渋谷の光
夜の渋谷は、まるで心臓の鼓動みたいに光っていた。
スクランブル交差点の巨大ビジョンが瞬くたび、
街の空気がざわめき、遠くからベース音が響く。
その音の中心には、今日の主役がいた。
ライブ配信型J-POPユニット《NEON♡RAY》——
デビューライブ当日。
「残り三分!」
インカム越しに、ステージマネージャーの声が飛ぶ。
控室の鏡の前で、五人の少女が並んで立っていた。
天沢灯は深呼吸をひとつして、
鏡の中の自分を見つめる。
唇に笑みを作り、まぶたを上げる。
「よし……」
鏡に映る自分の背後には、チームの仲間たち。
最年少の星野結衣は、緊張した声で言った。
「ドキドキする……ねぇ灯ちゃん、ちゃんと笑えてる?」
「うん、大丈夫。今日は一番いい日になるよ。」
灯は優しく笑い、彼女の肩をポンと叩いた。
その横で、副リーダーの雪村璃音が、
髪を整えながら静かに言う。
「センターのカメラ、右側にあるからね。
あなたの“光”は、角度が大事だから。」
「わかってるよ。」
灯は軽く頷いた。
——その会話を、カメラ越しに見ていた男がいた。
久城蓮。
彼は今日のライブ撮影を担当する映像スタッフ。
レンズ越しに覗くモニターの中、灯の笑顔が映る。
(……やっぱり、綺麗だ。)
そう思った瞬間、心臓が一拍だけ早くなった。
会場が暗転する。観客のざわめきが波のように押し寄せた。
ライトが一斉に点き、歓声が爆発する。
「——NEON♡RAY、スタートですっ!」
白いスモークが噴き上がり、音楽が流れる。
灯がステージ中央に立ち、マイクを握る。
彼女の声は、光そのものだった。
♪ ひかり、ひかり、わたしを見つけて ♪
一音一音が、街のネオンと共鳴する。
久城蓮はファインダー越しにその瞬間を切り取る。
——彼のレンズは、まるで祈りのようだった。
だが、その祈りは一瞬で壊れる。
耳を裂くようなノイズ。
照明がチカチカと点滅し、スピーカーから高音が跳ねた。
「っ!? 機材トラブル!?」
スタッフの怒鳴り声が飛ぶ。
「灯! 一歩下がって!」
蓮の声がイヤモニを通して届いた。
灯は一瞬だけ振り返り、彼に微笑んだ。
次の瞬間、
「ギシィ……!」
金属が軋む音。
天井の照明トラスが、ゆっくりと、そして突然——落ちた。
閃光。叫び。空気が止まる。
「配信止めろ!!」桐谷プロデューサーの声が響いた。
カメラが自動でフェードアウトする。
久城蓮はカメラを抱えたままステージに走り出した。
だが保安スタッフに押し戻される。
「天沢さん、意識が——!」
誰かの声。泣き声。サイレン。
照明の破片の中で、灯が倒れていた。
マイクが転がり、白いドレスの裾が血で染まる。
蓮はレンズ越しにその光景を見た。
カメラはまだ録画を続けていた。
……
三時間後。
渋谷駅前の巨大スクリーンには緊急ニュースが流れていた。
「人気アイドルグループ《NEON♡RAY》のセンター、天沢灯さん、
ライブ配信中の事故により死亡。」
街がざわめき、人々がスマホを掲げる。
蓮はその群衆の外で立ち尽くしていた。
手の中のカメラモニターには、
灯がこちらに微笑む最後のカットが映っている。
「……次の撮影、また頼むね。」
——そう言った彼女の声が、まだ耳に残っていた。
ネオンが滲む。雨が落ちる。
彼はゆっくりとカメラの電源を切った。
(もう、一度だけ……この“光”を撮らせてくれ。)
そのとき、誰も気づかなかった。
モニターの片隅で、再生が止まったフレーム。
第17フレーム——そこには、灯のすぐ後ろに“もう一つの影”が映っていた。




