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十五歳、まだ名前を呼べなかった頃 〜メイリーン戦記・ララ編〜  作者: 水戸直樹


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第17話 古今東西美女図鑑

 原初の禁術を会得した――

 そう言われれば、確かにその通りだった。


 けれど、それは剣を握らされたのではなく、

 身体の中に、まったく別の炉を据えられたような感覚に近い。


 魔力はある。

 流れも感じる。


 だが、扱い方が分からない。


 ララは、魔導書を閉じて、深く息を吐いた。


「……間に合うのかな……」


 口をついて出た言葉は、小さく、頼りなかった。


 セシリアからの侍女としての訓練。

 礼法、作法、王妃付きとしての立ち居振る舞い。


 合間を縫っての魔法訓練。


 ――やることは山ほどあるのに、

 できるようになった実感は、ほとんどない。


(原初の禁術って……私、何が変わったの……?)


◇◇◇


 その日の午後。


 珍しく、ぽっかりと時間が空いた。


 メイリーンも、セシリアも、外で動いているらしい。


 ララは少し迷ってから、雑巾を手に取った。


(……身体、動かしてた方がいい)


 考えていると、不安ばかりが膨らむ。

 だったら、無心で掃除をしていた方が、ずっと楽だった。


 禁図書館の休憩エリア。

 天窓から、柔らかな光が降り注いでいる。


「あ……」


 ソファの一角で、白いものが揺れていた。


 白髭の老人が、堂々と昼寝をしている。


「……また、寝てる……」


 この老人。

 いつからいるのか、どこから来たのか。

 気づくと寝ていて、気づくといなくなっている。


 ――もはや、館内設備。


(暇そうで、いいな……悩みなんて、なさそう)


 ララは、そっと近づいて……ふと、手元に気づいた。


「……え?」


 老人の胸の上。

 抱えるようにして置かれている、一冊の本。


 表紙の文字を読んだ瞬間、思考が止まった。


『古今東西美女図鑑』


「げっ」


 思わず声が出た。


「ふが……?」


 老人が、片目だけを開ける。


「なんじゃ……騒々しいのぉ……」


「お、お爺さん! その本……!」


「ん? これか?」


 ごそごそと本を抱き直す。


「読みたいかの?」


「い、いえっ!」


 即答。


「……そうか……つれないのぉ……」


 しょんぼりする。


(え、なんでちょっと可哀想になるの……?)


 ララは慌てて付け足した。


「や、やっぱり……ちょっと興味あります……」


「そうじゃろうそうじゃろう! おすすめはここじゃ!」


 途端に目を輝かせる老人。

 ばさっと開かれたページ。


 そこに描かれていたのは――

 気品と妖しさを併せ持つ、ひとりの女性。


 説明文を読んで、ララは息を呑んだ。


 ――リュシアンナ・アークレイド。

 先代王妃。

 魔法革命を成し遂げた伝説の魔導師。


「美人さんじゃろう!」

 

 老人は胸を張り、ララも素直にうなずく。


「……綺麗……」


 思わず、そう呟いていた。

 胸の奥に、ちくりとした感情が刺さる。


「……私とは、大違い……」


 そんなララをしげしげと見つめる老人。

 ぽつりと言った。


「なれるぞい。リュシアンナくらいにも」


「ええっ!? わ、私がですか?」


 あまりにもさらっと言われて、ララは固まった。


「うむ。お嬢ちゃん、凄まじい才能じゃの」


「ま、またまた……励ましてくれてありがとうございます……」


 くすぐったくて笑うララ。


「ほれ」


 ページの魔法陣を、指でとん、と叩く。


「ここ、読み取れるじゃろ?」


「……え?」


 言われて、初めて気づく。


 ――確かに、わかる。


 まだ使えないだけで、筋は追えている。


「……あ」


 ふと、視線を感じた。


「ふふ、試験は合格、かしら?」


 メイリーンが本を抱えて歩いてきた。


「おお、メイ。今日も精が出るのぉ」


「珍しいですね。起きているところを見たのは今週初めてだわ」


 二人は親しげに笑い合う。


「メ、メイ……って呼んでる……!?」

 

 公爵令嬢をそんな愛称で呼ぶなんて。ララは目をぱちぱちさせる。


「こちらのお爺ちゃん、わたくしの魔法の師匠なの」


 メイリーンは微笑みながらララに説明する。


「だから、あなたの才能も……本当よ」


 老人は、満足げに頷いた。


「ほほ、わしは嘘はつかん。どうじゃろう? わしの弟子になってみんか?」


 ララの胸の奥が熱くなる。


 間に合わないかもしれない。


 それでも――


「……お、お願いします」


 そう言った自分の声は、少しだけ、明るかった。


挿絵(By みてみん)

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