久城蓮、レンズの後ろ
ファインダーの中の彼女は、
まるで光そのものだった。
汗で濡れた頬、揺れる髪、まぶたの奥に宿る強さ。
天沢灯を撮るたびに、
久城蓮は息をするのを忘れてしまう。
「蓮くん、ピント、少し右。」
音声スタッフの声がインカムに入った。
「了解。」
指先でフォーカスリングを回す。
ピントが合った瞬間、モニターの中の灯が、
こちらに視線を向けた。
(……見られた。)
たった一秒。
それだけで、心臓が跳ねる。
彼女の微笑みが、
まるで自分の心を読んでいるように思えた。
だが、同時に違和感もあった。
——その笑顔は、どこか作りものだった。
撮影が終わると、照明スタッフが片付けに入り、
ステージの灯りが一つずつ消えていく。
蓮は機材を片付けながら、
舞台裏の様子を横目で見ていた。
桐谷プロデューサーが、
誰かと小声で話している。
「……例の件、準備は?」
「順調です。彼女にはまだ気づかれていません。」
「そうか、ならいい。」
蓮の手が止まる。
“彼女”という単語に反応した。
(……まさか、灯のこと?)
その瞬間、背後から声がした。
「久城くん、まだいたの?」
振り返ると、璃音が立っていた。
「音声のバックアップ、忘れてるみたい。
……ほら、貸して。」
彼女はにこりと笑い、
手際よくケーブルをまとめ始めた。
蓮は一瞬ためらい、
さっきの会話を話そうか迷った。
だが、口を開く前に彼女が言った。
「灯ちゃん、最近変じゃない?」
「変……?」
「目が、どこか怖いの。
ステージの上では笑ってるのに、
裏では何かに怯えてる感じ。」
(やっぱり、璃音も気づいてたのか……)
「もしかして、桐谷さんが何か……」
「それ以上はやめて。」
璃音の声が急に冷たくなった。
「業界では“知りすぎた人”から消えていく。
あなたは映像だけ撮ってればいいの。」
蓮は何も言えなかった。
静かな空気の中、
彼女は機材を持って出ていった。
残された蓮は、
再びカメラのモニターを開いた。
そこには、さっき撮ったばかりのカット。
天沢灯が笑いながら手を振るシーン。
だが、その一瞬だけ——
画面の端に、黒い人影が映り込んでいた。
(また……影?)
ズームで拡大する。
ピントが合った瞬間、
背筋が凍る。
それは、
ステージ照明の上、
人が覗き込むようなシルエットだった。
頭の中で第一話の事故映像が蘇る。
「——照明の上。」
あの夜、灯に届いた謎のメッセージ。
蓮は息を詰めた。
偶然なんかじゃない。
誰かが、今も“そこ”にいる。
(……これは、ただの仕事じゃない。)
彼はカメラを握りしめ、
ステージ上のライトを見上げた。
消えかけた電球が、ひとつだけ明滅している。
——カチ、カチ。
まるで何者かが、合図を送っているように。




