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北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


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9/14

貴族として生きるとは?

 野盗の砦への襲撃のあと、シュウジは数日呆けたようになっていた。魔女はいつも課していた訓練を中止し、家事の分担も免除していた。

 シュウジはすることもなく、テラスの階段に腰をおろして辺りを見ていた。数羽の鳥が地面をつつきながら歩いている。風景は平和そのものだった。

 そんな中でシュウジは頭を抱えた。あの自分が殺した野盗の顔が脳裏から離れないのだ。

「──大丈夫?」

 そんなシュウジに、小屋から出てきたレンチが声をかけた。

「ああ、あんたか」

 シュウジの言葉にレンチは笑みを返し、横に座った。シュウジは両手を開いて、レンチに見せた。

「……まだ感触があるんだ……体に、剣の刃が刺さっていく……」

 シュウジは重苦しい声で言った。

「人を殺すのがこんなに簡単なもので、こんなに難しいものとは思わなかった」

「それは誰でも体験することよ」

「あんたは平気だったのか? 元々は貴族の生まれだって聞いた。こんな仕事をする必要はなかったんだろ? どうして、魔女の婆さんの仲間になったんだ?」

 レンチは視線を遠くに移した。

「どっちももうずいぶん前の話よ。たしかに私は子爵家の生まれだったけど、親が叛乱でね……メムに拾われたのは幸運だった。だから、人を殺す事になったんだけど、今の境遇には満足してる──ま、はじめて他人に手をかけたあとは、手が銃から離れなかったわ」

「慣れたのか?」

「いいえ。今でも思う。弾を撃ち込んだ相手も、日々を生きていたんだと。家族や友人もいたかも。でも、そんなことを考えていたら、こっちの気持ちがもたない」

 レンチはふふっと笑った。

「慣れたんじゃない。すぐに忘れることにしたのよ」

「忘れる……」

「これだけは言っておく。あなたが伯爵家に戻ったら、人を人と思わないようになることね」

 シュウジは訝し気な顔をした。

「人を人と思わない……ように?」

「貴族は多くの荘園を持っているわ。そこで畑を耕すのは農奴の仕事」

「農奴……奴隷ってことか!?」

「そう。一生を麦や野菜を作って暮らす人たち。多くが村から一歩も出ずに生涯を終える、ね」

 レンチは空を仰ぎ、陽の光に眼を細めた。

「貴族の生活は彼らに支えられている。その恩恵を得るためには、彼らを人ではなく、人の形をした家畜と見なさないといけない。そうじゃないとやっていけない。農奴たち一人一人の苦楽などを考えている暇はない。領主の仕事は、領地を整備し、農奴たちが生きていけるだけの環境を作ること。そして、土地を守って戦うこと」

「オレは、奴隷なんて欲しくない。日々辛い仕事をしなくちゃならない、楽になりたい、その人たちもそう思っているんだろ? 自由が無いんだろ?」

「じゃぁ、彼らに自由を与えたらどうなると思う?」

「それは……自由になるのなら……」

 シュウジは答えに詰まった。

「何もできないのよ。自由なんてない。おそらくそんな事を考えたこともないでしょうね。中には傭兵(冒険者)になったり、盗賊になったりする人もいるけど、多くが、畑に出て仕事をし、一日を終える。それだけの毎日を過ごす。それが彼らが思う安定した生活なの」

 レンチは言葉を続ける。

「私の父は、言わば悪辣(あくらつ)な人でね。領民に重い税を課していたわ。私の贅沢な生活も、多くの人に支えられていたのよ。私は、そんな人たちがいることすら知らずにいた。考えたこともなかった」

「それでいいのか?」

「さぁ? どうかな。少なくとも、そういう仕組みで世界は回っているわ」

「オレは、違う」

「そう? なら、やってみることね。もしかしたら、変わるかもしれないし、変わらないかもしれない」

 レンチはウィンクすると立ち上がった。ドアが開き、ボルトが出てくる。

「作戦会議か?」

「そんなとこ」

 レンチは笑みを残して、小屋の裏に向かって歩いて行った。ボルトはそれを見送り、シュウジに声をかける。

「そろそろいいか?」

「何が」

 シュウジはボルトを見ずに応える。

「はじめての殺しから立ち直ったかって」

「ああ。そうかもしれない」

「レンチと何を話していた?」

「嫉妬か?」

「それもある」

 シュウジはレンチとの話の内容をボルトに話した。

「──そんなもんだな。貴族ともなれば、農奴の事なんぞ考えてる暇もないさ」

「あんたもそう言うのか」

「ああ。貴族なんてもんは、人の皮を被った怪物みたいなもんだ。人を人と思わないとやっていけない。なんてったって、人を殺すのが仕事だ」

「人を殺す?」

「レンチが言ったように、貴族は、領地や領民を守るためにはなんでもやる。お互いに食い合うこともしょっちゅうさ。レンチの親父さんもそれで死んだ」

 ボルトはぷっと唾を吐いた。

「相手を追い落とすためなら嘘をつき、陰謀を巡らせる。自分の手を汚さずに、他人に敵の命を盗ることを命じることもする。おまえもそういう世界で暮らすことになるのさ」

「実感がわかない」

「嫌でも知ることになるさ」

「オレがいた世界では違う」

「俺は地球での生活がどんなものなのか、詳しく知っているわけじゃない。だが、話を聞くかぎり、ずいぶんと秩序だったものだってことは、何となくわかるがな」

「そうさ。人を殺すなんてことはない。それは重罪だ」

「そんなおまえさんの規範はそろそろ捨ててもいいんじゃないか? ここは生き馬の目を抜く、血を血で洗う混迷の(ちまた)だ。ずっと、そんな心構えだと死ぬぞ。俺は、おまえにここで生きていく術を教えたいと思っているしな」

 シュウジはボルトの方に顔を向ける。

「ただ、いじめているのだと思ってたか? まぁ、そう思われてもしかたないが。だが、俺はおまえがベッドの上で人生を終わらせられるようにしたい。そのためには、人より多くの経験を積み、技を覚えなきゃならない。しかも、時間はわずかしかない」

「そんな言葉には騙されないぞ」

 シュウジは口をとがらせる。ボルトの言葉を、体の良い言い訳だと思ったからだった。その顔を見たボルトはふひっと笑った。

「まぁ、いいや。あとで、俺に感謝する日が来るかもしれんがな」

「あんたはどうだったんだ?」

「はじめての殺しか?」

「ああ」

 ボルトはシュウジに顔を寄せる。

「気持ちが良かったさ。復讐できたってな。まぁ、村を焼き、親父とお袋を殺した本人はメムが代わりに殺してくれたが、俺は足長に恨みを持って生きていた──今もそうだが」

 ボルトの眼が細く鋭くなる。シュウジは恐怖を覚えた。

「だから、俺は死ぬまで、一人でも多くの敵を倒す。目の前に立ちふさがるヤツは、すべて叩き潰す」

 ボルトはシュウジの頭に手を置き、ぐっと髪をつかみ、自分の方に引き寄せた。

「元の世界でおまえがどういう人間だったかは知らん。だから甘っちょろい想いは捨てろ。おまえも、血塗られた道に足を踏み入れたんだ。手を血で染めることを躊躇するな。一日でも長く生きたかったら、相手の血を(すす)れ。自分が生き延びる事だけを考えろ」

 ボルトは手を放し、シュウジをぽんっと押した。シュウジは茫然として腰を落とす。

「メムに言っておく。明日から訓練再開だ」

 ボルトは手を振ってその場を離れた。テラスにはシュウジだけがぽつんと残された。


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