終話 名前を呼ぶ日
「娘の目が覚めない。高名な神官も医者も匙を投げた」
「まだ六歳でしょう。七日間、ゆっくりマナを注ぎ込めば――きっと」
「すまんな。聖女の力は、隠してきただろうに」
「いいのよ。こういうとき来られるように、秘密にしてるだけなんだから」
ココアベージュの髪をかきあげて、少女は微笑んだ。
◇◇◇
「お姉ちゃん、だあれ?なんでララのベッドにいるの?」
「ふふ、あなたの治癒に呼ばれたの。おはよう、ララ」
幼いララは、瞬きを繰り返す。
「……お姉ちゃん、きれい」
「ありがとう」
少女は笑った。
◇◇◇
「ララ、わたくし、お忍びで来ているの」
二人で、絵本を広げている。
「お姉ちゃん、『おしのび』ってなあに?」
少女が、にこりと笑う。
「秘密ってことよ。誰にもね。だから、いつか、あなたが禁図書館に来たら」
指先が、額に触れる。
「その時に名前、教えるね」
◇◇◇
「帰らないで。これからも、ずっと、ララと遊んで!」
幼い手が、必死に袖を掴む。
少女はほんのわずか困った顔をして、それから優しく撫でた。
「いつか、禁図書館においで」
「え?」
「物語が、尽きることなく眠っている場所よ」
ララの瞳が輝いた。
「行く!おとなになったら、ぜったい、行く!」
◇◇◇
――あ……夢。
まぶたが重く持ち上がる。
最初に見えたのは、柔らかな光だった。
すぐ傍に、伏せる影。
静かな寝息。
ララの手が、強く握られている。
ココアベージュの髪が、頬にかかっていた。
(……きれい)
胸の奥が、かすかに震える。
(……あ、色)
記憶が、ゆっくり繋がる。
「……お姉ちゃん」
声が、かすれる。
「……あのときも……」
指先が、ぴくりと動いた。
まぶたが開く。
「……ふふ」
柔らかく笑う。
「やっと思い出した?」
少しだけ、掠れた声。
「おはよう、ララ」
◇◇◇
禁図書館のラウンジには、穏やかな午後の光が差し込んでいる。
「おやつにしましょう。お腹すいたわ」
テーブルには、色とりどりの果物が山のように盛られていた。
「うわあ、フルーツいっぱい……!」
「陛下がね、今回の褒美にたくさんくださったの」
話しながらも、メイリーンは葡萄をつまむ。
「すごい……こんなにいただけるなんて」
「ララも、ご褒美をたくさんもらえるわ。起きたら、希望を聞いておくように言われているもの」
「え……希望って……思いつきません」
「何もなければ、お金か長期休暇がおすすめだけど……」
少し考え込み、ふと思い出したように続ける。
「でも、ララの活躍なら、お金と休暇をもらっても、さらに何かつけてくださりそうね」
ララも、葡萄を一粒つまんだ。
甘さが、ゆっくり広がる。
「……なんでも、いいんでしょうか」
「いいわよ。わたくしだって、ララにご褒美あげたいもの」
その瞬間。
ララの声が弾んだ。
「メイリーン様からいただいても、いいんですか?」
「もちろん」
一拍。
ララは俯く。
両手をぎゅっと握る。
「あっ、あの!」
「なあに?」
メイリーンが、穏やかに首を傾げる。
ララは顔を上げた。
ほんの少しだけ、頬を赤くして。
「こ、これから――」
息を吸う。
勇気を、押し出すように。
「これから『メイ様』って、お呼びしてもいいですか?」
メイリーンが、わずかに息を止め――
くすっと笑って――
天窓から、光が降りている。
二人のあいだで、午後がゆっくりほどけていった。
◇◇◇
物語は、続く。
※本作と同じ世界を舞台にした物語(単体でも読めます)
・メイリーン視点の前日譚
『欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す ~メイリーン戦記~』(完結)




