第21話 届かぬはずの気配
北宮、玄関ホール。
白騎士が半円を描くように配置されている。
侍女長イザベルは、廊下の入り口付近で足を止められていた。
「こちらで待機をお願い致します」
白騎士の一人が、静かに告げる。
「……保護、という理解でよろしいのでしょうか」
「はい」
――想定より早い。
ホールに控える侍女たちを見る。
青ざめた顔。
震える肩。
だが誰も、彼女と目を合わせない。
そこへ、もう一人の白騎士が近づく。
「北宮勤務の侍女は、こちらへ」
低い声だった。
「事情確認を行います。安心してください」
数名の侍女が、互いに顔を見合わせる。
一歩を踏み出したのは、最も若い侍女だった。
続いて、もう一人。
やがて列が動き出す。
イザベルの喉奥が、わずかに動いた。
「……随分と手際がよろしいのですね」
白騎士は答えない。
代わりに、視線だけが向けられた。
イザベルは、息を整える。
――聖女。
こちらには、聖女がいる。
まだ、終わってはいない。
◇◇◇
北宮、奥廊下。
ララは足を止めずに歩いていた。
案内役を務める侍女の背中を見つめながら。
白騎士は付いてきていない。
約束通り、玄関で待機している。
靴音だけが、石床に乾いて響く。
ふと、案内の侍女の肩が揺れた。
「……怖い?」
思わず問いかける。
「い、いえ……」
侍女は振り向かない。
「大丈夫、です」
声がかすれていた。
(そういえば……この人、私を無視してた侍女だ)
ララは、それ以上聞かなかった。
代わりに、廊下の壁を一度だけ見た。
磨き上げられた石。
豪奢な装飾。
記憶の中と、何も変わらない。
――戻ってきただけ。
胸の奥で、同じ言葉が繰り返される。
歩みは止まらない。
◇◇◇
北宮、聖女の間。
薄い香が、空気に溶けていた。
カーテンの奥。
柔らかな光の中で、白衣の少女が椅子にもたれている。
聖女エリカ。
その背後。
金髪の青年が、窓辺に立っていた。
「……まだ来ないのか」
王太子ミサラサの声は、低く押し殺されていた。
「イザベル、遅いわね。ララもさ、早く食べたいのに」
「……俺が先だ。壊すのは後にしてくれ」
「だってさ、純粋な子が壊れる瞬間ってさ、ゾクゾクするでしょう?……あれ、ほんと好き」
「“君たち”は本当に壊す。おかげで女が足りなくなった」
エリカの瞳が、ふと揺れた。
次の瞬間。
その瞳の奥が、別の色を帯びる。
紅い宝玉のような色。
『……妙だ』
声が重なった。
エリカの唇は動いていない。
だが、声は室内に響いた。
ミサラサの肩が強ばる。
「何がだ」
『探知が、切られておる』
カーテンが、わずかに揺れた。
ミサラサが振り返る。
「……誰がそんなことを」
短い沈黙。
『我にも見えぬ』
その一言で、ミサラサの呼吸が浅くなる。
「あり得んだろう」
エリカの指先が、椅子の肘掛けを撫でた。
まるで誰かをなだめるように。
『……ララが来たところまでは、視えた』
ミサラサが、息を呑む。
「ならば問題ない」
強く言い切る。
「ここに来れば――」
◇◇◇
玄関ホール。
すでに侍女たちは別室へ誘導されていた。
イザベルは、未だその場に留め置かれている。
(聖女様に……知らせなければ……)
「……聖女様に急ぎで命じられた仕事があるのです。……それだけ、済まさせていただけませんか?」
沈黙。
答えが返るより先に、背後の気配が変わった。
いつの間にか、一人の白騎士がすぐ後ろに立っている。
半歩下がれば、鎧に触れる距離だった。
「心配するな。お前は解任だ」
低い威圧的な声。
さきほどの丁寧な白騎士たちとは違う。
イザベルの視線が、泳いだ。
これは、逆らえない。
――間に合わない。
その予感だけが、はっきりしていた。
◇◇◇
北宮、王妃の居室前。
ララは、扉の前に立っていた。
案内の侍女が、ノックをする。
小さな音。
返答はすぐに来た。
「どうぞ」
柔らかな声だった。
侍女が扉を開く。
ララは一歩、踏み出す。
部屋の中。
薄い香。
大きな窓。
その中央で、一人の女性が立っていた。
金の髪。
白いドレス。
マルセナ王妃。
視線が合う。
王妃の瞳が、わずかに見開かれた。
「あら?」
小さく首を傾げる。
沈黙が落ちる。
そして、ララを確かめるように見た。
ふわりと微笑む。
「まあ……可愛い子ね」
場の空気が、わずかに緩んだ。
ララは一瞬、言葉を失う。
だが――
王妃の笑みが、静かに変わる。
柔らかさを残したまま。
どこか、壊れたように。
「私を殺しにきたのかしら?」
小首を傾げる。
無垢な仕草のまま。
「それとも、私の息子を殺すの?」
静寂が、部屋に満ちた。




