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表裏の歴史書  作者: qp46


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異世界転移

高校からの帰り道だった。


俺の名前は小鳥遊湊。勉強も運動も飛び抜けているわけじゃないし、自分で特別な人間だと思ったこともない。ただ、人と関わるのは好きだった。楽しそうに話している人達を見るとつい混ざりたくなるし、誰かが困っていると放っておけない。友達からはたまに「お前は知らない人にも距離が近い」と言われるが、自覚はない。


その隣を歩いているのが桐生健だ。


中学からの付き合いになる親友で、俺とは正反対の人間だった。俺が人を見るなら、健は理由を見る。何か問題が起きれば「誰が困っているか」より先に「なぜ起きたのか」を考えるし、面倒くさそうな顔をしながらも最後まで付き合ってくれる。


だから目の前が突然真っ白になった時も、俺が何だこれとしか考えられなかった一方で、健は原因を探していたのかもしれない。


もっとも、その時の俺にはそんなことを考える余裕はなかった。


視界を埋め尽くした光は眩しいというより異常だった。事故かと思ったのも最初の一瞬だけで、瞼を閉じても消えない白さに現実感が薄れていく。足元の感覚まで曖昧になり、自分が立っているのかどうかすら分からなくなった頃、ようやく光が弱まり始めた。


嫌な予感がする。


その予感を抱えたまま目を開いた瞬間、俺は思わず周囲を見回していた。


高い天井。


石造りの床。


真っ直ぐ伸びる赤い絨毯。


見たことのない景色だった。


ただ、それ以上に気になったのは人だった。


広い空間の両側には甲冑を着た兵士達が並び、その後ろには豪華な服を着た人達が立っている。映画の撮影と言われても信じそうな光景だったが、そこにいる人達の表情を見た瞬間、その考えは消えた。


誰も演技をしているようには見えない。


本気で驚いている。


そして困惑している。


「……健」


反射的に隣を見る。


そこに見慣れた顔を見つけた瞬間、胸の奥にあった不安が少しだけ軽くなった。


健も周囲を観察していたらしく、俺と目が合うと小さく息を吐いた。


「無事か」


「それはこっちの台詞」


「夢じゃなさそうだな」


「俺もそう思う」


短い会話だった。


それだけなのに落ち着く。


昔からそうだった。健がいると何とかなる気がする。根拠なんてないのに、そう思ってしまう。


改めて周囲へ視線を向ける。


やはり妙だった。


全員が俺達を見ている。


だが歓迎しているわけではない。


敵を見る目でもない。


何かがおかしい。


そんな空気が広間全体に漂っていた。


特に気になったのは、広間の最奥に立つ壮年の男だった。豪華な衣装を纏い、自然と周囲の中心になっている。その姿を見れば王なのだろうと分かる。


だが、その男もまた困ったような顔をしていた。


俺達が現れたことを喜んでいるようには見えない。


むしろ予想外の事態へ巻き込まれた人間の顔だった。


「これは……」


誰かが呟く。


静まり返った空間の中で、その声だけが妙にはっきり聞こえた。


何が起きているのかは分からない。


ただ、少なくともこの人達も状況を理解しているようには見えなかった。


「……なあ湊」


隣で健が小さく声を出した。


「何だ?」


「召喚って感じじゃないな」


「え?」


健は周囲へ視線を向けたまま続ける。


「呼んだ側ならもっと喜ぶだろ」


言われてみればそうだった。


もし俺達を呼んだのだとしたら、もっと歓迎するはずだ。


だが見えるのは困惑ばかり。


「じゃあ何なんだ?」


「知らん」


健は即答した。


「でも原因はある」


その言葉を聞いた時だった。


空気が変わる。


そう感じたのは俺だけじゃなかったらしい。


周囲の人達が一斉に息を呑む。


何が起きたのか分からず視線を動かした瞬間、兵士達が膝をつき始めたことに気付いた。続いて貴族達も頭を下げる。さっきまで俺達を見ていた王までもが深く頭を垂れたことで、何かとんでもない存在が現れたのだと理解する。


だからこそ。


視線を上げた瞬間に見えた姿へ言葉を失った。


人の形をしている。


だが人間には見えない。


白銀の髪。


背中から広がる光の翼。


現実離れした姿を見た瞬間、頭の中に浮かんだ言葉は天使だった。


もちろん本物なんて見たことはない。


それでも、それ以外の呼び方が思いつかなかった。


広間は静まり返っている。


誰も動かない。


誰も喋らない。


その沈黙の中で天使は俺達へ視線を向けた。


まず俺を見る。


次に健を見る。


その視線に敵意は感じない。


ただ確認している。


そんな印象だった。


そして。


ほんの僅かに眉をひそめる。


その表情を見た瞬間、違和感を覚えた。


知っている顔じゃない。


予定通りに進んでいる顔でもない。


何かがおかしいと気付いた人間の顔だった。


「……あいつか」


隣で健が呟く。


「何が?」


「一番事情知ってそうな奴」


確かにそう思う。


だが同時に、全てを知っているようにも見えなかった。


しばらく俺達を見つめていた天使は何も言わない。


何かを確かめるように広間を見渡し、そして光へ溶けるように姿を消した。


「消えた……」


思わず漏れた声は広間の静寂に吸い込まれる。


現れた時も意味が分からなかったが、消える時はもっと意味が分からない。


ざわめきが広がる。


やがて王がゆっくり顔を上げた。


そして真っ直ぐ俺達を見る。


その目にあったのは先ほどまでの困惑だけではなかった。


希望だ。


縋るような色が混じっている。


「まさか……」


震える声が広間に響く。


「天使様の使いなのか……?」


その瞬間、空気が一変した。


「勇者だ!」


「勇者様だ!」


「天使様がお認めになった!」


「魔王を倒せる!」


次々に上がる声に思わず健を見る。


健も同じタイミングでこちらを見ていた。


「なあ」


「何だ」


「今、勇者って聞こえたよな」


「聞こえた」


健は少しだけ考え込み、心底面倒くさそうにため息を吐いた。


「……異世界っぽいな」


否定したかった。


だが天使を見た直後では、その言葉を笑い飛ばすこともできなかった。

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