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北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


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可能性の獣

「剣で受ける。受け流す。盾で受ける。剣で受ける」

 ラチェットは木剣を振るう。同じように木剣と木製の盾を持ったシュウジが、ラチェットがくり出す攻撃に言われたとおりに対応する。

 最初は軽かった剣と盾がずっしりと重く感じられるようになってきた。そこにラチェットが打撃を与えてくる。その攻撃をひたすら受けるのだ。こちらからの反撃の指示は一度もない。

「盾を下げるな。よく見ろ。ほら、脚がお留守だ」

 ラチェットの強い一撃が腿を叩く。シュウジはくそっと毒づく。ラチェットは返す刀で腕を打ち、頸に木剣を当てる。

「今ので脚と腕、そして首がさよならだよ。あんたは死んだ」

 シュウジはがくりと剣と盾を下ろす。疲労が身体を重くしている。

「ダメだ。こいつには素質が無い」

 ラチェットが、テラスに座って様子を見ているボルトに言う。

「しかしなぁ、モノにしなくちゃならない」

 ボルトはため息をつく。

「お、オレは剣士向きじゃないんだ。そうだ、魔法使いなんだよ! こんな剣の練習は無意味だ!」

 そう言ったシュウジの身体が衝撃と共に吹き飛ばされる。

「魔法が何だって? 今のはフォースフィールド(防護障壁)だよ。攻撃魔法じゃなくてよかったね。発動の気配も感じられないのに、魔法使いとは」

 地面に転がり、息をつくシュウジをラチェットは一瞥する。

「時間の無駄だね」

「ま、まだレベルが低いだけだ。経験値を積めば……」

「経験? 今のままじゃ、あんたは最初の戦闘で死ぬよ。立って」

 シュウジは渋々立ち上がる。

「あんたは伯爵家を継ぎ、兵士を指揮する立場になる。兵士を鼓舞し、戦いに赴かせるには、指揮官は強くなくてはならないんだよ。さあ、構えろ」

 ラチェットの特訓は続く。

 シュウジが小屋に来て10日ほどが過ぎた。走ることや体操には何とかついてくることができるようにはなってきたが、ボルトらの評価はまだまだであった。

「よし、休憩」

 だらだらと汗まみれになったシュウジは、地面に膝をついて荒々しく息を吐いている。剣や盾を置くことは許されていない。ラチェットはボルトの横に立ち、肩をすくめる。

「メムが言っていたが、あいつはこの世界を『げーむ』とやらだと思っているそうだ。時々聞いたことも無い単語を口走るのはそのせいだと」

「あたしも聞いた。よくはわからなかったけど、人を数値化できるらしいよ」

「その辺を理解させないといかんようだな」

 ボルトは立ち上がり、シュウジに近づいた。シュウジは憎らし気な視線をボルトに送ってくる。シュウジとボルトの関係はかなり悪い。

「おまえは、何者なんだ?」

「はぁ?」

 シュウジの答えに、ボルトは蹴りで応えた。腹に一撃を受けたシュウジは口から胃液を吐く。

「今のでおまえの『ひっとぽいんと』とやらはいくつ減ったんだ?」

「くっ……げほっ」

「いいかげん現実を見ろ。おまえは何者でもない。ただの小僧だ。おまえの頭の中にあるのは、すべて妄想にすぎない」

 シュウジはボルトを見上げる。視線がボルトへの殺意を告げている。

「スキルだ? 覚醒だ? れべるあっぷだ? そんなものはない。あるのは、斬られたら血が噴き出し、打たれたら骨が折れるという事実だけだ」

 ボルトに代わってラチェットがシュウジの前に立つ。

「休憩は終わり。続きをはじめるよ」

 ラチェットの左眼がキュッと細くなる。木剣が振り上げられる。

「少し厳しくない?」

 心配げな顔をしたレンチがボルトの脇に座る。ボルトはため息をつく。

「しかたないさ。あいつの自信過剰な部分を取り除かにゃならん。その点、おまえは素直だったからな」

