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#8 海中

「輸送船団、視認! およそ二十キロ!」


 無線封鎖したままの船団を人型重機の電探を頼りに見つけ出し、それらとの合流を果たしたのは、あの戦いから三日後のことだった。


「壮観ですねぇ!」


 その船団を目の前にしたヘレーネ少尉は、三十隻以上の大輸送船団を前に感動を口にする。

 それはそうだろう。我が国に残るほぼすべての大型輸送船を三十二隻も揃えた。ただし、急造品で装甲もままならない薄っぺらい船だ。小型の輸送船団も何隻か混じっており、その規模だけは敵機動部隊をも上回る。

 もっとも、武装を持っているのはその大船団の周りを囲む小型の武装船、通称「海防艦」と呼ばれる貧弱な戦闘艦だ。二十五ミリ連装砲一基に、三連装魚雷発射管を装備しただけの、漁船を無理やり戦闘艦にしたような風貌の船だ。

 無論、こんな船に護衛などとても任せられない。そこにやっとまともな戦闘艦が合流した。和ノ国皇国海軍旗を掲げたこの五隻を、彼らは我々に向けて旗を振る。

 本来ならば汽笛を鳴らしたいところだが、その音を敵潜水艦に察知されても困る。その代わりに旗を掲げて、我々の到着を歓迎してくれているようだ。


「まだ、喜べる状況ではないのだがな」


 ここから皇国まではまだ千二百キロほど離れている。鈍足な輸送船団では、おそらく四日はかかるだろう。その間、昼も夜も守り続けなければならない。

 敵の機動部隊を事前に排除したものの、最も恐れるべきは潜水艦だ。大きく通常航路を外しているとはいえ、やつらは我々のスクリュー音を捉えれば、即座に接近してくるはずだ。特に夜間に接近されたら、夜陰に紛れて何隻かを狙い撃ちし、沈めるかもしれない。

 輸送船は、とにかくぜい弱だ。魚雷一発、二百五十キロ爆弾一撃でも食らえば、瞬く間に粉砕されてしまう。

 が、この大船団をすべて皇国に送り届けることができたなら、あと三か月、いや半年は戦える。大半は石油だが、一部には鉄やボーキサイトなどの鉱物資源も載せられている。その一滴、一石も失うわけにはいかない。


「警戒を厳にせよ。特に海中からの潜水艦の接近を警戒する。ヘレーネ少尉!」

「はっ!」

「あの人型重機には、水中の敵を捉える術は備わっているのか?」

「いえ、さすがに宇宙戦闘用の機体としては想定外ですので、水中の探知はできません」


 さすがの人型重機も、水中は不得手と見える。考えてみれば、元々は宇宙での戦闘に特化した機体だ。水上はともかく、水中まで探索できる手段は持ち得ていないのは当然だろう。


「ですが、潜水艦といっても、ずーっと海の中というわけではないんですよね?」

「そうだな。通常は水上航行し、標的を見つけ次第潜航し攻撃する」

「だったら、まだ浮かんでいる潜水艦を察知できればいいんですよね」


 それはその通りだが、そうはいっても大半は水中に没している状態の敵潜水艦を、いくら高精度とはいえ、その電探で探知できるものだろうか?

