表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな侍女は、理不尽を選ばない ――禁図書館から始まる物語  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第2話 王都には、お菓子と嘘がある

 馬車は、辺境を離れた。


 草原は次第に途切れ、道は均され、人の往来が増えていく。

 見慣れた荒野の色は薄れ、代わりに石と緑の景色が広がった。


 ララは、揺れる窓の外を眺めていた。


 ――近づいてる。


 はっきりした理由は分からない。

 ただ、馬車の外の音が、いつの間にか絶え間なくなっている。


 蹄の音。

 人の声。

 遠くで鳴る鐘。


 辺境では、こんなふうに音が重なることはなかった。


「王都までは、あと半日ほどです」


 向かいに座る侍女が、穏やかに告げる。

 辺境伯家に長く仕えてきた女性で、今回の旅の付き人だった。


「思ったより、遠くないんだね」


 ララがそう言うと、侍女は小さく笑った。


「道が整っていますから。人も、物も、集まる場所です」


 人も、物も。


 ララは、胸の奥が少しだけ浮き立つのを感じた。


◇◇◇


 昼過ぎ。


 道の両脇に、露店や店構えが増え始めた。

 布の色、看板の文字、人々の服装――どれも、辺境では見慣れない。


 その中で。


「……あれ?」


 ララの視線が、一点に留まった。


 石造りの店の前。

 籠に盛られた焼き菓子が、通りすがりの人々に配られている。


「……お菓子、でしょうか」


「配ってる……?」


 馬車は、自然と速度を落としていた。


 ララは少し迷ってから、そっと口を開く。


「……少しだけ、見てみてもいい?」


 侍女は一瞬考え、うなずいた。


「本当に、少しだけですよ」


 馬車を降りると、甘い香りがはっきりと鼻をくすぐった。


「無料ですので。どうぞ」


 差し出されたのは、小さな焼き菓子。

 薄く、軽く、形もきれいに整っている。


 ララは、恐る恐る一口かじった。

 音を立てないよう、無意識に口元を押さえる。


 ――ぱり。


 次の瞬間、ほろりと崩れ、甘さが広がる。


「……!」


 思わず、目を見開いた。


「なに、これ……」


 外は軽く、中は驚くほど繊細だった。

 辺境で食べてきた菓子とは、まるで別物だ。


「……全部は、食べきれないから。半分、どう?」


 ララはそう言って、残りを侍女に差し出した。


「……これは」


 侍女も、言葉を失う。


「王都って……すごいですね」


 高価そうな菓子を、惜しげもなく配る。

 それだけで、この街の豊かさが伝わってくる。


 ふと、紙包みに視線が落ちた。


 内側には、細い文字が並んでいる。


「あ……これ」


 見慣れない、異国の文字。

 けれど、物語の形式だと、すぐに分かった。


「……霧の中には、魔王。

辺境の勇者と、白き……騎士たち……」


 たどたどしく、声に出して読む。


 胸の奥が、ひくりと動いた。


 ――この話。


 先月、父が砦から戻ったとき、

 酒の席でぽつりと語っていた話によく似ている。


 似ている。


 けれど。


 この紙に書かれている物語は、

 その先――

 勝敗も、結末も、なぜか書かれていなかった。


「なんだろう?」


 ふと、遠く王宮を見やる。


 その一角。


 ララの視線が引き寄せられた。


 王宮から、わずかに離れた場所。

 周囲の景色から浮き上がる、石造りの建物。


 ――その周囲だけ。


 時間が、遅れているように見えた。


(……え?)


 陽光は同じように降り注いでいるはずなのに、

 そこだけ、光が足踏みしているように見える。


「あれ、なに?」


「……?」


 侍女は、同じ方向を見て首をかしげた。


「光の加減では? 私には、特に何も」


 ララは、もう一度だけ目を凝らす。


 けれど、その違和感は、

 見ようとした途端に、輪郭を失った。


「……そっか」


 そう言って、視線を戻す。


 理由は分からない。

 ただ、胸の奥に、小さな棘が残った。


◇◇◇


 店の奥で、ローシニヨンの女が、ふと笑った。


「……あら」


 視線の先には、すでに去っていく馬車。


「今の子……見えてたわよね」


 誰にともなく呟いて、女は肩をすくめた。


「ふふ……

面白い芽を拾ったかもしれないわ」


◇◇◇


 王宮の門は、静かに開かれた。


 石畳を進む馬車。

 その先に待つのは、新しい役目と、新しい日々。


 侍女は、柔らかく釘を刺す。


「王妃さまや、他の侍女の前で、本ばかり読んでいてはなりませんよ」


「……うん。気をつける」


 本当に気をつけられるかは、分からない。

 けれど、今はただ、目に映るすべてが新しかった。


 王都。

 王宮。

 そして、あの、名前も知らない建物。


 ララは、静かに前を向いた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