「そうだったかな?」

「それに、あいつは俺たちとは違う世界を生きていかなきゃならん。権謀術数渦巻く、貴族の世界だ。自分の身は自分で守れるようにならないと」

「確かに。私もあの年頃のころには、剣を覚えさせられたっけ」

「今じゃ立派な銃剣使いだ」

 ラチェットが、うずくまり盾の陰に隠れて亀のようになったシュウジに蹴りを見舞っている。ボルトはその光景を見ている。

「あいつがもちっと可愛げがあればなぁ……口の利き方さえ変われば、少しは」

 蹴りで盾ごとひっくり返され、仰向けになったところにラチェットが蹴りをいれる。

「それぐらいにしておけ。死んじまう」

 ボルトの声でラチェットは蹴るのをやめ、地面に大の字になったシュウジを残してテラスにやってくる。

「あー、自分が嫌になる」

 レンチからマグを受け取り、ラチェットは一息つく。

「メムと同じ『地球人』だって言うから、期待はしたんだけど。思い違いだったみたいね。弱いというより、愚かなのよ。自分が死なないとでも思っている」

「愚か、か」

 ボルトが相づちを打つ。

「死なないと思っているから、必死になれない。身を守ろうとする意識も、剣を学ぼうとする意欲も無い。まるで、最初からなんでもできるもんだって思っている節がある。それが、転生者の記憶のせいだって言うけど、そんなんじゃ、ねぇ?」

 ラチェットは同じようにシュウジを見ているボルトに言った。ボルトは当初シュウジに対して見せていた、怒りの視線ではなく、憐れみにも近い目で倒れている少年を見ていた。

「どうだい、剣の修行の方は」

 小屋から魔女が出てくる。ボルトたちは振り返り、魔女にシュウジの方を指さしてみせる。

「おやおや。もう少し手心ってもんがないのかね?」

「甘くするとつけあがるもんで」

 ラチェットがため息をつく。魔女はラチェットの肩をポンと叩いてから、シュウジの下に歩を進める。

「大丈夫かい?」

「見ての通りさ」

 見下ろす魔女にシュウジはぶすっとした声で応えた。

「そろそろ、見えてきたんじゃないかね?」

「何が」

「おまえが置かれている状況さ」

 魔女はしゃがみ込むと、辺りを見回し、シュウジに視線を向ける。

「ここはゲームの世界なんかじゃない。人々は呼吸し、飯を食い、眠り、一日を暮らしていく、リアルな世界だ。おまえが思っているほど甘い世界ではない。確かに魔法という便利な技術はあるが、おまえが浸っていた文明の利器は存在しない。運が悪ければ、病気一つであの世行きだ」

 シュウジは魔女から視線をそらし、横を向く。

「おまえは不幸だ。前の世界の事を思い出してしまったからね。もどかしいだろうさ、思い通りにならないというのは……でもね、おまえはいろいろな可能性を秘めているのさ。わたしが持たない、この世界に対する地位というものがある。その地位と知識を使って、世界を変えられるんだ」

「オレに……可能性が……」

「魔王を倒すだけが世直しじゃない。地球の知識で、この世界の人々の生活を少しでも良くすることができるかもしれない。この世界の存在ではないわたしが手を出すにはいけないのさ。それはずる(チート)だ。でも、王国の子として生まれてきたおまえはそうじゃない」

 シュウジは魔女の言葉に目を丸くする。

ずる(チート)を真っ当なものに変えられるんだ。それはチャンスじゃないのかね?」

 魔女は立ち上がる。煙草を取り出し、口にくわえる。

「まずは死なないための技術の習得と身体づくりさ。ボルトたちは厳しいかもしれんが、あいつらは死線を(くぐ)ってきているし、数えきれないほどの敵を殺してきている。死というものを深く理解している。その言葉を聞け」

 魔女はラチェットの方を向き、手で合図した。ラチェットがレンチにマグを渡し、立ち上がる。

「さて、続きといこうか」

 ラチェットの声に、シュウジは木剣を杖にして立ち上がった。


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