 と思っていたが、早速、怪しげな船影をいくつか捉えた。


「距離百二十キロ、まさにこちらへと接近しつつあります。今夜半あたりに接触の可能性ありです」

「百二十キロ先か……ここから、当てられないか?」

「空母や戦艦と違って、相手が小さすぎます。それに、ただの漁船かもしれません。もう少し、接近しないとはっきりしませんね」

「そうか。ならば接近し、敵潜水艦とわかれば排除する」


 そこで、すぐにこの機は敵潜水艦と思われる船影に向けて飛ぶ。およそ一時間ほどで、ようやく敵潜水艦らしき船影を捉えた。


「見えました! ……が、潜望鏡と筒のようなものが見えるだけですね」


 どうやら、潜望鏡深度まで潜航し、シュノーケルによる機関航行をしているようだ。これならばこちらから船影を捉えにくく、接近も容易だ。

 しかし、潜望鏡とシュノーケルだけでも探知できるとは、この人型重機の電探は大した性能だな。我々のものとは格段に違う。

 が、困ったことが起きる。


「やっぱり、海中にいる潜水艦はそのままでは撃てませんね」

「電探は捉えているのではないか?」

「はい、ですが水中の映像とリンクしての攻撃となるんですが、水中となると、その映像が屈折しているため、狙いを外してしまうんですよ」


 つまり、この人型重機の持つ射撃管制では、水中の敵を考慮していないということか。


「攻撃は、無理か?」

「いえ、接近して目視で狙えば問題ありません」


 そうか、そこまで接近すれば当てることは可能だろうな。


「ならば接近し、攻撃する」

「了解であります!」


 高度を下げ、潜航中の潜水艦へと向かう人型重機だが、それを命じた直後に、僕の中で何か少し、悪寒のようなものを感じた。

 なんだ、この嫌な感触は。


「敵潜水艦、視認! 距離二百、これより攻撃に……」


 その嫌な感触が現実化したのは、まさにこの時だった。


「それで隠れているつもりか! 我が愛機フェルゼンヴァーレを前に、そのような姑息な手は通用しない!」


 しまった、接近戦になるとこいつ、性格が変わるんだった。左腕のレールガンに装填準備をしていたところだというのに、それをやめて右腕であの短い棒を持つ。

 それをこの重機の両手で握りしめ、水中にいるその潜水艦目掛けて突きにかかる。


「うおおおおっ!」


 水中に飛び込むフェルゼンヴァーレ、じゃない、人型重機は、推進数メートルのところにいた敵潜水艦上部をその棒で突き刺しにかかる。その棒だが、水の中でもあの青い光が放たれ、それは「聖剣」へと変わる。


「くらえっ! シュバルツシュヴェート突き!」


 いちいち叫ばなくても当たるだろうに。それ以上に僕が懸念するのは、こいつは水中でも大丈夫なのか? ということだ。水が入ってくるんじゃないか?

 と思ったが、風防には隙はなく、この程度の水深なら問題はないことが分かった。その青く光る「聖剣」は周囲の水を沸騰させ泡を上げながら、潜水艦上面を貫いた。

 当然、潜水艦中に浸水が始まる。空いた穴から大量の泡が出ており、その分、水が流れ込んでいるのが分かる。それを見た重機は水中より出て、「聖剣」を収める。

 敵潜水艦は浮上することなく、そのまま沈降を続けた。おそらく、艦内に多量の水が流れ込み、浮上がままならないのだろう。


「あっけない敵であったな、もっと骨のあるやつを……」


 で、敵潜水艦が視界から消えた途端、こちらも「正常」になる。


「うわぁ、またやっちゃいました……」


 やらかした、という自覚はあるようだ。それはそうだろう。水中用兵器でないもので海中に飛び込んだのだから。


「おい、少尉よ、分かってるんだろうな?」

「な、何がですか……?」

「あの『聖剣シュバルツシュヴェート』という兵器にしたって、おそらくはビーム砲と同様、使用回数が決まってるんだろうが!」

「いや、大尉殿、ビーム砲ではなくて『ツォンシュトラール』という名前がついてまして……」

「そんなことはどうでもいい! なぜレールガンで仕留められる敵に向かって、わざわざそんな兵器を使ったのかと聞いている!」

「ふええ、お、抑えきれなかったんですよ。私の右手が、そして脳内までうずいてしまい……」

「まったく、どういう性格をしているんだ。接近戦だと、その感情は抑えられないのか」

「はい、全然抑えられなくてですね、おかげさまで軍大学時代は連戦連勝、人型重機パイロットではトップの成績でした。でも、制御不能のじゃじゃ馬とも呼ばれてましたね」


 うーん、能力は高いが、制御不能な性格か。僕の言うことすら聞かなかったからな。が、確かに戦闘力と気迫、そして反応速度はすさまじいものを感じる。今の言葉から察するに、同じ兵器同士で格闘しても負けなしということか。


「おい、貴様がああなったら、僕はどうすればいい?」

「ええと、それは……」

「軍人である以上、指揮官に従う義務がある。が、聞く耳を持たない相手をどうにか制御せねばなるまい。貴様が知っているその冒険活劇にも指揮官がいて、無謀な戦いをさせないように命じる者はいないのか?」

「ああ、いますよ、上官で、イリス・カール・フォルシウス少佐という方がいて、そのフェルゼンヴァーレのパイロットであるユーリウス・マルクス・サールグレーン中尉にとっては命の恩人でもあり、その命令は絶対なんですよ」


 どうでもいいが、その活劇の役名が長すぎないか? どうして異国人風の長ったらしい名前ばかりなのか、と。


「雰囲気的には、フォルシウス少佐は海野大尉にめちゃくちゃそっくりなんですよね。あ、そうだ、私のスマホに動画があるので、帰投したら見せて差し上げます」

「す、すまほ? どうが?」

「と、その前に他に接近する艦艇がないか、探知しながら帰投いたします」

「あ、ああ、分かった。任せる」


 奇妙な単語が並んでいたが、どうやらヘレーネ少尉がはまったという冒険活劇を見せる道具というものがあって、それを使ってそのフェルゼンヴァーレとかいうものが何なのかを教えてくれることになった。

