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十五歳、まだ名前を呼べなかった頃 〜メイリーン戦記・ララ編〜  作者: 水戸直樹


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第25話 王の名において

 剣の抜き放たれる音が、室内に響く。


 赤外套の白騎士が、一歩踏み出した。


「王太子ミサラサ」


 低く、揺るがぬ男の声。


「王妃殺害未遂。ならびに反逆の疑いにより、身柄を拘束する」


 沈黙。


 ミサラサの喉が動いた。


「……誰の命だ」


 赤外套は答えない。


 代わりに、歩を進める。


 白騎士たちが左右へ展開する。


「ふざけるな」


 ミサラサが笑った。


 乾いた、空洞の笑いだった。


「俺は王太子だぞ」


 一歩、後退る。


「誰が俺を裁ける」


 赤外套が、ゆっくりと兜を外す。


 露わになった顔を見た瞬間。


 ミサラサの瞳が見開かれた。


「……父上」


 獅子のような髭が揺れる。


 王が、息を吐いた。


「王として裁く」


 短く。


 それだけだった。


 ミサラサの唇が震える。


「……違う」


 声が掠れる。


「これは誤解です」


「黙れ」


 即座だった。


「すでに、すべて聞いた」


 視線が、王妃の耳元へ向けられる。


 白銀のイヤリングが、光を返した。


 ミサラサの膝が、わずかに揺れた。


「……母上」


 縋るように振り返る。


 マルセナは答えない。


 ただ、息子を見ていた。


 その目は、もう母のそれではなかった。


「……あなたは」


 掠れた声。


「誰なのです」


 ミサラサの顔が歪む。


「やめてください」


「王家の名を騙る者など、産んだ覚えはありません」


 言葉が、刃のように落ちた。


 ミサラサの表情が崩れる。


「……聖女」


 振り向いた。


「なんとかしろ」


 エリカが、笑った。


 楽しげに。


 退屈そうに。


「無理ね」


 瞳の奥が、深く沈む。


『人間の芝居は、もう飽きた』


 声が重なる。


 床の絨毯が波打った。


 エリカの髪が、重力を失ったように持ち上がる。


 瞳が、紅く染まる。


『この器は、ここまでだ』


 指先が裂ける。


 白い肌の下から、黒い紋様が這い出した。


 甘い香が腐り、空気が濁る。


 白騎士の一人が剣を構える。


 肩口には、白銀の竜と『1』の紋章。


 白騎士団の頂点を示す証。


 国王の指先がエリカに向けられる。


 その瞬間。


 『1』の騎士がかき消えた。


 銀の閃光が瞬く。


 風切り音。


 刹那。


 エリカの右腕が、宙を舞った。


 血は、噴き出さない。


 切断面が、黒く焦げている。


 遅れて。


 左腕。


 床に落ちた。


 エリカの口が、開く。


 悲鳴は出ない。


 理解が、瞳に追いつかない。


 左脚が、膝下から消えた。


 同時に、右脚は根元から斬り飛ばされる。


 四肢が、散った。


「変身中は、最も脆いのよ」


 白騎士が剣を振り下ろした姿勢のまま、立っている。


 エリカの瞳が、大きく見開かれた。


『……人間ごときが……』


 剣先が、喉元へ向けられる。


「動けば、首を落とす」


『……甘いな……』


 黒い紋様が、エリカの体表で蠢く。


 だが、広がらない。


 四肢を失った身体が、絨毯の上で震えるだけだった。


「……厳しかったかしら」


 白騎士の問いに、エリカの顔が歪む。


 ミサラサが、後退る。


「……嘘だ」


 声が、崩れていた。


「聖女は、女神の――」


「寄生型魔性体だ」


 国王が告げた。


「確認済みだ」


 ミサラサの背が、壁へぶつかる。


 逃げ場はない。


「捕縛しろ。すぐに寄生物の消滅処理をせよ」


 白騎士が一斉に動いた。


 エリカの身体中に聖釘が打ち込まれる。


 十二本の釘が急所に打ち込まれるたび、悲鳴が上がる。ドス黒い血が吹き出し、表皮は焼けただれた。


 最期は、


『痛い……やめろ……』


 声が、かすれる。


 やがて――寄生物は、沈黙した。


「をを……ああ……」


 残ったのは手足のない、人の形を辛うじて保つ赤黒い肉塊。微かなエリカの声だけが、漏れていた。


 ミサラサが、崩れ落ちた。


「……違う」


 呟く。


「俺は、王になるはずだった」


 誰も答えない。


 国王が、歩み寄る。


 目の前で止まる。


「ミサラサ」


 名前だけを呼ぶ。


 ミサラサが顔を上げる。


「お前は罪人だ」


 短く。


 拳が、ミサラサの鼻を打ち砕いた。


 跳ね飛ばされ、床に転がる。


 血溜まりに、白い歯が飛び散った。


「あ……が……」


 国王の表情は動かない。


 ただ、倒れた息子を見下ろしていた。


 鉄靴が、股座を踏み抜く。


 なにかが潰れ、骨が砕ける音。


 悲鳴と共に、反り返る。


 国王の声が沈む。


「王家の血を、これ以上汚すな」


 元・王太子の体は、二、三度、痙攣したあと、動かなくなる。


 潰れた股から液体が広がり、王妃は顔を背けた。


 国王は白騎士に指示をする。


「連れて行け。治療はいらぬ。“今は”生きてさえいればな」


 マルセナが、ゆっくりと息を吐いた。


 肩が、小さく震える。


 その背後で。


 ララは、まだ腕を伸ばしたままだった。


 障壁の残光が、薄く揺れている。


 光が、ゆっくりと痩せていく。


 空気の震えが、ひとつ、またひとつと消える。


 ララの指先が、わずかに震えた。


 視界が、滲む。


 呼吸が、うまく合わない。


 力を抜こうとして――抜けない。


 止めないと。


 そう思ったはずだった。


 なのに。


 止められない。


 指が、言うことを聞かない。


「ララっ!」


 名が、呼ばれた。


 膝が、崩れる。


 天井が、傾いた。


 落ちる直前。


 誰かが駆け寄る気配。


 視界が、白にほどけていく。


(……これ……だめなやつ……)


 ぼやける視界の中。


 兜を投げ捨てた白騎士が、抱き止めた。


 ココアベージュの髪。


 張り詰めた表情。


 その目が――


 泣きそうに、歪んでいる。


 ――メイリーン様。


 どうして、ここに。


 でも。


 なぜ、そんな顔を――


 そこで。


 意識は、途切れた。


挿絵(By みてみん)

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