第14話 それぞれの思惑
朝。
北宮の回廊に、軽やかな足音が響いていた。
「母上、ご機嫌麗しく」
ミサラサ王太子が、殊勝な態度で頭を下げる。
王妃――マルセナは、刺繍台から視線を上げた。
「……聖女に会いに来たのですよね?」
「いえ、目的は母上です。聖女には、結界のお礼を」
王妃の指が、ふと止まる。
「ふふ、うれしいわ。……誰にも見られていませんね?」
「もちろんです。謹慎中の身ですから」
「ええ。あなたが不用意に北宮の女に目を奪われたりしても……困りますもの」
ミサラサは、わずかに笑みを深めた。
「ご心配なく。私は母上のご期待を裏切りません。身に染みて反省しました」
一瞬、王妃の目が細まる。
「……あなたの兄のようには、ならないで」
「はい。私は――」
言いかけて、言葉を選び直す。
「私は、母上と教皇猊下のご期待に応える王になります」
王妃は、満足げにうなずいた。
「それでいいのです。また顔を見せなさい」
ミサラサは一礼し、回廊を後にした。
その背を見送りながら、王妃は刺繍針を動かす。
◇◇◇
「母上は何も知らないようだった」
王妃の部屋を辞した王太子は、聖女エリカの部屋を訪れた。
「ふふん。アタシの署名入り命令書を見て、大人しくする気になったのね」
「君のおかげだ」
そう言われ、聖女はたわわな胸を張る。
「当然でしょう? 王妃サマの名が出るより、効くわ」
ミサラサは、机に肘をついた。
「……ただ、戻ってきた兵の顔は冴えなかった」
「失敗したからでしょ?」
「うむ、俺の使いでありながら、侍女一人連れ帰れないとは」
聖女は肩をすくめる。
「処罰しないの?舐められるよ?」
「もちろん、釘は刺しておいたさ。子どもの使いでもあるまいし、よくよく反省せよ、と言っておいた」
「へぇ、優しいね。アタシだったら罰してたけど」
「王になる俺は寛大さも示さねばな。兵士たちも忠誠を深めるだろう」
エリカは怪しく笑う。
「ララがこっち来るまで、暇だわ。他の若い侍女、呼んで?」
「ふむ、悪くない。侍女長に手配させよう」
◇◇◇
その頃、東宮、近衛兵詰所。
「くそっ!なんなんだよ!殿下の態度っ!」
「やめろ!」
「無理難題を押しつけられた挙句、あの言い草ですよ!」
「慎め……!王族への暴言は不敬罪だ」
「……しかし!」
「……今のは聞かなかったことにしてやる。今日は帰れ」
「……はい」
「お前らも上がれ。……これで飯でも食って帰れ」
そういうと、銀貨を投げて寄越した。
「た、隊長っ……」
「酒は飲むなよ、お前らの口が滑れば俺の首が飛ぶ」
◇◇◇
禁図書館、外庭。
「……また、証拠品が一つ増えたわ」
メイリーンが、書状をテーブルに置いた。
対面に座るセシリアが、ため息をつく。
「聖女の署名入り。……これほどのものを軽率に発行するとは」
「返事は保留、文書は保管しておきましょう」
「……今、動かなくていいのですか?北宮では、おそらく侍女たちが……」
「ええ。急ぎたいけど……一撃で決めるには、まだ絞りきれてない」
「……そうですね。王太子、侍女長、聖女はクロとしても。王妃殿下や近衛兵、侍女までは、まだ……」
「今、聖女が暴れたら、彼らから死んでいくわ。神聖国も動く」
「……だから、一撃で……なのですね」
しばし、沈黙。
セシリアが、ふと口を開く。
「届けにきた近衛兵たちは?」
「月の陣法に引っかかってたの」
気を取り直したように、メイリーンは微笑んだ。
「ちゃんと外まで案内したわ」
「あら?ずいぶん親切ですね」
「ううん、彼らに悪意はなかったもの。少し、可哀想なくらいだった」
「でも、メイリーン様、なぜ外にいらしたの?」
「む……」
僅かに目を逸らすメイリーン。
「……ちょっとだけ、食べすぎたから。食後の運動をしてただけ」
「……もしかして、また全部、食べちゃいました?」
「ぜ、全部じゃないわ。ちゃんとララと分けたもの!」
「あっ、あの、どうしましたか?」
庭の端に立つララが声をあげた。
「なんでもないわ。……あら?ずいぶん進んだわね」
「は、はい。でも、目を瞑ったまま、まっすぐ歩くの、まだ難しくて」
「ううん、上出来。ここは人避けの陣法もあるから。誰でも難しいのよ」
でも――
ララは直感していた。
(……なんとなく、分かる)
目を閉じたまま、一歩踏み出す。
どこへ行けばいいか、分かる気がした。
「楽しみですね……彼女の才能」
「ええ、そう……」
言いかけたところで、ララがよろめいた。刹那、メイリーンは椅子のクッションを引き抜く。
叫び声。
「きゃあ」
転倒するララ。
すんでのところで、投げ込まれたクッションが滑り込んだ。
「……あれ?」
目をぱちくりさせる。
(え、痛くない?クッション?)
「大丈夫ー?」
手を振るメイリーン。
「は、はい!ありがとう、ございます?」
クッションを丁寧に返すと、すぐに練習を再開する。
その様子を眺める二人。
「ララちゃん、ひたむきなのね」
「ええ」
チラリと遠く王宮を見やるメイリーン。
ふと、思う。
あの彼も、才能はあったのに――
そして、一歩一歩進むララへ、視線を戻す。
「……あなたなら、大丈夫」




