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#7 別人格

「う、撃たれたぞ! 損害は!?」


 僕は辺りを見渡す。あの機銃は、まっすぐこちらの風防を狙って撃ってきた。が、穴一つ空いていない。

 おかしいな、どう考えても数発は当たるだろう。そうこうしているうちに、もう一機が襲い掛かってきた。機関銃が音を立てて、この人型重機を真上から攻撃してくる。

 が、不思議なことに、機銃の弾はその手前ではじき返されていた。見えない壁、そう表現すればいいのだろうか。その見えざる障壁によって、弾がすべてはじき返される。

 が、僕がそれ以上に驚いたのは、ヘレーネ少尉の変貌ぶりだ。


「ふ、フハハハハハッ!」


 何を思ったのか、急降下してくる敵に向かって、右腕を振り上げる。そのまま翼を殴りつけ、なんと主翼を引きちぎってしまった。


「右の拳が、悪を倒せといきり叫ぶ! この正義の鉄槌は、敵を貫き魂ごと砕く! 我が無敵のフェルゼンヴァーレに歯向かう者は、ヴァルハラか地獄の二択の道のみ!」

「お、おい、貴様は何を……」

「フェルゼンヴァーレの真の力、思い知らせてやる。出でよ、聖剣シュバルツシュヴェートッ!」


 どうやら「フェルゼンヴァーレ」とは、この人型重機のことを言っているらしい。そういえば以前にも、そんな名前をちらっと呟いていたな。が、いつの間にそんな名がついていたんだ? いや、それよりもだ。聖剣とは何だ? などと考えているうちに、三機目が襲い掛かってきた。

 弾は弾かれていく。そして通り過ぎ様に、何か背中から棒のようなものを取り出した。

 一見するとそれは、短い鉄の棒だ。が、その先から青い棒状の光が出る。まさか、これを聖剣と呼んでいたのか?

 そしてその聖剣は、通り過ぎる戦闘機を真っ二つに切り裂いた。


「我が聖剣の前では、お前らなど研ぎ澄まされたナイフの前のババロアの如し! 続いて地獄へ放り込まれたい奴は、どの機体だ!?」


 この攻撃を見た敵機は、一目散に退散していく。もはや島への攻撃どころではない。残り十機ほどになった敵機編隊はその場で反転し、空母へと引き返していく。


「我が聖剣を前に恐れをなし、逃げ出すとは不甲斐ない! これに懲りて二度と我が前に……」


 すでに別人のようなヘレーネ少尉に、僕はかける言葉を失った。が、敵機が遠くに去るのを見届けた彼女は、急に涙目でこちらを向く。


「あ、ああ……またやっちゃいました……」


 急にいつものヘレーネ少尉に戻った。さっきとは、まるで別人格である。

 ともかく、冷静さを取り戻した少尉に、僕はこう尋ねる。


「まさかと思うが、敵が接近すると、いつもこの調子なのか?」

「は、はい。訓練でも実戦でも、敵を目の前にするとなんかこう、胸の奥がカーッと熱くなって、思わず昔見たロボットアニメのような戦いを仕掛けてしまうんです……」


 「ロボットアニメ」とやらが何のことか分からぬが、おそらくはそのような架空の科学小説か映画のことだろう。しかし、あの変貌ぶりは異常だ。


「そういえば貴様、敵から逃げ出して、爆発に巻き込まれてここに来たと、そう言っていたな」

「は、はい」

「それ、嘘だな」

「おっしゃる通りです……」

「つまり、逃げるどころか敵に突入し、その結果起きた爆発の作用により、こっちの世界に飛ばされてきたのではないか?」

「返す言葉もございません。もっとも、正確に言えば、逃げたのは本当なんですけどね」

「そうなのか?」

「はい、我に返って怖くなり、逃げ出したところで青色の爆発が起きたんですよ」


 素直なヘレーネ少尉だが、よほどこの別の顔のことは知られたくなかったようで、だからこそあの時は「逃げだした」とだけ報告したのだと、僕は考えた。


「まあいい、むしろ無駄弾を使わずに済んだ。本来の敵機動部隊への攻撃を仕掛けるぞ」

「りょ、了解しました」


 再び進路を南に変えて、敵の機動部隊の方向へと向かう。空母一隻に、航空隊を十機近く失った。今回、引き返した敵がいるから、この機体のことが知られてしまったと思われる。

 が、逆に言えばだ、それが抑止力となる。

 こいつが攻撃機を狙い撃った弾も、空母に当てた弾も、いずれも真っ赤に焼けた鉄の塊だ。それを放っていたのが、あのイカれた攻撃をする不可思議な空に浮かぶ機械だと、彼らは報告するだろう。しかもこいつは、敵の電探に探知されない。ますます脅威だ。

