センター・天沢灯
控室の鏡には、
ステージの光を浴びた“完璧なアイドル”が映っていた。
だが、その中に立つ天沢灯は、
自分が誰なのか、もう少しだけ分からなくなっていた。
ライブは成功。
SNSのフォロワーは十万を超え、
ファンのコメント欄は「最高」「天使」「センターは灯しかいない」で溢れている。
マネージャーが笑いながらスマホを差し出す。
「見て、トレンド一位だよ。おめでとう!」
「……うん、ありがとう。」
声が少し遅れて出た。
灯はスマホを受け取るが、
指先が震えてタップを誤る。
画面にはファンの祝福の中に混ざって、
たった一行だけ、異質なコメントがあった。
「お前の光は、長く続かない。」
……胸の奥で、何かが冷たく沈む。
「どうしたの?」
雪村璃音が覗き込んできた。
「疲れた顔してる。」
「ううん、大丈夫。ちょっと眩しくて。」
灯は笑い、鏡越しに彼女と目を合わせた。
璃音の瞳はいつも穏やかで、
でもその奥に映る自分の姿が、なぜか歪んで見えた。
(……わたし、笑えてるよね?)
璃音が肩に手を置いた。
「ねぇ、灯。あなたがセンターでよかったと思う。
でも、無理だけはしないでね。」
「ありがとう。璃音がいるから平気。」
そう言いながら、
灯は少しだけ首を傾けた。
璃音の指先に、薄く震えがあった。
――どうして?
扉が開き、プロデューサーの桐谷が入ってきた。
「みんな、お疲れ。今日の反応は完璧だ。
明日から追加撮影に入る。
“センターカット”をもう少し撮り直したい。」
「撮り直し?」灯が聞き返す。
桐谷は笑顔で頷く。
「君の“目”をもっと映したいんだ。
光の奥にある、“素”の感情をさ。」
(素の感情……?)
その言葉が頭に残る。
撮影のあと、灯はひとりで屋上に上がった。
夜風が頬を撫で、
下では渋谷のネオンが絶え間なく瞬いている。
携帯を取り出し、録音アプリを開く。
——最近、眠れない。
——ライブの音が頭の中で消えない。
——誰かが、わたしの部屋に入った気がする。
録音を止め、ため息をつく。
削除ボタンを押しかけて、やめた。
(……いつか、誰かに届くかもしれないから。)
遠くでスマホの通知が鳴った。
画面には知らない番号からのメッセージ。
『ステージの裏、照明の上。
見える? 誰かが見てるよ。』
息が止まる。
辺りを見回すが、誰もいない。
ただ、ビルの窓ガラスに自分の影が映るだけ。
——その隣に、もうひとつの影があった。
「……だれ?」
返事はなかった。
風が強く吹き、
髪が頬をかすめた。
その夜、
彼女は再びカメラの前に立つ。
久城蓮がレンズを覗きながら言った。
「……今日の灯さん、少し違いますね。」
「え?」
「目が、強いです。
まるで“何か”を見つめてるみたいに。」
灯は微笑んだ。
「かもね。……本当に見てるのかもしれない。」
蓮は意味が分からずに首を傾げる。
その瞬間、ライトの上で何かが小さく揺れた。
——キィ……。
誰も気づかなかった。
音は、まるで何かが“解けた”ように響いていた。




