千年の孤独
「さっさと起きろ」
ボルトはシュウジの毛布をはぎとった。シュウジが寒さを感じて薄目を開けると、ベッドの脇に仁王立ちしているボルトが見えた。
「……なんだよ。まだ朝じゃない」
「いや、俺が言ったら朝だ。はやく起きろ」
シュウジは渋々起き上がり、服に手を伸ばした。そこにボルトから何かが投げられる。
「こっちに着替えろ」
「これは……Tシャツとズボンだ」
「ブーツもある」
ボルトの指定する服に着替えると、皆が寝静まり静かな小屋から外に出た。東の空がわずかに明るいが、森の木々に囲まれた小屋の周りは暗い。
「なにさせようってんだ?」
「これから朝の教練だ」
「きょう、れん?」
「黙って、俺の言う事を聞け」
ボルトは不貞腐れたような顔をしているシュウジを、射るような眼で見ている。
「メムから言われてる。おまえをまっとうな人間にしろってな。そのための訓練を課す」
「訓練? 訓練だって? ははぁ……チュートリアルかイベントというわけだな。ここでオレの能力が覚醒するんだ」
「おまえ、どこまで頭がイカレてるんだ?」
「何を! ただのNPCのくせして!」
シュウジはボルトに殴り掛かった。ボルトは拳を難なくかわし、その手を取り、きれいな背負い投げをする。受け身を取れるように、着地の瞬間に腕を引くことは忘れなかった。
「あ、あれ……?」
シュウジは星空を見ていた。投げられた事もわからなかった。
「立て」
シュウジはゆっくりと立ち上がる。拳を握り、構える。
「今のは油断してたからだ」
「なら、来い」
ボルトはくいっと手まねきする。シュウジは声をあげながらボルトに殴り掛かった。しかし、その攻撃もいなされ、また投げられる。
「く、くそっ」
「続けるか?」
「まだまだ!」
口元を拭い、シュウジは突進する。タックルで倒そうというのだ。ボルトは身をかわし、足をかける。シュウジは転び、草原に顔を突っ込む。
「まぁ、闘志だけは認めてやろう」
「な、なにが……おかしい。オレは勇者だろう」
「俺はおまえが何を言っているのかわからん。転生だか、伯爵の息子だとかは知らん。俺の仕事は、おまえを一人前にすることだ」
「なんだって!?」
「おまえがさっさとくたばらないようにするんだ。俺たちは危険に頭を突っ込む。おまえもだ」
「危険に、突っ込む!?」
「そうだ。おまえに家で留守番させるほど、俺たちはお人好しじゃない。海兵隊は全員が戦う」
ボルトは座り込んでいるシュウジに顔を寄せた。口から唸り声が聞こえてくる。
「へっ、オレが覚醒すれば、あんたなんか一撃さ」
「何か勘違いしてないか? おまえはメムと同じ世界から来たのなら、矢弾が当たれば簡単に死ぬ。魔法も使えん」
「ま、マジか……よ」
「それが現実だ。立て」
シュウジは渋々立ち上がる。ボルトはシュウジの周りをゆっくり歩きながら続ける。
「これだけは先に言っておく。いいか、メムだけは失望させるな。メムはチームリーダーだ。リーダーは部下が死なないことを第一に考える。部下は──俺も含めて、戦闘では機械となる。皆が歯車となり、チームと言う一つの戦闘機械を動かすんだ。一人は他の皆のために、皆は一人のために戦う。その機械の中に、回らない歯車はいらない。そんなものが入っていたら、機械はばらばらになり、死ぬ。そうならないために、おまえは歯車になる必要がある。メムはそうなるように期待している。メムは怒らない。だが、見捨てる。見捨てられたら最期だと思え。メムは何も話さないし、何もしなくなる。俺はおまえがメムに見捨てられないために鍛える。俺の話がわかったか? わからなかったら、今、この場で死ね」
シュウジは下を向き、嫌々口を開いた。
「わかった、やる。やればいいんだろ!」
ボルトはシュウジの髪の毛をつかむと、腹に一撃を叩きこんだ。
「おまえの年頃の農奴は畑一枚を任されるんだ。温かい季節も寒い季節もずっと毎日働く。死ぬまで村から碌に出ることも無くだ。その点おまえは恵まれている。飯も寝る場所もあり、重労働もしなくてすむ。俺達のところにいるからな。それがわかったのなら──」
ボルトは腹をおさえてうずくまるシュウジを強引に立たせると、叫んだ。
「走れーっ!!」
ボルトの声にシュウジは慌てて走り始めた。森の奥に続く凸凹した車道を、ボルトに追われながら。冷たい森の空気を肺いっぱいに吸い、荒々しく息を吐きだす。
