止に触れたこと。その証拠として化粧品を校内に持ち込んでいることがバレたらしい。


「でもバレたんだから持ってきてたんだろ。反省しろ。あとほんとに許してないからな」

『うぐっ……だってぇ、零二が私にぃ……』

「俺が何だよ」

『……やっぱり何でもない。ともかく私は持ってきてないのっ!』


 悲情から徐々に怒気へと変わりつつある彼女の様子に対して俺は彼女を宥めることにした。


「そうだな。お前は嫌がらせをしてくるけど、校則を破ったりする問題児じゃない。誰かと間違えられたんだろ」

『ひどいっ! 最低!』

「お前もな」

『うっ……ごめ、ん』

「ともかく俺はお前がやってないと信じてる。誰かと間違えられたとしか思えない」

『――ありがとう』


 すると何故かそれまで燃え盛る炎のように滾っていた怒りが鎮静され、素直さを見せた。

 その後も彼女の味方をしつつ件の事は許していないと伝えると何度も中身のない謝罪をされ、電話はプツリと切れた。


「……まだまだいくからな。覚悟しとけよ」


 たとえ謝られても、もう遅い。より俺の復讐は苛烈を極めていく。



 とある日の朝のことだ。

 クラス内ではとんでもない雰囲気が漂っていた。それは火事にも勝る熱気。

 中心にいるのは瞳孔を細め、全身を震わせる唯菜。野次馬達は「誰がやったのか」と声を荒らげている。


 真っ先に疑われたのは俺だ。

 唯菜を好きだとバラされた腹いせにやったのだと、証拠も無く犯人扱いを受けた。

 だが、「証拠も無いのに言われても困る」そう言った直後クラスメイトの罵詈雑言を浴びせられた。味方がいるなんて思っていない。

 場の主導権を握っている男子生徒は俺の制服を思い切り捻り上へと力を入れる。拳を振り上げたその瞬間――、


「零二じゃないよ!」


 それまで沈黙していた唯菜が声を張り上げ俺を庇う。その誰もが予期せぬ行動に男子生徒は力なく腕を下ろす。


「な、何で、何でだよ! どう考えてもこいつだろ!?」

「ううん。零二はこんなことしない。こんなことする人じゃない!」


 鬼気迫る様子に気圧されたその男子生徒は一瞬引き下がるが、俺を指さして負けんじと声を張り上げる。


「こいつしか考えられないだろ! 唯菜の教科書に悪口を書く理由に思い当たりがあるのは!」


 先日彼女が見つからないと探していた現国の教科書。それがなんと今朝になって見つかったのだ。発見場所は彼女の机の中。ただの見落としかと思い、中を開いた唯菜は口を抑えた。


 どのページを開いても一面には悪口ばかり。小学生レベルのものから、脅迫に近いものまで多種多様。中には彼女の容姿に関することまで書かれていた。


「零二は昔からそんなことする人じゃない!」


 誰もが知らない俺の昔。

 それを知っているのは今この場にいる人間だと唯菜だけ。今と昔からの性格に関することについて彼女は熱弁。事細かに、理由も添えて彼女は皆に俺のことを伝えていく。


 俺は違う。そんなことしない人間だから、やめて欲しいと。

 それを主張する彼女の佇まいはまるで、大事な人を守るかのようないで立ちだった。


「だから違うの、零二は……違う」


 ぎゅっと両手を胸の前で合わせる唯菜。天使に近いその様子に見惚れる男子もいたが、今はそれどころでは無いのだ。

 

