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北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


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他を抜きし者

「おや、そこのお人。家人はおられますかな?」

 小屋の横で薪割をやらされていたシュウジは、そう声をかけられて振り向いた。

「え?」

 振り向いた先には、小柄の人が立っていた。にこやかな笑みを浮かべている。

「た、狸……?」

 その顔を見たシュウジの口から言葉が転げ出る。その人は、どう見ても直立した狸であった。ボルトなどの、いわゆる獣頭人がこの世界にはいろいろといるとは聞いてはいたが、狗頭人以外の獣頭人を見るのははじめてであった。

「ちょっと待って、な」

 シュウジは鉈を置くと、小屋の中に入った。

「お客さん、というのか? 狸が来てる」

「はぁ?」

 今のソファで本を読んでいたボルトがシュウジの方を向く。

「タヌキ? なんだそりゃ?」

「いいから来てくれ」

 シュウジはボルトの手を引かんばかりに、小屋から連れ出す。

「おや、そちらがこの家の人かね?」

「こりゃ、ラクーネンとは珍しい。まぁ、俺はここの小屋の住人だ。何か用か?」

 ラクーネンと呼ばれた小男は、にこにこと笑いながらうなずく。どこからどうみても直立して服を着た狸だ、とシュウジは思った。そういえば、そんな焼き物の置物があったようだと頭を巡らせる。そうだ、信楽焼だ。

 狸頭人(ラクーネン)はどこに住んでいるのかまったくわからないという、珍しい種族だった。噂では、海の向こうにあるという島からやってくると言われている。

「ここに"白銀"殿がおられると聞きまして……」

 数周期ぶりにその名前を聞いたボルトは少し怪訝な顔をした。騎士"白銀"の正体がダークエルフの小娘である、という事はすでに周知の事実となっている。今更ながら、古い呼び名を口にする者は王国内にはあまりいない。

「いることはいるが、どんな用事で?」

「一つ、手合わせをお願いしたいと思いまして」

 手合わせ。戦闘技術者が己の技をぶつけあう、一種の申し合わせた喧嘩のようなものだった。純粋に、自らの技術がどこまで高いのかを確かめるものであったが、高名の者に挑んで、その結果を喧伝して、己の価値を上げようという者もいる。

「ちょっと待ってな」

 ボルトは胸をぼりぼり掻きながら、ラチェットがいる納屋の方に向かっていく。その後ろ姿を、シュウジとラクーネンが見送る。

 シュウジは狸頭人の姿をまじまじと見た。狸の頭にぼろぼろの外套、汚れた皮鎧にくたびれたブーツ。しかし、その腰には、丹念に手入れされている左右2本のショートソードが携えられていた。旅の剣士だろうか、と思った。

 しばらくしてボルトがラチェットを連れてくる。ラチェットは手に訓練で使う木剣を提げている。その姿を見て、ラクーネンの剣士はおおっという声をあげる。

「貴方様が、かの"白銀"殿で? おはつにお目にかかります。わたくしめは、ラーカイエン山にその源をなすカブリ川とチレル川の合わさる地、ニバンの村を旅立つこと幾星霜、剣の道を極めんと旅の空に居を求め、幾度の戦に身を置き、討ち取りし者数えきれず……」

 剣士の口から長々とした口上が、唄のように流れ出す。その声は長く響き、一言の言い間違いも無かった。

「……と、しがなき者にはございますが、(あざな)をポント、名をジェムス。ジェムス・ポントと申します」

 シュウジは思わず吹き出しそうになった。狸と「ぽん」という音の組み合わせが、この緊張しきった間に出てくるとは思わなかったからだ。もちろん、なぜ吹き出すかを知っている者はシュウジしかいない。

 ポントが深々と頭を下げる。それに対して、ラチェットも口を開く。

「天に三つの月昇りし夜、世に影あり、影に声あり。我がオルファの地に音あり。闇ならぬ影、なべて語るに……」

 ラチェットがダークエルフたちに伝わる名乗りを滔々(とうとう)と述べる。

「これは本物だな」

 ボルトが徐々に緊迫の度合いを高めていく、ラチェットとポントの二人を見てつぶやく。

「いったい何が?」

 何もわからず、ボルトと対峙する二人を交互に見て、シュウジが問う。ボルトはそれを無視して、シュウジの肩をつかんで後ろに引く。

「はじまるぞ」

 名乗りを終えたラチェットが、ニヤリとしたいつもの不敵な笑みを浮かべ、木剣の1本をポントに投げる。そして、裂帛の気合とともに身を沈め、地面を蹴った。木剣を右手でつかんだポントが、その顔には見合わない速度で身をひるがえす。ラチェットをいなし、ばさりと外套を跳ね上げ、脇を抜けたラチェットの方に向き直る。ラチェットは笑みからだんだんと真顔になっていく。ポントの方も、その狸顔から穏やかさが抜け、鋭い視線をラチェットに向ける。

 次の瞬間。ラチェットとポントが同時に動いた。シュウジはその姿を捉えることができなかった。木剣が叩き合わされる音が、キツツキのドラムのように響き渡る。攻撃をくりだし、それを受け、そこから相手への攻撃につなげる。ラチェットは変幻自在の体術を組み合わせた技を放ち、それに対してポントは、攻撃を正面から受け、鋭いカウンター攻撃で応える。

