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録画データ01

夜の編集室。

蛍光灯が落とされ、モニターの青い光だけが部屋を染めていた。

壁際には撮影用のケースやケーブルが雑に積まれ、

どれも今日の撮影の熱気をまだ残している。


久城蓮くじょう・れんは椅子に深く腰を下ろし、

ゆっくりと息を吐いた。

指先にはまだ、カメラの感触が残っている。

今日も天沢灯あまさわ・あかりは完璧だった。

笑顔も、ポーズも、声も。

……完璧すぎて、どこか現実味がなかった。


モニターのフォルダを開くと、

見慣れないファイルがひとつ混ざっている。


record_akari_pre01.mov


(……こんなの、撮った覚えないぞ。)


マウスをクリックする。

再生マークが赤く点滅し、

スピーカーから小さなノイズが走った。


——ザー……ッ。


次の瞬間、画面に現れたのは

昼間のリハーサル風景だった。

ステージの上で、灯が一人で立っている。

まだ照明も音響も入っていない、

静かなホール。


マイクを握りしめた彼女は、

観客のいない客席に向かってぽつりと呟いた。


「……ここ、音が響きすぎるね。」


笑っているように見えた。

だがその笑みは、少しだけ無理をしている。


「録画……まさか隠しカメラか?」

蓮は眉をひそめた。


彼女の声が再び響く。


「光って、人を幸せにできるのかな。

たくさんの人が見てくれて、嬉しいけど……

でも、誰かが私を“照らしてる”んじゃなくて、

監視してる気がする。」


蓮の喉が詰まる。


「ねぇ、久城くん。

もしこれを見てるなら、

わたし、ちゃんと笑えてる?」


彼は無意識に立ち上がった。

心臓が跳ねる。

この映像がいつ撮られたのか、

どうして自分の名前が出てきたのか。


モニターの右下、

小さく“自動撮影”という文字が光る。

撮影日は——ライブ前日。


(そんな……あの日は撮影してない。)


映像の中で、灯が視線を上げた。

ステージ天井を見上げる。


「あれ……? 今、何か動いた?」


カメラが自動でパンし、照明トラスを映す。

暗がりの中、

細いシルエットがゆっくりと横切った。


——カチ、カチ。


金属の小さな軋み。


灯はマイクを握り直す。


「スタッフさん? 誰かいますか?」


返事はない。

ただ、照明が一瞬だけ明滅した。


その光に照らされた彼女の横顔が、

妙に脆く見えた。


「やめろ……危ない……」

蓮は思わず呟いた。

画面の中に手を伸ばしてしまう。


だが映像の彼女は、

まるで聞こえたように微笑んだ。


「大丈夫、わたし、慣れてるから。」


——再びノイズ。


画面が揺れ、音声が途切れる。

一瞬、暗転。

そして、システムの女性音声が入る。


『フレーム17、編集完了。』


「……17フレーム?」


再生バーを戻しても、その部分だけがスキップされる。

削除されたかのように、映像が飛んだ。


蓮は編集ソフトを開き、

フレームごとのデータを解析する。

そこだけ、時間の痕跡が“上書き”されている。


更新者名:「yuki_r」


(……雪村璃音。)


指先が止まる。

“偶然”にしては、あまりにも多い。

動画投稿、アカウント乗っ取り、そしてこの編集。

すべて、彼女の名前が残っている。


モニターの中では、灯が再び歌い出していた。

誰もいない客席に向かって、

かすれた声で。


「笑っていられるうちは、

まだ終わりじゃない……」


その歌詞の途中で、

カメラが突然、強制停止した。


——プツッ。


暗闇。

無音。


蓮は呼吸を整えた。

“これは、偶然じゃない。”

心の中でそう呟きながら、

ハードディスクを外してポケットに入れる。


そのとき、背後から物音がした。


「……誰か、いるのか?」


返事はない。

編集室のガラス窓の向こう、

廊下の照明が一瞬だけ点滅する。


(気のせい……だよな。)


机の上のスマホが震えた。

画面には新着メッセージ。

差出人:天沢灯


——ただし、アカウント名の後ろには灰色の文字。


『このユーザーは存在しません。』


メッセージ本文は、ただ一行。


『見つけたら、教えて。17の光。』


(……灯?)


思わず手が震える。

送信時間は三日前——つまり、

この映像が撮られた“翌日”だった。


「嘘だろ……」


彼女はまだ生きていた。

でも、何かを知っていた。


モニターの黒い画面を見つめる。

そこに映る自分の顔は、

薄暗い部屋の光で、誰かの影と重なっていた。


「……俺が、撮らなきゃ。」


彼はカメラを握りしめ、

レンズを窓の外に向けた。

街の遠く、渋谷スクランブルの巨大スクリーンが輝く。

その中に、笑顔の天沢灯が映っている。


“光を、信じて。”


映像が一瞬だけ乱れた。

画面に、赤い数字が浮かび上がる。


——17。

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