「だとしたら、誰なんだよ」


 先程までの勢いを削がれた男が悔しそうに呟く。自分の好きな人がそのような目にあっているのだから守りたい、救いたいのは当然だろう。


「一先ず皆、もうすぐホームルームだから自分の席に戻って」

「で、でも……」

「大丈夫、私は大丈夫だから」


 諭す彼女の様子を隣で静観していた俺は彼女の変化を気取る。

 遠い、虚空を見つめるかのような瞳。覇気のない声色と雰囲気。たかが数日でこの程度、そんな精神性で良くもまぁ俺に嫌がらせなんて出来たものだ。


 殴りかかろうとした男子生徒は最後まで俺を疑っているようで、去り際に殺意の籠った目を向けられた。

 隣を見れば、窓を開けて遠く、遥か彼方の青空を眺めて現実から目を逸らしている唯菜がいた。


 机に開かれた現国の教科書にあるのは丁寧な字で時間を掛けたであろうことが読み取れる一言。


『高校生デビュー』


 恐らくこの一言が彼女の心を闇へと落としたのだろう。



 唯菜は今でこそ容姿端麗の成績優秀、完璧人であるが中学生まではそうではなかった。

 寧ろその逆で、容姿もそこそこに、勉強も得意ではない普通の女子生徒だった。


 誰に触発されたのかは分からないが、噂では仲良くしていたグループの女子に『ブス』と陰口を言われたことがきっかけだったらしい。

 自分は可愛くない、美の欠けらも無い。女性として魅力が感じられない。一緒にいても楽しくない。そんなことを言われていたのだろう。


 中三の一学期受験が――と言われる年まで迫った中、彼女は周囲が目を見張るほど変わっていった。

 顕著に現れたのは成績。それまで評定が平凡だった彼女が一気に学年トップレベルへと昇格。先生もバカにしていた友人も目を丸くしていた。


 だが容姿の方は何も変わらずで、変わったことといえばより細くなったことくらいだ。

 高校生となり同じ高校に入ることになった俺は彼女を見て驚愕せざるを得なかった。それまで凡としか言いようが無かった顔面偏差値が一気に70へ駆け上がっていた。


 後になって知ったのだが、成績が伸び始めていたのと同じ時期にメイクや顔マッサージ、ダイエットを始めたらしい。中学校内でその変化を見せなかったのは、周囲にバカにされることを恐れていたとのこと。


 高校になり顔見知りが幼馴染の俺しかいなくなったため、彼女は『高校生デビュー』を果たした。少し暗かった性格も明るくなり、クラスの中心に立つようになった彼女は誰の目に見ても完璧な美少女としか言いようが無かった。


 その日の放課後、誰もいなくなった教室に彼女は一人残り、教科書を見つめていた。


「零二は、違うもんね……」

「あぁ俺じゃない。お前に酷いことをされたとはいえ、ここまではしない」

「うん、うん。分かってる。零二は違う。昔から優しくて、何をしても怒らなくて、思いやりがあって……じゃあ誰なんだろう」


 触れられたくない一言が書かれたページを奥歯を噛み締めながら見つめる唯菜。


「もしかしたらなんだが、唯菜を嫌っている生徒かもしれない」

「私を……そっかぁ、それじゃあ仕方ないかなぁ……」


 悔しいのか悲しいのか分からない表情と声、だが分かる。唯菜はきっともう限界が近い。自分が最も触れられたくたない、領域にまで嫌がらせを受けている。


「もしかしたらクラスメイト全員で仕組んだことかもしれない」

「それは、無いんじゃないの?」

「どうかな。現国の教科書のページは300ページを超えてる。これを人でやるのはあまりにも非効率だ。教科書が無くなった日から今日まで、期間は数日。それをたった一人でやるだなんてことは出来ない」


 高校一年生の一学期は思いのほか多忙だ。部活動に入ってる生徒がほとんどで、主力となる三年生が引退し代が変わった。今後部活を引っ張っていく二年生とそれを支え、雰囲気を作っていく一年生。


 一人なら到底不可能だが、皆で回して分担するなら話は別。なんだったら部活内の部員全員を使ってやることだって出来る。むしろそっちの方が現実的だ。


 ――無論、どれも違うが。


「零二は、助けてくれる……?」

「誰を? いつ」

「私が、みんなから嫌われた時」


 救いを求めるような眼差しと目が合う。ここ最近、彼女の泣きそうな顔をよく見るようになった。特別な意を含んだ悪魔はそこにはおらず、雨の日にこちらを眺める子猫のような彼女がいた。