 今のところ、海上には敵艦隊や艦影らしきものは見当たらない。鈍足ながらも、輸送船団は無事、皇国に向けて航行を続けている。


「それじゃ海野大尉、一緒に『聖戦士フェルゼンヴァーレ』を観ましょう!」


 帰投し、艦長に戦況報告を済ませた僕が副長室に入るや否や、あのやかましい女士官がやってきた。


「ところで、さっき言っていた『すまほ』だの『どうが』だのというのは、いったい何なのだ?」

「ああ、スマホっていうのはこれですよ。本来は通話やメッセージ通信をするためのものなんですけど、今は中に入っている動画を見ることしかできないですね」


 といいながら、僕の真横にどんと座ってきた。烹炊(ほうすい)所からもらってきた僕の食事と共に、それを食べながらそのスマホに映っている冒険活劇を見る。


 すさまじい、としか、言いようがない。なんだこの映像は。


 描かれた絵が一枚一枚、動きを作る。しかも出てくるのは人型重機と比べても、ずっと洗練された意匠だ。例えるなら、西方諸国に昔いた王族が身に着けていた鎧のような形の、そんな人型の機械が自由自在に飛び回る。


『サールグレーン中尉、敵は我が方の十倍以上。すでに我が隊は三度、戦闘を潜り抜けた後で、果たして突破できるのでしょうか? ここは一時、撤退すべきでは』


 大軍を前に、部下が撤退を進言する。うん、軍人としては一理ある。主役であるサールグレーン中尉とやらは部下のそんな進言など受け入れず、こう言い返す。


『当たらなければ、どうということはない。要するに、その十倍の敵を倒せばいいだけだ』


 いや、それはそうだが、ならばこちらも当たらなければ倒すことができない。しかしだ、ありえないほどの動きで敵に迫るサールグレーン中尉操るフェルゼンヴァーレ。


『くらえっ! シュバルツシュヴェート!』

『よほど死にたいらしいな、ならばくれてやろう、ツォンシュトラール連射!』


 この兵器は、ツォンシュトラールというビーム砲と、シュバルツシュヴェートという真っ黒な炎のように揺らめく「聖剣」を使いこなし、なんと十倍の敵軍に勝利してしまう。なぜか、不要なほど武装名を叫びながら。


『サールグレーン中尉に告げる。この拠点はもう、再起不能だ。これ以上の長居は無用。直ちに、撤退せよ』


 そんなサールグレーン中尉に撤退を命じる人物がいる。上官である、フォルシウス少佐という人物だ。


『はっ、では直ちに撤退します』


 急に冷静になり、撤退するサールグレーン中尉ら五機の騎士風の機械兵たち。鮮やかな映像もさることながら、流れる音楽に、緊迫感ある音。こんな話が、全部で二十六話もあるという。


「いやあ、何度見ても震えますねぇ。聖戦士フェルゼンヴァーレ操る主人公のサールグレーン中尉は、無駄のない動きで冷徹に敵を次々と倒していくんですよ。この冷徹な動きに隠された熱い心の叫び、私の胸を熱くするんですよ」


 と語るヘレーネ少尉だが、その熱い、いや厚い胸を腕に押し当てられている僕は、心穏やかではいられない。


「おい、少尉よ。貴様がさっきから僕の腕に胸を押し当てているおかげで、集中できないのだが」

「ああっと、すいません、私ったら興奮しすぎて……でも、すごかったでしょう、フェルゼンヴァーレ。私、これを見て人型重機のパイロットになると決めたんですよ」


 ああ、なるほど、こいつが接近戦になるとやたらと叫びながら戦うのは、この冒険活劇のおかげだったというわけか。それも、紙芝居や映画などとは比べ物にならないほどの鮮やかで端麗な絵柄のそれは、僕の心でさえも熱くさせてくれる。

 だが、これで一つ、大きなヒントを得た。

 なるほど、彼女はこれを見て、人型重機の操縦士を目指したといっていた。接近戦では、すっかりフェルゼンヴァーレというあの主役の機体の操縦士、サールグレーン中尉になり切っていた。

 ということは、こいつが暴走したときは、僕はこの活劇に出てくるあの人物になりきればいいんだな、と。

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