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#6 海路

「まずは資源だ。燃料や材料を確保することが、戦争続行のカギとなる」


 艦長の君島少佐が、艦橋に並ぶ士官五名にそう告げる。そこにはヘレーネ少尉の姿もあった。


「そこで、今回の海路(シーレーン)防衛作戦だ。サトゥリマ島の集積基地から本土までの輸送線を確保すべく、敵艦隊や潜水艦部隊の接近を阻止すべく、本艦は出撃することとなった」


 艦長は続ける。我が軍がこの先、スラブ大帝国相手に戦い続けるには、この石油やゴム、ニッケルや鉄などの資源を集積したサトゥリマ島にある集積基地と本土を結ぶおよそ二千キロの航路の安全を確保する必要がある。

 が、まともに動ける戦闘艦は、今や我が艦「そよかぜ」をはじめ、五隻程度しかない。前回も出撃した駆逐艦「あさしお」「まいかぜ」に加えて、巡洋艦「なか」「はぐろ」のみだ。「じんらい」の修復作業はまだ終わっていない。

 ほかに戦艦が二隻と巡洋艦が一隻、旧式艦が五隻あるが、いずれも本土防衛のため、また燃料不足や故障、戦闘に耐えられないという理由で、この作戦からは外された。

 このたった五隻の艦隊で、二千キロもの長い航路を守り抜かなければならない。無謀すぎる作戦だ。

 が、「そよかぜ」には人型重機という、敵一個艦隊分に匹敵する戦力がある。これを活かしつつ、この海路(シーレーン)を守り抜く。これが、我が艦隊に課せられた使命だ。


「輸送船団四十五隻が明日、サトゥリマ島を出港する。我々は彼らを、一隻残らず本土に送り届ける。これが、本作戦の目的だ」

「はっ!」

「明朝、〇六〇〇(まるろくまるまる)、本艦は出港する。総員、出港準備にかかれ」


 艦長の号令と共に、各員が各々の部署にて出港準備にかかる。そんな中、人型重機でも整備が行われる。


「へぇ、そういうところはこっちの機械と同じなんだな」

「はい、関節部分には潤滑油を補充願いますね。それから、胴体中央と背中にある核融合炉と重力子エンジンには触れないよう願いますね」

「なんだ、触っちゃいけねえのか」

「さすがの私でも、これの整備法を心得てませんので。下手に触って壊してしまわないよう、徹底願います」

「分かった。そんじゃ後のことは任しとけ」


 そう整備科の兵員に人型重機の整備依頼をし終えたヘレーネ少尉を、僕は呼び止める。


「ヘレーネ少尉、出撃前に一つ、確認したいことがある」

「はい、なんでしょうか?」

「ここではなんだ。副長室にて話すことにする」

「はぁ、承知しました」


 僕はヘレーネ少尉を副長室に連れていく。中に入ると、僕は副長室のカギを内側から閉めた。それを見たヘレーネ少尉は、ただならぬものを感じたようだ。


「あ、あの、なにゆえ鍵をかけたのでございましょう?」


 やや落ち着きがない。それはそうだろう。男女が二人、密室の中で向かい合うわけだ。すぐ脇にはベッドがある。ヘレーネ少尉が何を懸念しているのかは、手に取るようにわかる。

 が、残念ながら彼女が考えているのとは違うことを、僕は行おうとしている。


「先の軍令部での発言、そして、貴様が我々の前に現れた際の説明、そこに食い違いがあった。それを出撃前に、確認しておきたい」

「へ? 何か私、変なことを言いました?」


 予想外の問いだったのだろう。きょとんとするヘレーネ少尉に、僕は続ける。


「貴様が我が艦に降り立ち、話を聞いた際は、敵からの攻撃を受けて爆発が起こり、ここに飛ばされたといっていた。が、軍令部での報告では、謎の爆発が起きて、気づいたらここに来たと説明した」

「は、はい、そういえばそのようなことを申し上げた気がします。ですが、それが何か?」

「些末な事のように思えるが、僕には大きな違和感を抱かせる発言ととらえた。なぜこちらに来たときは敵の攻撃による爆発だといっていたのに、軍令部では謎の爆発と答えたのだ?」

「ええと、私がここに来た直後はちょっと混乱気味だったので、少し説明が……」

「いや、違うな。貴様は真実を語っていない気がする。それが、言葉の食い違いとなって現れた。そうではないのか?」


 僕は軍令部でのヘレーネ少尉の発言を聞き、その食い違いを見逃さなかった。一見するとさほど違いがないように思える二つの発言だが、決定的な違いがある。

 それは、攻撃を受けたか、受けていないか、ということである。

 この先、彼女の操る人型重機に頼らねば、おそらくは輸送船団は全滅するだろう。だが、それだけにこのヘレーネ少尉という人物を見極めねばならない。だから僕は出撃前のこのタイミングで、ヘレーネ少尉に真実を語らせようと考えた。

 ここで本当のことを話さねば、僕は彼女をこの作戦から外す覚悟だ。とても信用できない。その気迫がヘレーネ少尉に通じたのか、ついに彼女は語り出す。


「あのですね……わ、私、軍人としてあるまじき行為に出てしまったのです」


 ついに真実を口にし始めた。僕は続ける。


「爆発という言葉は、どちらの発言にも見られたからには本当に起きたことなのだろう。だが、敵の攻撃を受けた結果というのは本当なのか?」

「それは事実です。ですが私、実は怖くなって敵艦から離れてしまったんです」

「離れた?」

「はい、逃げた、とも言えます」


 なるほど、確かに軍人にあるまじき行為だ。彼女は続ける。


「私、今回の戦いが初陣だったのです。意気揚々に敵艦の後方へと回り込み、そこで敵の噴出口を狙い動きを止めるために砲を向けたのです。その時、対空機銃が放たれて、咄嗟に私は攻撃をためらい、その場を離れてしまったのです」