「――正直いやだと言いたい。これまで唯菜にされてきたこと全てを考えれば」

「それは……私が――」


 何かを言いかけたところで唯菜が大きく首を振るう。

 耳は少し赤く変色し、目線が下へと落ちていく。


「何で今までああいうことをしたんだ? 俺はいじめとして報告しようか何度か迷ったぞ」

「い、いじめ!? そんな……そんなこと、してなくは無い、よね……」

「相手が俺じゃなかったらどうなってただろうな。それで理由は?」


 唯菜はバチが悪そうに、口を噤む。


「言いたくないなら俺は助けない。理由もなしに嫌がらせをされてたって先生に報告する」


 バッグを持って立ち去ろうとする俺の腕を唯菜が掴む。


「……きだから。零二を、好きだから……っ」


 頬を紅潮させ、手のひらに力を込める。彼女の温度はその手を通して俺へと伝って来ていた。


「俺のことが好き?」

「う、うるさいっ。中々振り向いてくれないからっ、どうしたら見てくれるようになるかなって……」


 なるほど。彼女は好きな人に嫌がらせをして好きになってもらおうとする頭が悪い子らしい。

 バカだな。そう言いかけたところで口を閉じる。目の前にいる唯菜はジッとこちらを見て何かを待っている。


 嫌がらせを受けていなかったらな――。


「答えは今すぐ出せない。少し待っててくれないか?」

「えぇ、今がいぃ……だめ、かなぁ?」


 得意げに語尾を強調して笑いを取り繕うがいつもの冷静さと悪魔性が全く持って皆無。

 それは邪念を振り払うように拒否すると彼女はムスッと頬を膨らませる。


「唯菜、一週間後までに答えを出す。答えが出せたら家まで行く。だから待ってて欲しい」

「い、家まで……? もう、それって」

「どうかな。ともかく一週間だ。それまでは()()()()()()学校に来て欲しい」

「う、うん分かった。絶対振り向かせるから!」


 決意を固めた彼女の声を背中越しに聞いた俺は教室を後にする。室内に一人残った唯菜はそれまでの自分を蝕んでいた問題は脳内から消え去り、恋という感情で満たされていた。



 一週間が経過した。つまり、今日が約束の日だ。唯菜の告白に対する返事。元より決まっていたことだ。しかし彼女はまだ盤面を覆すことができると本気で思っていたようで、あの日以降猛アピールを仕掛けてきた。


 まぁ滑稽としか言いようがない様に笑わずにはいられなかったのだが、今日この日、唯菜は学校を欠席した。

 というのも前日からその予兆は現れていたらしい。


 お気に入りのヘアゴムがなくなったり、弁当が捨てられていたり、文房具が消えていたり、誰かに水をかけられたり、ノートが破られていたり。


 何より彼女の好きな人が前日バラされ、学校中に出回ったことが決定打となったらしい。

 当然俺も日の矢を向けられることになったが、ありえないだろと一蹴すると周囲も激しく頷いた(なんかムカついた)。


 そして今、俺は唯菜の部屋前にいる。

 久しぶりに会った彼女の母は快く迎えてくれ、唯菜のことを心配してきたと伝えると頼みの綱と言わんばかりに何とかして欲しいと懇願された。


「唯菜、俺だ」


 ノックをしながら誰かを表明するが彼女が一向に姿を見せない。


「今日は約束の日だろ? 『答え』を伝えに来た」

「――――」


 返ってくるのは静寂の音。本格的に精神が参ったらしい。もういっそのこと扉を無理やり開けた方が良いだろうか。一応彼女の母の了承は得ている。部屋で何をしていようが彼女の母親に責任を擦り付けることは可能なわけだ。


