第22話 知らなければ、愛
静寂が、部屋に満ちていた。
マルセナ王妃は、小首を傾げたまま、ララを見ている。
無垢な仕草。
だが、その問いは刃物のようだった。
「それとも、私の息子を殺すの?」
ララは、すぐには答えない。
代わりに、胸許のブローチを撫でた。
手の中で、わずかに反応が返る。
大きな窓。
差し込む光。
「……殺しに来たわけではありません」
ようやく、言葉が落ちる。
王妃は、瞬きをした。
それだけだった。
「そう」
あまりにも軽い返事。
興味が消えたようにすら見える。
そのまま歩き出す。
装飾椅子の前で足を止め、ゆっくりと腰を下ろした。
そして、手の甲で椅子の肘掛けを叩く。
「立っていると疲れるでしょう。座りなさい」
ララは、動かなかった。
王妃は、それを見て、わずかに笑った。
「警戒しているのね」
責める声ではない。
むしろ、面白がっているようだった。
「イザベルがいないときに、お客さまなんて、初めてよ」
侍女が、わずかに身じろぐ。
王妃は振り向かないまま、言った。
「下がっていいわ」
侍女は一瞬ためらい、頭を下げて退室する。
扉が閉まる。
静寂が、さらに深くなる。
王妃は、ようやくララを見上げた。
「これで、二人きり」
ララは、椅子には座らない。
ただ、数歩だけ近づいた。
「……侍女が消えています」
王妃は、首を傾げた。
「そうなの?」
「王妃殿下は、ご存じないですか」
「私の侍女はイザベルだけよ。消えてないわ」
軽い声だった。
まるで、天気の話をしているように。
「……あの、失礼かもしれませんが……何も知らないんですか」
王妃は、指先で、自分の髪を弄ぶ。
「ねえ、あなた」
唐突に言った。
「愛されたこと、ある?」
ララの肩が、わずかに揺れる。
「……」
答えない。
王妃は気にしない。
「私は愛されてるの、ずっと」
笑う。
柔らかい笑み。
「知らなければ、愛されるって、父にも、神にも言われて育ったわ」
そこで、言葉を切る。
少しだけ、目を細めた。
「……そう、なんですね」
言葉が、喉に引っ掛かる。
沈黙。
「知ってしまったら、殺されるの。何度も、夢で見たもの」
王妃は、天井を見上げた。
「でもね、息子がね、何も知らない馬鹿は嫌いだ、それは罪だって」
「……王太子殿下が、ですか」
「違うわ、上の子の話。ミサラサの兄のことよ」
王妃の声は、どこか遠かった。
「……私、愛していたのに。出ていったきり、ね」
「……」
「だから、ミサラサは立派な王にするの」
その声音だけが、初めて強かった。
「彼、ハンサムでしょ?私の言うことも聞くから、きっと、いい王になるわ」
ララは奥歯を噛み締める。
王妃は楽しげに、息子の話を続ける。
「少しね、女の子が好きで、失敗しちゃったみたいだけど……反省させたわ」
「本当に、反省、したんでしょうか?」
「そう、言ってたもの。信じてあげるのが、母親でしょう」
「……そう、ですか……」
「イザベルもね、あの子はもう大丈夫だって言っていたわ」
ララは立ち上がった。
「……帰ります。お話、ありがとうございました」
王妃の表情が、一瞬だけ沈む。
「もう、帰っちゃうの?」
「はい。次に、行くところが……」
◇◇◇
北宮の、窓を覆った一室。
二人の白騎士が、水晶球を置いたテーブルを囲んでいる。
「……演技、には聞こえないわね。どう?」
「嘘はついておらんだろう。器用な女じゃない」
「ふふ、そこは評価してるのね」
「……王妃としては問題だらけだがな」
「もう突撃しちゃった方が、ここでの被害は出ないだろうけど……」
「ああ、そうすればマルセナを敵に回す。……結果として」
「戦が早まることになる、と」
「酷だが――ようやくイザベルと引き離したのだ。真実を見せるしかあるまい」
水晶球から、少女の声が漏れる。
『……聖女様の、お部屋へ……伺います……』