 その脅威にさらなる追い打ちをかけるべく、僕らは機動部隊へと向かった。


「敵機動部隊まで、およそ五十キロ!」

「ここまで接近すれば大丈夫だろう。標的を定める。映像を出せるか?」

「はい、どうぞ!」


 円形陣の中央には、戦艦五隻に空母四隻。そして上陸用船艇を乗せた上陸母艦が十隻見えた。あの規模ならば、おそらくは二万の兵はいる。

 守備隊三万と比べたら少ないが、おそらくは艦砲射撃を加えて弱体化し、一気に攻め込むつもりだろう。その後、第二、第三陣で攻め落とし、神楽島を手に入れるつもりなのだろう。

 ならば、この第一陣を叩きのめすことは、今後の敵の戦略に大いなる影響を与える。そう考えて、僕らは大型艦の攻撃へと向かう。

 結論から言えば、その日の夕刻までに戦艦と空母を全滅、上陸母艦も半数は沈めた。駆逐艦も七隻ほど沈没し、これを受けて機動部隊は転舵反転し、引き返していった。


「はぁ……これでよかったんでしょうか」


 夜半過ぎになってようやく「そよかぜ」に帰投し、そこで夕食を摂るヘレーネ少尉がぼやく。


「何を言っている。貴様のおかげで四十隻もの敵機動部隊の大半を壊滅し、神楽島攻略を断念させたんだぞ」

「いえ、それはまだいいんですが……あの、私の一番嫌な部分を、見せたくない姿を、さらしてしまったんです。それを悔やんでいるわけでして」


 なんだ、そういうことか。確かにあれはかなりドン引きものだったが……僕はそんな少尉に、こう返答した。


「冒険活劇を見ているようで、僕は悪くないと思ったぞ」


 まさしくあの時のヘレーネ少尉の姿は、よく紙芝居や映画でもてはやされる正義の使者のような姿に近いといえば近い。そういうものは、僕は嫌いではない。むしろ子供の頃はあこがれたものだ。

 軍人になり、数々の戦闘を経て勝ちも負けも経験し、それゆえこの世には正義の使者などというものはいないのだと諦めていた。が、そこに現れたのがこの人型重機、いや、「フェルゼンヴァーレ」だ。

 その敵機をなぎ倒す姿を見て、心躍らなかったといえば嘘になる。何か、熱いものを感じたのは事実だ。


「ほ、ほんとですか! 大尉殿も、そう感じましたか!」


 ところがだ、僕がそう言い出した途端、急にこの士官は饒舌になる。


「いやあ、フェルゼンヴァーレは主役機ですが、他にも四機の僚機がいてですね、聖剣と呼ばれるシュバルツシュヴェートだけでなく、遠隔兵器であるリヒトシュトラールという兵器で……」


 僕は今、何を聞かされているのだろうか? 聞いたこともない言葉や、それを使った時のその役者の決め台詞とやらを聞かされる。が、なにぶん、その言葉からはなんら想像もできない僕は、ただ彼女の二十五ミリ連装機関砲のようにけたたましく飛び出すその言葉の弾幕に、ただ耐えるのみだった。


「……で、あの人型重機には、飛行編隊を殲滅したビーム砲、鉄の塊を正確に飛ばすレールガン以外に、青白い(つるぎ)に見えない壁を持っている、と」

「はい、正式にはそれぞれビームサーベル、シールドと呼ばれてます。その威力は、シールドは敵主砲弾すらはじき返すほどの壁になり、サーベルは防弾鋼板で覆われた操縦席すらもまるで豆腐のように切り裂く強力な接近戦兵器なのです」

「にわかには信じがたいが……いや、もはや信じがたいものばかり見せつけられた後で、今さらその程度で驚くのもおかしな話だ。ともかく、ご苦労だったな」

「はっ!」


 僕は艦長に、今日の戦況報告を伝えた後、副長室へと戻る。なお、ヘレーネ少尉には別途、士官用の部屋が与えられた。まさか、男だらけの相部屋で寝かせるわけにはいかないからな。

 寝床に入ると、床からはドドドという機関音が響くのが聞こえる。敵機動部隊を撤退に追い込んだものの、輸送船団の護衛任務はまだ続いている。我々の目的はまず、その輸送船団と合流し、これを守ることだ。

 もちろん、海防艦と呼ばれる小型の戦闘艦が何隻か護衛についている。が、それらが束になっても駆逐艦一隻にもかなわないほどの武装しかついていない貧弱な護衛では、敵に発見されるや否や、たちまちのうちに全滅してしまう。

