第19話 王妃のもとへ
「ミサラサ様、部外者を王妃殿下に接触させてはなりません」
侍女長イザベルは、深く頭を下げながらも、言葉だけは崩さなかった。
王太子ミサラサは、椅子に浅く腰をかけ、苛立ちを隠そうともしない。
「……わかっている。母上に知られれば、今度こそ終わりだ。廃太子は免れん」
低く吐き捨てるような声。
謹慎という名目のもと、権限を削がれ、行動を逐一制限されている今。
王妃に直接“異変”を悟られることだけは、絶対に避けねばならない。
「……おっしゃる通りでございます」
イザベルは、なおも視線を伏せたまま続ける。
「問題は、その“部外者”が、すでに王都の正式な手続きを経ている点でございます」
「禁図書館所属。司書の身分を持ち、なおかつ――」
そこで、わずかに言葉を切った。
「名目上、王妃殿下ご自身の要請により、召喚された存在であること」
ミサラサの指が、肘掛けを強く掴む。
「……ララ、か」
名を口にしただけで、胸の奥に不快な感覚が広がった。
ただの辺境出身の侍女。
適当に遊んで捨てるはずの存在が、いつの間にか“手を出せない位置”へと移動している。
「ララが王妃殿下に接触しましたら……」
イザベルの声は、どこまでも静かだった。
「私の管理下から、外れます」
沈黙が落ちる。
「……なら、急げ」
ようやく絞り出した言葉は、焦りを隠しきれていない。
「余計なことを話される前に――やってくれ」
「かしこまりました」
イザベルは、深々と一礼する。
その口元に、感情は見えなかった。
◇◇◇
「ララが玄関に来たら、そのまま聖女様の居室へ案内します」
侍女たちを前に、出迎えの動きを指示するイザベル侍女長。
「えっ……?」
侍女たちの中から声が漏れたのを、イザベルは聞き逃さなかった。
「……誰です?たるんでいますね」
一人が真っ青な顔をして一歩前へ出る。
イザベルの気に触ることがあれば……。
いつの間にか、消えることになるのは暗黙の了解。
「理由を聞きましょう」
「も、申し訳ございません!私、ララを王妃殿下の部屋にお連れするものと思い込んでおり……」
イザベルは目を見開き、すぐに、表情を消した。
「……そのような話はありません。どこから出てきたのです?」
「いえ、あの、噂になってますし……」
「なんですって!?」
心臓がギュッとなる。
(あちら側が話を広めている……!)
「……それは間違いです。ララは速やかに聖女様の居室へ。余計なことは口にせず、仕事だけを」
配置の確認をし、侍女と衛兵を揃え、入り口に立つ。
王妃には何も知らせていない。
北宮に入れたら、我らの勝ちだ。
そのとき――
ドン。
腹の底を叩くような低音が、城内を震わせた。
「あっ、あれ!」
咄嗟に、侍女の一人が西の方角を指差す。
その先の外郭路が、白く波打つ。
禁図書館へと続く道。
波に見えたものは――隊列。
「あっ!ぐ、軍隊!?」
目を凝らすと、白い軍装の騎兵団。
「し、白騎士」
一騎当千とされる王国の最強戦力、白騎士。それが三十騎以上、隊列を組んで向かってきていた。
自国の英雄たちの突然の登場に、兵士や使用人たちが歓声を上げる。
ただ、一人、青ざめるイザベルを除いて。
(ぶ、武力で突破しようというの……?そんなこと許されるわけが)
近づいてくる白い一団。
彼らは、ただ一点。一人を囲むように馬足を揃えていた。
中央、まるで貴人のように護られ、白い馬に跨るのは、
ロイヤルブルーの正装を纏った、
ララ・シルヴェリス
その人だった――