「ほう、これはまた」

 木剣の音を聞きつけた魔女がテラスに顔を出す。レンチとナットもその後ろから顔を出す。

「股旅者ですぜ」

「それなら歓迎の準備をしないとね」

 魔女は後ろの二人にいろいろと指示を出した。レンチとナットは復唱し、小屋の中に入っていく。

股旅者(またたびもの)って、なんだ?」

「ああ。股旅者っていうのはな、諸国を巡って、その剣技を高めているやつらだ。その土地の名士の家に行き、その家の腕利きの剣士と一戦交えて、その腕を見込まれると、飯と宿をもらえるという寸法だ。宿を貸す方も、旅の中で見聞きした話を聞くという目的もある。情報の伝達者、ってわけだな。時にはその家の厄介事を解決するという仕事もする」

「冒険者と何が違うんだ?」

「冒険者には、己を証明する術がないんだ。どこの誰だかわからない。だが股旅者は、自分を出自とここまでの経緯を口上として述べる。それが身分証明というわけだ。粗野な冒険者と違って、股旅者たちはゆるやかにつながっていてな、互いに名士へ仲間の事を伝えていくんだ。悪事を働けば、名前がすぐに知れ渡る。そうならないように、股旅者は礼儀正しいし、所作もきっちりしている。中には、手紙や物品を託される事もある。まぁ、そこまで信用されている連中だな」

「ふーん」

 シュウジが斬り合う二人に眼を戻す。凄まじい剣の応酬が続いている。

「なぁ? ラチェットはすげぇだろ?」

 ボルトはシュウジの頭をごりごりした。

「おまえはあんなすげぇ剣士に教えてもらっているんだ。幸運だと思え」

 シュウジはボルトの手をはらうと、ラチェットを見た。右眼を失っているはずなのに、全方位に眼があるようにラチェットは反応し、身を動かす。まるでヒップホップだ、とシュウジは思った。ラチェットの動きには型が無い。どこから剣撃が放たれるのかまったくわからないのだ。そんなラチェットの攻撃に、ポントは見事に対応している。受けに徹し、ここぞという時にカウンターを浴びせるのだ。シュウジはずっと見ていたいと思った。

「そこまでだよ」

 シュウジの思いは、魔女の一言で断ち切られた。ラチェットとポントが互いの間合いの外に移動し、剣を収める。股旅者を迎える家主は、腕を見込んだら、どちらも勝たないところで止めるのが礼儀とされている。

「ではお客人、こちらへ」

 魔女の声にポントは陽だまりのような表情に戻り、ぺこりと頭を下げた。


 夜がきた。ポントは風呂に入り、Tシャツとハーフパンツといういでたちで現れた。風呂上りで、もこもこしている。そして、くりくりとした笑顔を見せていた。昼間のあの鋭い視線を見せた人物と同じ人とは思えなかった。

「それでは」

 魔女の掛け声でマグが合わされる。ジャガイモから作った蒸留酒やワインがふるまわれる。テーブルの上には、森や畑でとれた食材で作ったり、海兵隊の物資から作った料理が並ぶ。魔女はポントにそれまでの武芸旅の事を聞いた。ポントもきれいな所作で食事をとり、吟遊詩人のように物語を語る。

 ポントは数日、魔女の小屋に泊まる事になった。


「なに?」

 魔女はシュウジの申し出に少し驚いた顔をした。シュウジがとある物を作りたいと言いだしたのだ。

「まぁ、待ってな……アーカイブを検索する」

 ノートパソコンのマウスをくりくりし、魔女が画面に複数のウィンドウを開く。

「ネットにつながっているのか?」

「いや、大容量の記録装置に入っているアーカイブを見ているだけだ。こっちの世界に来るときに、地球の文明を伝えるために用意されたものさ。この小屋の"倉庫"に、その筐体がある」

「スマホとか使えれば便利なのに」

「電話は基地局を維持できないからね。通信衛星まで用意できなかったし。で、何が知りたいのさ?」

「こういうものの作り方」

「ほう?」

 魔女は単語を検索する。写真と動画が画面に表示される。

「これだ! わらはあるかな?」

「麦わらでよければ」

 その日の午後から、シュウジはプリントアウトを見ながら、わらとの格闘をはじめた。

「何やってんです?」

 その様子を見たボルトが魔女に聞く。

「ああ。地球で使われていた道具を作っているのさ」

「地球の、ですか……」

「まぁ、あの子が自分から何かをしたいって言いだしたからね。出来上がるまで、訓練は免除しな」

「yes,メム」

 数日が過ぎ、ポントが次の地へと旅立つ事になった。

「しがないわたくしめをお泊めいただき、恐悦至極に存じます。また、近くを寄りました日には、ぜひとも」

 ポントはひだまりのような笑みを浮かべて頭をさげた。

「まにあった!」

 小屋の中からシュウジと、作業を手伝っていたレンチが出てくる。

「これ」

 シュウジはポントに、麦わらで作った菅笠(すげがさ)を手渡した。そして、使い方を身振りで伝える。ポントはさっそくとばかりに菅笠を被った。

「ほう、これなら雨風もへっちゃらですな」

「これも作ってみたんですが」

 レンチが畳んだ布を差し出す。

「外套の代わりになれば、と」

 ポントが布を広げると、それはポンチョだった。

「身体の大きさにあわせてみました。一応防水ですので、雨の中でもある程度は快適だと思います。こっちのウービィ(ポンチョ)ブランケット(ライナー)も」

「おお、これは毛布か寝袋といったものですな。これがマリンコ(海兵隊)の……ありがたくいただきましょう」

 ポントは荷物をまとめると、ザックを背負った。

「では、これにて。またいつか」

 菅笠をかぶった狸頭人は、振り返ることなく小屋を後にした。

「なんだ、変な帽子だったのか、作っていたのは」

「菅笠っていうものさ。日本では、狸には笠がつきものなんだ」

 シュウジの言葉に、ボルトは不思議そうな顔をした。


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