黒い影
夜。
雨上がりの渋谷は、
事件の跡をまだ飲み込めずにいた。
巨大スクリーンでは、
「天沢灯 追悼特集」の映像が繰り返し流れている。
久城蓮は、
フードを被って人混みを抜けた。
視線を下げ、
手に握る小さなUSBを確かめる。
“Akari_17”。
それが、まだ彼の胸ポケットにある。
(——あの五秒。
すべての答えは、そこにあるはずだ。)
***
彼が向かったのは、
NEON♡RAYの所属事務所「KIRIYA Creative」。
夜間のオフィスビル。
警備は緩い。
昼は花束で埋まっていたロビーも、
今は誰もいない。
社員証を盗んだわけではない。
彼は、灯の生前に撮影許可をもらった時の
「ゲストアクセスカード」をまだ持っていた。
(……皮肉だな。
彼女の“笑顔”を撮るための通行証が、
今は真実に辿り着く鍵になるなんて。)
エレベーターを降り、
編集室のドアを静かに開ける。
蛍光灯の白い光が、
無機質な壁を照らしていた。
そこに——
見慣れたモニターが並んでいる。
蓮はパソコンを起動し、
ログイン画面を突破する。
灯が最後に残した“メモリログ”のパスワードは
「A17」。
簡単すぎて、逆に痛かった。
画面が開く。
ファイルリストの最下部に、
見慣れぬフォルダがあった。
【hidden_cache / frame17.bak】
「……やっぱり、あった。」
彼は深呼吸し、再生をクリックした。
——映像が流れる。
ステージ。
照明が落ちる直前。
カウント17の瞬间。
暗転。
数秒間のノイズ。
次の瞬间、映像が歪みながら復旧。
だがそこには——
三つの影が映っていた。
一つ目:坂井优斗。
ナイフを持って前に出る。
二つ目:天泽灯。
倒れそうになりながらも、何かを言おうとしている。
——そして、三つ目。
ステージ右奥。
黒い帽子をかぶった長身の人物。
顔は照明の死角。
その手が、
灯の背中に触れた。
瞬间、彼女の体が弓なりに反る。
光が閃く。
映像が停止した。
『ファイル破損:データ読み込みエラー。』
(……誰だ、今の。)
蓮は巻き戻しを繰り返した。
ピクセルノイズの中から、
わずかに見える輪郭。
(髪……長い。女性だ。)
再生停止画面の右上隅に、
小さく反射するネックレス。
——それは、見覚えのある形だった。
半月形のペンダント。
雪村璃音がいつもつけていたもの。
「……まさか。」
蓮の喉が乾く。
(坂井は操られていた。
桐谷は指示を出した。
だが——“刺した”のは、璃音?)
彼は椅子を蹴るように立ち上がった。
脳裏で、灯的声音在回响。
『光を、忘れないで。』
「忘れない。
でも今、俺は“影”を見つけたんだ。」
USBをポケットにしまい、
出口に向かう。
その瞬间、背後のモニターがひとりでに点灯した。
——ピッ。
画面に白文字が浮かぶ。
『閲覧を検出:久城蓮。』
『ファイルは自動削除されます。』
「……っ、待て!」
映像が勝手に再生される。
先ほどの黒い影が、
まっすぐカメラの方を振り向いた。
顔は見えない。
だが、唇がわずかに動く。
「見つけたね、久城くん。」
——カチッ。
照明が一瞬だけ落ちた。
暗闇の中で、
誰かの足音が響いた。
(……まさか、ここに?)
振り返ったときには、
すでにドアが静かに閉まっていた。
机の上に、ひとつだけ封筒が残されている。
中には一枚の写真。
——原宿カフェ《Refrain》。
灯と璃音が微笑むツーショット。
裏には、
たった一行の文字。
「17フレームの外にも、まだ光はある。」
久城蓮は拳を握りしめた。
「……だったら、俺がその光を暴く。」
シャッター音が響いた。
——カシャ。




