第20話 踏み越えさせない者
少し時は遡る。
◇◇◇
「はい、これで完成」
セシリアが最後に、ララの胸元にブローチをつける。
鏡の前に立つのは、正装を纏ったララ。
「う、うう……、こんな立派な服、私なんかが、いいんでしょうか……」
セシリアが微笑みながら、首を横に振る。
「私なんか、なんて言わないで。ララちゃん、あなたに相応しい格好よ」
「……はいっ。がんばってきます……!」
「怖い?」
セシリアが、小さく問う。
「……少しだけ」
「それでいいのよ」
ブローチを軽く叩いた。
◇◇◇
禁図書館外庭に出た瞬間、白い甲冑の騎士たちが整列していた。
「ええっ!?白騎士のみなさん? な、なんですか?」
護衛が同行するとは聞いてはいたが、こんなに一同に会するとは聞いていない。
口をあんぐりさせるララに、一人の白騎士が兜を外して近づいた。
「ララ、わたくしも後ろからついていくから、大丈夫よ」
ココアベージュの髪を揺らす女性。
「メ、メイリーン様!……びっくりしました」
自分のために、鎧まで着込んで変装してくれることに、ララは胸が熱くなった。
「で、でも、他の、白騎士のみなさんは、本物の騎士さんですよね? こんなに来ていただいて、いいんでしょうか?」
一際、大柄な白騎士がずいっと前に出てきた。獅子のような髭の、壮年の男だ。
「わはは!ワシらに遠慮はいらんぞ、騎士なんぞ婦女子を守ってなんぼだからな」
「はっ、はいっ! あの、みなさま、本日はよろしくお願いしますっ!」
小さなララが頭を下げる姿に、白騎士たちも敬礼で応える。
「馬も用意したわ。とっても大人しくて賢い子だから、ララも安心して乗れるはずよ」
メイリーンが白い馬を引き連れてきた。
「あっ、可愛い!」
ララの目が輝く。
「うん、可愛いでしょ?だいふく って名前なの」
獅子髭の白騎士があきれたようにつぶやく。
「……相変わらず、名付けのセンスがどうかしとるなぁ」
ララが乗り込むのを手伝うメイリーン。
「うわあ、高い」
「じゃあ、行きましょう」
◇◇◇
白騎士の列が、ゆっくりと止まった。
北宮の西玄関。
ララは、手袋越しに拳を握る。
小さく息を吸った。
――戻ってきただけ。
軍鼓が、最後に一度だけ鳴った。
奥から、整った靴音が近づいてくる。
侍女長イザベルが、姿を現す。
「ようこそお越しくださいました、ララ様。ご無事のご帰還、何よりでございます」
ララは馬上で、静かに頷く。
白騎士が先に降り、手綱を支えた。
地に足をつけ、迷わず玄関ホールへ歩み入る。
イザベルの視線が、素早く白騎士たちをなぞった。
「まずは聖女様の居室へご案内いたします」
だが。
「いいえ。本日はご挨拶に伺いました。王妃殿下お一人に、お会いできれば十分です」
イザベルは、ゆっくり首を傾げた。
「恐れながら……王妃殿下は現在、ご静養中でございます。まずは聖女様へご挨拶を――」
「必要ありません」
「聖女様は北宮の守護として滞在しておられます。王妃殿下も、それを望んでおられますので」
「今日は外します」
「理由をお聞きしても?」
「ありません」
即答だった。
イザベルの笑みが、ほんの僅かに固くなる。
「……殿下の御身を案じてのことです。不審な情報が流れております」
「それは承知しています」
「ならば尚更――」
「だから来ました」
初めて、ララの視線がまっすぐ突き刺さる。
「白騎士のみなさんは、私が戻るまでここで待機を。……一刻後、戻らなければ突入してください」
侍女の一人が、小さく息を漏らした。
イザベルの指先が、わずかに震える。
「……過剰ではございませんか?」
「そうかもしれません。……ですが」
短い沈黙。
ララは、一度だけ周囲を見た。
玄関の奥。
侍女たちの列。
誰とも、視線が合わない。
「侍女が、消えています」
イザベルは、瞬きすらしなかった。
「北宮において、そのような事実は確認されておりません」
「それを、確認します。そのために、王妃殿下にお会いします」
「それは出来ません」
初めて、イザベルが断言した。
声は静かだった。
だが、硬い。
「殿下のご体調は――」
「では」
ララが書状を手に一歩前に出る。
「では、こちらに名前のある侍女たちと、お会いさせていただけますか?」
沈黙。
イザベルの笑みが、消えた。
完全に。
「……急なお申し出ですね」
「なら、尚更です」
イザベルは、ゆっくり息を吐いた。
そして微笑む。
完璧な、侍女長の顔で。
「……分かりました」
ほんの一瞬の沈黙。
「王妃殿下のもとへ、ご案内いたします」
だがララは動かない。
「ありがとうございます」
短く礼をする。
イザベルは、背を向けた。
「こちらへ」
そして歩き出す。
王妃の部屋とは――逆方向へ。
二歩。
三歩。
「侍女長」
ララの声が、静かに止めた。
イザベルは振り返る。
微笑みを保ったまま。
「はい?」
「王妃殿下の居室は、こちらではありません」
侍女の一人が、青ざめる。
イザベルの目が、ゆっくり細くなった。
「……王宮の構造を、よくご存知で」
「前に住んでいましたから」
ララは答えた。
淡々と。
「忘れていません。あなたにされたことも」
イザベルの唇が、歪む。
「なんのことやら? それこそ無礼なのでは?」
それでも笑顔を崩さない。
「……どこまでも誤魔化すおつもりのようですね」
「……私は侍女長であり、侯爵夫人でもありますのよ。あなたが礼を失しては、禁図書館司書の価値を下げるのでは?」
気にせず、ララは耳元に近づいた。
一瞬、身を引くイザベル。
「……あなたのご主人、侯爵ですか。廃爵が決定したそうですよ」
「な!?」
初めて、イザベルが揺らいだ。
「う、嘘……!」
「……すべて自白したとのことです。あなたも、逃れられませんから」
背を向けて王妃の部屋へ向かう。
白騎士が、静かに間へ入った。
「……お、お強くなられましたね」
「いいえ」
ララは答えた。
「戻ってきただけです」
廊下の奥で、光が揺れた。




