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十五歳の新人侍女は、王宮の禁忌を知ってしまった ――禁図書館戦記  作者: 水戸直樹


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第5話 見なかったことにする場所

 朝。

 侍女たちが小声で打ち合わせをしている。


「次は南側ね」

「……人数、足りてる?」


 一瞬だけ、間が空いた。


 年長の侍女が、視線を伏せたまま答える。


「問題ないわ。昨日から調整されてる」


 それで話は終わった。


◇◇◇


 昼前。


 ララが廊下を進んでいると、向こうから足音が近づいてきた。


 反射的に壁際へ寄り、頭を下げる準備をする。


 その瞬間だった。


(……え?)


 視界の端に映ったのは、見間違えようのない姿。


 ミサラサ王太子。


 北宮は原則、男子禁制。

 立ち入りなど、許されるはずがない。


 けれど王太子は迷いなく歩き、

 居室区画へ、そのまま足を踏み入れた。


 咎める声は上がらない。


 警護も、

 侍女長も、

 誰ひとり、止めなかった。


 皆、視線を逸らしている。


 ――見なかったことにしている。


 しかし、ララは見てしまった。


 開け放たれた扉の奥。


 そこに、昨日までララの隣にいた侍女が立っていた。


 視線が合う。


 一瞬だけ。


 彼女は、何かを言おうとして――


 王太子の手が、静かに肩に置かれる。


 侍女は、口を閉ざした。


(……連れこまれてる?)


 甘ったるい香が漂い、皆が目を逸らす。


 扉が閉まる。


 何も見なかった。

 何も聞かなかった。


 そう振る舞うしか、ないかのようだった。


 胸の奥が、思いがけず熱を帯びる。


「こんなのおかしい……」


 つい、口から出ていた。


 周囲の侍女たちが、こちらを見る。


 その顔は青ざめ、

 ただ、侍女長だけが顔を赤く歪ませていた。


 つかつかと歩み寄り、言い放つ。


「私語厳禁です。……何もないのに、口を開かないこと」


「でもっ!」


「……口を開く許可はしていません。何もなかった、いいですね」


 折れるしかなかった。


◇◇◇


 午後。


 侍女長が、淡々と告げる。


「昨日の人員変更について」


 その場にいる全員が、背筋を正す。


「体調不良により、一名、実家療養です」


 それだけ。


 質問は出なかった。

 空気も、動かなかった。


 報告は、それで終わり。


 おかしい。

 おかしい。

 おかしい。


 でも、口にしたら、また叱られる。


 口を真一文字に結んで耐えていると、


「ララ・シルヴェリス」


 名を呼ばれ、肩が跳ねた。


 侍女長が、珍しく笑顔を見せる。


「今日から、朝晩の入浴を許可します。済ませた後にこれを。……お分かりですね?」


 近づき、香油を差し出される。


 意味も分からず、


「え……、あの、そんなにお風呂に入っていて……いいのですか?」


 その言葉に、侍女長はぷっと吹き出した。


「これだから、辺境の……。いえ、分からなくてもいいのです。いつでも、身体を綺麗にしておきなさい」


 ぞっとするような笑みだった。


◇◇◇


 夜。


 熱い湯の中で、見知らぬ侍女たちに囲まれ、

 まるで家畜の品評会のように、隅々まで粗い布でこすり上げられた。


 個室の寝台に腰を下ろし、ララは自分の手を見つめる。


 ここまでされたら、もう分かる。


 私も、あの侍女のように――。


 怖い。


 けれど――


(……嫌だ)


 ただ、


 奪われること。

 見なかったことにされること。


 それを当たり前みたいに受け入れるのが、

 どうしようもなく、嫌だ。


 逃げたい。


 どこから?


 窓を見やる。


 月明かりの先に、淡く佇む威容。


 禁図書館――


(……あの、お姉ちゃん)


 名前を思い出そうとする。


 いや、無理だ。


 最初から、名前を呼んだことがなかった。


 そうだ、あの人は。


◇◇◇


「ララ、わたくし、お忍びで来ているの」


 少女たちが、絵本を広げている。


 一人は十歳ほど、

 もう一人は、さらに小さいララ・シルヴェリス。


「お姉ちゃん、『おしのび』ってなあに?」


 少女が、にこりと笑う。


「秘密ってことよ。誰にもね。だから、いつか、あなたが禁図書館に来たら、その時に名前、教えるね」


 幼いララは目を輝かせた。


「お姉ちゃん、この絵本の騎士様みたいなこと言うね」


「あ、これ?」


 二人は顔を見合わせ、にししと笑い、声を合わせる。


『そなたの危機に馳せ参じよう!

そのとき、そなたは我が名を知るであろう!』


挿絵(By みてみん)

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