「よし。飯にしよう」
森の中を走らされ、へとへとになり息をつくシュウジを尻目に、息一つ乱していないボルトは小屋に入っていく。シュウジはくそっと毒づくと、水ぶくれで痛む足を引きずりながら小屋の戸を開けた。
小屋に入るとすぐにナットに呼ばれた。ナットはシュウジに、食器とカトラリーをテーブルに運ぶように指示した。レンチやラチェットらが慌ただしく料理やコーヒーを運ぶ中で、シュウジは右往左往するばかりだった。魔女はその様子を椅子に腰掛け、黙ってみていた。
朝食の半分も腹に入らなかった。疲れ切っていたのだ。食事の席での会話には入る隙が無い。語る言葉が無かったのだ。唯一話しができそうな魔女は、黙ったままコーヒーをすすり、ノートパソコンの画面を見ている。シュウジははじめて自分が中心にいないことを知った。
食事が終わると、休憩もそこそこにボルトに呼ばれた。鉈と籠を渡され、森の中にキノコ狩りに行く事になったのである。ボルトは道の途中で、獣道も無い茂みの中に踏み込んでいく。シュウジは躊躇していたが、ボルトに怒鳴られて、茂みをかき分けて進むことにした。跳ね返った枝が顔や腕を容赦なく叩く。何でこんな目に合うのかわからなかった。目の前を歩く狗頭人は、自分をいじめて楽しんでいるに違いないと思った。
ボルトはキノコを見つけると、どれが食べられてどれが食べられないかを説明した。説明は一度きりで、次にはシュウジにキノコを探させ、判別させた。間違えると怒鳴り声が飛んだ。
籠一杯のキノコと山菜を背負い、シュウジは息も絶え絶えでボルトの後を歩いた。小屋が見えてきた時には、すごく久しぶりに見る光景のように思えた。
昼食の後は、地面に横になって昼寝するように指示された。毛布が渡され、小屋の前の広場のどこか好きなところで寝ろ、というのだ。シュウジは日当たりの良い場所を探し、毛布を敷いて横になった。しかし、毛布を伝わってくるごつごつした地面の感触と、森の木々の間を抜けてくる冷たい風に眠るどころではなかった。恐る恐るボルトに方を見ると、ボルトは気持ちよさそうな顔をして眠っていた。シュウジは毛布にくるまり、何とか眠ろうと眼をつぶった。
「──おい、起きろ」
少し眠ったかと思ったら、ボルトの声に起こされた。陽は西に傾き、広場には夜のとばりが訪れつつあった。
「毛布を畳め、体操の時間だ」
ボルトの号令で身体を動かす。この寒さに関わらず、汗が噴き出た。額の汗が眼に流れ込み、視界を塞ぐ。拭おうとするとボルトの声が飛んできた。シュウジは黙々と身体を動かした。
体操が終わると夕食だった。また食器の用意をさせられ、誰の会話にも入れない、孤独な食卓につくことになった。
いきなりの仕打ちに、シュウジの心はへし折られそうになっていた。
「これでいいんですか?」
消灯し、居間にランタンの光りだけがある。魔女が椅子に座り、アクアビットを入れたマグを口に運ぶ。ボルトはソファに座り、同じようなマグを両手で持っている。
「ああ。それでいいさね。あの子の言ってることは本当さ。間違いなく、地球から来た人間だ」
「そうですか」
「からくりはわからないが、記憶と人格がそのまま転写されたようだね。そして、どうやらこの世界を仮想のものだと思っている節がある」
「それでわけのわからないことを」
「そうさね。まずは自分の置かれている状況を身体に刻み込ませる事、これが肝心だ。どうであれ、あの子はここで生きていくしかない。記憶があったとしても、本人は伯爵の息子には変わりがない。成長して、伯爵家を継ぐのがその道だ。それに……」
「それに?」
魔女は酒を少し口に含んだ。
「それに、もしあのままだったら、一人孤独な世界を生きなければならなくなる。自分と話しができる者が誰もいない、孤独な世界を、ね」
「地球が懐かしいですか?」
ボルトが神妙な顔つきで言った。シュウジが来てから、魔女の様子が少しいつもの違ったからだった。魔女は笑みを浮かべて応えた。
「そりゃそうさ。数百周期の時間が経ってから、同じ世界の記憶を持つ人間に会ったんだ……まぁ、パタースンは敵だったから別としてだが。いろいろと聞いた。向こうの世界がどうなっていたかを」
「それで、どう思いましたか?」
「そうだねぇ……」
魔女はマグを上げた。揺れるランタンの光りが、部屋を照らしている。魔女は黙って酒を口に運んだ。




