「勝つ」ということ
銃声と共に金色の薬莢が飛ぶ。鈍い音をたてて、命を失った人体が壁に叩きつけられる。
「レンチ、進むぞ」
「わかった」
ボルトがレンチとともに通路を進む。戸の無い部屋の入口から斬りかかってきた野盗を、ボルトがショルダースルーし、レンチが至近距離からの一発で仕留める。
その日はとある村はずれにある、放棄された砦の中に居を構えた野盗の討伐に来ていた。そこに住まった数十人の野盗は、街道を行く商人や近隣の村を襲い、金品を強奪していた。何度か討伐のために雇われた冒険者が送り込まれたが、すべてが返り討ちにあうか、撃退されていた。困り果てた村々は金を出し合い、魔女にその任を依頼したのである。
砦の外から.50の野太い銃声が聞こえてくる。ラチェットが動甲冑を駆り、野外に展開した野盗たちと交戦していた。砦の中にはボルトとレンチ、ナット、そして魔女とシュウジがいた。魔女たちは砦の中にいる野盗を一掃するために歩を進めていた。
ボルトが部屋を覗き込む。部屋の奥にいた野盗めがけて銃弾を撃ち込み、弾を受けた野盗が倒れる。ボルトとレンチの銃口が部屋の隅々を見透かすように動き、誰もいないことを確認すると先に進んだ。
「なんかすげぇ……」
剣を右手にさげ、ボルトたちの襲撃を魔女の脇から見ているシュウジはつぶやいた。銃声が響くたびに、人が死んでいくという状況に圧倒されていたのだ。
魔女はそんな鉄火場ととも言える状況を知ってか知らずか、煙草を吹かしながら銃を片手に進んでいく。列の後方には、ナットがショットガンを手に周囲を確認しながら歩いている。
通路の奥の階段に差し掛かる。ボルトが上を見、レンチが下を確認する。魔女は下に行くように指示した。ボルトはレンチに目配せし、階段を下りていく。
「上に行くよ」
魔女はナットとシュウジに言った。
「あっちは大丈夫なのか?」
「もちろん、2人で充分さ」
魔女はナットに前に進むように場を譲った。ショットガンを構えたナットが慎重に階段を上がっていく。
「後ろは任せた」
「任せたって!? オレは銃を持ってないぜ!」
「その剣があるだろ?」
魔女はM14を肩付けすると、ナットの後ろを上がっていく。シュウジは渋々と言った顔で魔女の後を進む。
不意にショットガンの銃声が響いた。野盗の一人が散弾を喰らって階段を転がり落ちてくる。魔女はそれに1発撃ち込み、死体をまたいで進む。
「う、わぁ……」
シュウジは恐る恐る死体をまたぐ。
「大丈夫さ。噛みつきゃしない」
魔女は顎でシュウジについてくるように示す。シュウジはつばを飲み込み、魔女を追った。小屋での日々の中で、森で狩ってきた動物の下処理を手伝わされ、血の匂いや内臓などには慣れてきてはいるが、床に転がっているのは人間であると思うと、恐怖と罪悪感が背中を這い上ってきた。
そんなシュウジの気持ちを知ってか知らずか、魔女とナットはずんずん進んでいく。ドアに差し掛かるとナットは聞き耳を立て、部屋の中に気配を感じるとドア越しにショットガンを撃ち込んだ。ショットガンの銃撃で半壊したドアを蹴破り、魔女がM14で部屋の中を掃討する。
ナットがショットガンに弾を補充し、ポンプを引いて装填する。そして前へと進んでいく。ドアが開かれ、野盗が声を上げながら斬りかかってくる。それをナットは至近距離のショットガンの一撃で応える。
それは一方的な虐殺とも言えた。剣では銃の射程と威力に全く対抗できないのだ。銃声が上がるたびに野盗は死んでいった。魔女もナットも、時折指示をかわし合うだけで、敵に罵声を浴びせたり、気合の声や鬨の声なども上げずにいる。敵を殺すという事を事務的とも言える冷徹さでこなしているのだと、シュウジは感じた。そこにはシュウジがイメージしていた「戦い」の興奮ややり取りなどはなかった。
ナットが立ち止まり、鼻をひくひくさせている。何かを嗅ぎ取ったのだ。ナットの銃口が左右を向く。
シュウジが衝撃を受けたのはその直後だった。敵は頭上から降ってきた。天井に野盗の一人が隠れていたのだ。
「く、くそっ!」
野盗はシュウジに組みつき、床に組みしいた。
「キッド!」
魔女が振り向こうとするが、前方と右から野盗が斬りかかってきた。魔女は剣の一撃を銃で受け止める。