 それを防ぐためにも、我が艦は早く輸送船団と合流せねばならない。もちろん、あの人型重機の力も発揮されることとなるだろう。

 もっとも、あのわけの分からない技名を叫びながら戦う女士官を、どう扱えばよいのか分からぬままではあるのだが。しかし、あの妙癖はどうやら敵を目視で捉えた場合にのみ発動するようだ。遠隔攻撃を行う限りは、ごく普通の操縦士だ。

 接近戦さえしなければ、大丈夫。そう、海の上で接近戦など、そうそう起きるものではない。


「おはようございまーす!」


 そんな翌日の朝、いやに元気な顔で現れたヘレーネ少尉と共に、僕と遅れた朝食を共にする。


「そうそう、昨日話し忘れてたんですけど、フェルゼンヴァーレの僚機であるシュトルムヴィントは五万キロを超える長距離砲であるアイゼンシュティッヒの使い手でして……」


 こいつ、自分の妙癖を認められたとわかると、この僕に途方もなく謎の冒険活劇の詳細を話しかけてくるようになった。だが、何のことだか、何度聞いてもさっぱり分からん。


「おい、それじゃあ聞くが、そのフェルゼンヴァーレとやらが戦う目的とは何だ?」

「はい、それは正義を貫き、悪を叩くためです」

「それじゃあ聞くが、正義とは何で、悪とは何だ?」

「決まってるじゃないですか。罪なき者たちの命を奪い、私利私欲に溺れ、時にはな鎌すら平気で裏切るような連中ですよ。そして、それを倒し、世をただすのが正義なのです」

「だが、戦争とはそう簡単なものではない。確かに我々から見れば、スラブ大帝国という敵は悪そのものだ。自らの勢力を広げ、力を鼓舞し、我らを圧迫し多くの命を奪う。が、我らとて彼らと同様、南方資源のある地を得るべく戦争を仕掛けた。いわばやつらから見れば、我らこそが悪だというだろう」

「そ、それはそうですが……」

「善悪というものは、国や立場が変われば変わるもの。貴様が悪だという者どもにしても、それを正義だと確信しているからこそ戦うのだろう」

「そ、そうなのでしょうか?」

「この世でもっとも恐ろしいものは、悪ではない。自らを正義だと確信し、それに歯向かう者は悪だと決めつけ、徹底的に叩きつぶす連中だ。それがこの世の摂理であることを、頭の片隅にでも置いておいた方がいいぞ」


 あまりにも空想にのめり込み過ぎるヘレーネ少尉に、つい僕は正論で返してしまった。それを聞いたヘレーネ少尉は黙り込み、うなだれてしまう。いかんいかん、僕もついムキになり過ぎた。そう思った僕は、一言こう付け加える。


「だが、戦う時は自身が正義だと信じることは大事だ。心に迷いがあれば、その隙で命を失うこともある。だから戦場で迷いを見せてはならない。それだけは、肝に銘じてほしい」


 それを聞いたヘレーネ少尉は一瞬で、顔に灯りがともったように明るさを取り戻す。そして、こう告げる。


「今のセリフ、まるで主人公のヘルベルト・ダミアン・フォルシウス少佐の会話の一言のようですね。フォルシウス少佐も確かに、そのようなことをおっしゃってましたよ。さすがは海野大尉ですね」


 それを聞いた僕は、ふと悟った。彼女がはまっているというその冒険活劇の作者とやらは、おそらく戦場を心得た者だろう、と。戦いを知らないものが、そのような言葉を自らの役者に言わせるはずがない。なんらかの死線を潜り抜けた者にしか、分からぬ感覚だからだ。


「ところで、輸送船団は今、どのあたりにいるんですか?」


 さて、明るさの戻ったヘレーネ少尉が、僕にそう尋ねてくる。が、僕はこう返す。


「分からん」

「えっ、わ、分からないんですか?」

「そうだ」

「では、どうやって合流なさるのです?」

「あの人型重機の電探を使って探すしかない。輸送船団には位置がばれないよう、無線封鎖を命じてあるから、無線でその位置を知らせるわけにはいかないんだ」

「ああ、なるほど。人型重機のレーダーなら、五百キロ程度まで接近すれば船団の位置は分かりますからね」

「船団の形を見れば、それが敵艦隊か輸送船団かはすぐにわかる。だから今日はこのあと南下し、その輸送船団の位置を割り出す」

「はい、了解であります!」


 こいつの本性を知って、少し不安を抱えることになってしまったが、しかし、こいつがいなければ、駆逐艦五隻で三十隻以上の輸送船団を守ることなんて不可能だ。上手く、使いこなさなければ。

 にしてもこのころの僕は、ヘレーネ少尉に戦闘の道具としての価値以外のものを見出していた。それをはっきりと自覚するまでには、まだ少々時間が必要だった。

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