 俺はドアノブを握るとグッと中へと押す。

 扉にもたれかかっている可能性を考えたが、そうではないらしく手応えは軽い。


「――――」


 陰鬱な、真っ暗闇の部屋にいたのは見たことない程に負のオーラを纏う寝巻き姿の唯菜。

 背中を丸め、ベッドの上で俯ている。


「唯菜、来たぞ」

「……零二、そっかぁ。今日が約束の日、なんだ」


 フラフラと立ち上がり、足元を注視していていなかった彼女は前のめりになって倒れる。すかさず腰に手を回して彼女の体を抱きとめると彼女が如何に冷たいか伝わった。


「零二、私何かしたかな……」

「何もしてない」

「だよね……なんかもう辛いや」

「それは、俺と付き合えたとしてもか?」


 その言葉を口にすると彼女の顔に花が咲いたように生力が戻る。背中に回した手にも力が困り、みるみる体温が上がっていく。


「付き合って、くれる、の?」

「その前に、部屋を出ると約束して欲しい。閉じこもりすぎて困ってると言われた」

「お母さん……約束、する。だけど零二も約束してほしい」

「何を?」

「私のこと守ってほしい。零二だけ、零二だけなの。もう、クラスメイトの誰も信用出来ない。皆が向けてくる目線を信じられない。零二だけが頼りなの、お願いっ」


 フワリと彼女から漂う甘い香りが鼻を突き抜けた。向けられた甘美な視線と声は正しく美少女。これを蔑むことなどできない。


「酷いよ……あんなことする人、私は許せない。私の人生をめちゃくちゃにして、ほんとに、ほんとに……最低っ」

「唯菜」


 バッと落ちていた顔が上がる。緊張が高まる室内で、俺は口を開く。


「唯菜は、自分をこんなにした人間が許せないんだな?」

「うん。人の学校生活を()()()()()()にしたんだよ? 許せるわけないでしょ!」

「もし、もしもその犯人が俺だと言ったら――?」


 瞬間、彼女の顔が陰った。眉を逆への字にし、困惑を色を生み出した。


「何を、言ってるの? 零二がそんなことするはずないよ」

「教科書の231ページ『高校生デビュー』、体育館裏での水かけ、シャーペンの芯を掴むタンク部分の破損、誕生日に貰ったヘアゴムが無くなったこと」

「れい、じ……?」


 それまで立て続けに起こっていた事を、実行者しか知りえないはずの事を一枚、また一枚とめくり伝えていく。


「竹山先生に怒られた化粧品の数は全て合わせて三つ。アイライナー、ファンデーション、下地、間違いないか?」


 唯菜の顔が青色に染まっていく。俺を神格化していた彼女の中の俺が、悪魔へと変わっていく。

 信じていた人間が、絶対大丈夫だと思っていた人間が全ての元凶だったという事実が彼女を包み込む。


「うそ、うそ、だよ……零二はそんなこと、するはずが」

「特に生徒指導の件は誰にも話してないはずだよな。何せあの日、唯菜は誰にも会うことがなかったんだから」

「いや、いや、やめて……れいじ……」

「ほんとに最低だよな。人の学校生活を邪魔するような『嫌がらせ』って。特に好きな人をバラされるのは辛いよな」


 唯菜を視界の中心に見据えながら含みのある言い方をする。口元を調整し、表情を作り悪魔的な笑みを浮かべて。


「零二が、私、に嫌がらせ、を?」

「そうだったらどうした? 唯菜にされてきたことを全部やり返しただけだが?」

「何で、なんでそんなこと……? 私みたいに振り向いて――」

「そうだよ。唯菜に気がついて欲しかったんだよ」


 ハッと理解したかのような顔で彼女の顔は陽光が射したように明るくなる。だが、俺の言葉で先程よりも深い暗黒へと落ちることになる。


「唯菜のことが憎いってこと、嫌いだってことをね」

「……ぁ」

「だから唯菜とは付き合えないな。自分の気持ちをそうやって嫌がらせでしか表現できない人とは付き合いたくない。何より、君のせいで俺は学校での居場所が無くなったし」


 ガクリと膝を折ってその場に崩れる。肩は力なく垂れ下がり、空気は最悪に変わる。


「俺が唯菜を好きだって嘯いて回った日、俺は学校中の生徒から白い目を向けられた。俺は君と違って人気があるわけじゃない。平穏な日々があの時、確実に壊された。正直、それまでしていた嫌がらせだったらまだ許せた。だけど、流石に看過できない」

「わたしが……悪かった、の?」

「どう考えてもそうだろ。だから君にも味わって欲しかった。嫌がらせを食らう苦痛と、周囲から向けられる視線を」


 彼女はもの言わぬ骸と化したように黙り込む。

 言いたいことは全て伝えた。俺は身を翻し、扉へと向かう。


「友達として話しかけて欲しいなら明日から話しかける。無論嫌がらせはしない。だけどそれ以上の進展は無いし、好意を向けられても振り向けない」

「――普通、じゃない、ね」

「お互い様だ。好きな相手に嫌がらせをして好きになって貰えるって本気で信じてたのか? それはお前の中での空虚な妄想に過ぎない」

「そっか、そうだったんだ……。えへへ、そうなんだ。全部、私が悪かったんだ」

「お前以外に悪いやつはいるのか?」


 言葉を振り絞った唯菜を突き放すように冷徹に言い放つ。すると、小さな嗚咽が部屋に響き始める。


「泣きたいなら泣けばいい。だが、この前みたいに慰めることはしない。自分一人で過ちと向き合うんだな」

「辛い、辛いや。もう……うぐっ、立ち直れない、かも」

「そうか。精進しろよ」


 ドアノブに手を掛けた瞬間、前に出そうとした足に何かがまとわりつき進路妨害する感覚を覚える。

 視線を落とせば唯菜が両手を絡めて必死に抱きついていた。


「ふへ、あはは……」


 泣きながら狂気的な笑みを浮かべているのが垣間見える。どうやら唯菜は狂ったようだ。

 泣き崩れるか、はたまたこうなるかの二択で俺は前者だと思ったんだが予想以上のクリティカルだったらしい。目は笑ってないのに、口は笑い、目は泣いているのに、顔は泣いていない。


 ここまでする必要があったかどうか訊かれれば俺はNOと答えるだろう。しかし、いつの間にか手を緩めることが出来なくなった。

 どんどん崩れていく唯菜が、俺を絶対大丈夫だと言っている唯菜が、告白をして俺に期待していた唯菜が面白かったからだ。


 これを壊した時、彼女がどんな反応をするのか気にっていたから。

 徹底的に追い込む。やられたことは兆倍返しにして、同じことをやり返す。








 俺が味わったことを経験させるために。


 

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― 新着の感想 ―
たかがこれくらいのことでやり返しすぎだ。 と言う人もいると思う。上手くさばけば大したことはない。 でだ。 上手くさばけない人間もいるということ。 俺もそのタイプ。 まあ、教科書隠したりチョークの粉ぶ…
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