野盗の臭い息がシュウジの顔にかかる。必死の形相の汚れた風体のその男は、右手の短剣を胸めがけて振り下ろそうとしている。シュウジはとっさに左手をあげて、男の右手首をつかんだ。しかし、まだ少年ともいえるシュウジの腕力では、勢いを止めきれなかった。じりじりと切っ先が下りてくる。
──死ぬ。
シュウジは思った。どうすればいいのか。
そうだ。とシュウジは感づいた。右手の剣を返し、野盗の脇腹に突き立て、思いっきり刺し込んだ。
男が悲鳴をあげる。鋭く研いだ剣は、粗末な皮鎧を簡単に貫通し、肉の中に深々と沈んでいく。シュウジは覆いかぶさっている男の身体を蹴りほどくと、床に転がし、その上にまたがった。そして、剣を引き抜き、振り上げ、刺した。
「……キッド、やめな。もう死んでる」
魔女の声でシュウジは我に返った。自分の身体の下で、上半身をめった刺しにされた男は死んでいた。血が流れ、半目をむいた眼が虚空を見つめている。
──オレが、殺した。
シュウジは自分が何をしたかに気づいた。敵を倒した。などという実感はまったくなかった。経験値が表示されることもなく、レベルアップを称える音楽が流れるわけでもない。背後にはショットガンの銃声が響いているだけだった。
口から胃袋の中身がこぼれ出た。とっさに手で押さえようとするが、右手から剣が離れなかった。
「大丈夫かい?」
魔女がシュウジの肩をつかむ。シュウジは反射的にそれを振りほどいた。顔を上げ、魔女を見る。魔女はいつものように煙草を口の端にくわえ、微笑みにも似た表情を浮かべている。
「オレは……オレは……」
「これが、現実さね」
魔女は背を伸ばし、辺りを見回した。
「まぁ、慣れることだね。良きにつけ悪きにつけ、これからは人を殺していかなきゃならない」
「人を、殺すだって?」
「そりゃ、伯爵の息子だからね」
魔女は天気の話でもするかのような口調で言った。当たり前の事だから受け入れろ、と言わんばかりである。
「殺し合いなんてもんは日常茶飯事さ。警察なんてもんはいやしない。そもそも、モラルってものもない。力無き者は泣き、その屍の上に強い者が立つだけさ。国としての秩序が保たれているのは、その強い者が支配しているからだからね」
「それが正義だって言うのか!?」
「そうさね。正義を口にするのなら、強くなければならないのさ」
シュウジは倒れている男を見た。相手は何も語らない。ただ、半開きなった口から血を吐き出しているだけだった。これは、自分がわずかだけ強かった、という結果だということなのか? と、シュウジは思った。
「ほら、立て。まだ戦いは終わっちゃいない。そこでへたり込んでいてもいいが、わたしらは先に進む」
魔女の言葉に、シュウジはよろよろと立ち上がった。ボルトの言葉を思い出す。魔女を失望させるな。
「行くよ。周りをよく見な」
魔女はナットに指示を出し、前へと進む。シュウジはそれを追った。
「24、25、26。27ってとこか」
「何人かは半分になってる」
「50口径で撃つのが悪いんだよ」
「中はどうだった?」
「いつもどおりだ」
砦の周囲にはかつて人だったものが転がっていた。ボルトとラチェットがその数を数えている。レンチは大きく伸びをして、大きくあくびをした。ナットは手ごろな石に腰を下ろし、ショットガンをチェックしている。
魔女は煙草をくゆらせていた。その足元にシュウジはへたり込んでいた。
「どうだい、感想は?」
その声にシュウジはゆっくりと顔を上げた。もううんざりだ、という表情が見て取れた。
「……しょうがないさね。自分の血の海に沈みたくなかったら、受け入れることだ」
魔女はしゃがみ込むとシュウジに顔をよせた。
「皆も同じ経験をしている。はじめての殺しっていうやつだ。わたしだってそうさ──もう遥か昔の話だけどね。そりゃ、二三日は眠れなかったさ。でも、慣れていくんだよ。残念ながらね」
魔女はシュウジに笑いかけると、その頭をぐりぐりと撫でた。そしてレンチを呼び、撤収の用意をするように告げた。
シュウジは飄々とした表情で集まってくる面々の様子を見て、自分もいつかはああなるかと思い、唇を噛んだ。