「そうか、つまりそれが、逃げたと?」

「底知れない恐怖を感じたのです。大尉には、そのような経験はないのですか? いきなり攻撃を受けて命の危機を感じた時に、本能的にそこから逃れようとする、そんな経験が」

「ない、といえば嘘になるな。僕も初陣では敵の攻撃に恐怖した。が、我々には逃げるという選択肢がなかった。ただ、それだけだ」

「で、ですが、謎の爆発があったというのは本当です。逃げたはずの私の前に、急に巨大な光の玉が現れたのです。てっきり、敵の対空砲火が目の前で炸裂したのだと思ったのです。慌てて減速したのですが、気づけば私はこの駆逐艦の甲板の上にいて、青空と雲、そしてたくさんの飛行機を見たのです」

「つまり、その爆発の光が、貴様をここに呼び寄せた、と?」

「はい。それが何なのかは説明できませんが、結果だけを申し上げればそういうことになります」


 これに関しては、嘘は言っていないように聞こえる。多少、不自然な気もするが、宇宙での戦闘だ、それ以上のことは僕に分かるはずもない。むしろ軍令部で語った言葉より、出会った直後に聞いた話の方が真実に近かった、ということが分かった。もっとも、逃げ出した結果だとは言っていなかったが。


「そういえば、貴様はとっさに僕と艦長に、攻撃命令を要求してきたな。あれには、どういう意図があったのだ?」

「あの時、咄嗟に感じたのは、このままでは私が乗り込んだこの船が攻撃され、沈められてしまうということでした。となれば、私自身が助かるためには、この船の指揮下に入るほかないと、そう考えての発言だったのです」

「つまり、自身が助かるために、やむを得なくそう言ったと?」

「は、はい、そういうことになります」


 別に責めているわけではない。いくら屈強な軍人でも、いきなり違う世界の戦場に放り込まれて、しかも生命の危機にさらされたならば、生き残るために限られた選択をせざるを得なくなるだろう。それは、当然のことだ。

 が、僕は彼女のこの発言を聞いて、一つの確信を得た。

 こいつは、状況判断をする能力が高い。この艦と、上空の戦闘機群をみただけで、自身が危機にさらされていると一瞬で理解したことになる。

 僕が同じ立場ならば、これほど早く頭を切り替えることはできなかっただろう。


「貴様から聞くべきことは、すべて聞き終えた。これ以降、作戦の完遂に向けて努力してほしい。これは『そよかぜ』副長としての貴官への訓令である」

「は、はぁ……もうよろしいので?」

「矛盾点は解消された。それに、これ以上聞いたところで、貴様も分からぬことばかりであろう」

「はい、その通りです、大尉殿」

「ならば、あとは作戦成功に尽力することに力を注ぐのみだ」

「はっ!」


 起立、敬礼するヘレーネ少尉に、僕は返礼で応える。そして鍵を開けて、甲板へと出た。

 そして、翌日の夕方のこと。

 本土を出たばかりだ。輸送船団と合流するまでに、おそらく三日はかかる。それまでは、敵の接近がないかを確認するばかりだ。

 そのために僕は人型重機に乗り込んで、ヘレーネ少尉と索敵を行う。


「お、おい」

「なんでしょう?」

「今の高度はいくつだ?」

「二万七千メートルです、大尉殿」


 遠くを索敵するため、できるだけ上空に上がり電探の索敵範囲を広げよとは言った。が、その高度が予想外に高い。

 二万メートル越えなど、さすがのスラブ大帝国の航空機でも達したことのない高度ではないのか? まだ昼間のはずの空が、異様に暗い。この想像を絶する高さから、遠くまで索敵を行う。


「大尉の言う場所に、船団らしきものはまだ確認できませんね」


 しかしだ、これほどの高度にいながら、二千キロ先にいるはずの輸送船団を捉えられない。さらにその周囲に船団がいないかを調べる。


「なにやら、航路上の近くに四十ほどの船団が見えますね」


 そう言いながら少尉が指差すその集団に、僕は凝視する。

 見た瞬間、それは輸送船団でないことは分かった。円形陣を組み、中央に八隻の大型艦の艦影。後方にはおそらく上陸用舟艇を乗せていると思われる強襲母艦が数隻。その周辺は、防空陣、対潜水艦警戒のための駆逐艦二十隻以上。どう見てもあれは、敵機動部隊だ。


「位置は?」

「ここから、およそ五百キロの地点です。もしかして、輸送船団が現れるのを待ち構えているんでしょうか?」

「いや、違うな。あれは我が皇国の島、神楽島(かぐらとう)攻略に向かっているのかもしれん」

「神楽島?」

「今、敵はここから約三千キロほど離れたダンガラ島の飛行場から皇国爆撃を行っている。が、敵の新型爆撃機であるポリカーレフ二十七の航続距離ギリギリな上、戦闘機を随伴できず、空母を皇国の近くまで寄せて護衛機を出しているほどだ。いくら数が減った我が皇国防空隊と言えども、待ち伏せを受ければ引き返さざるを得ないこともある。だからこそ、近くの爆撃拠点を求めているのだろう」

「ということは、あの島をとられてしまったら……」

「我が皇国への爆撃が、より激しくなる」


 ヘレーネ少尉には、我が国が度々、スラブ大帝国からの爆撃を受けていることを話している。敵は度々、高高度から軍事施設を狙い爆撃を繰り返している。都市部への爆撃も続き、民間人にも被害が出ている。それが激しくなると聞けば、なおさら我が皇国に多大な被害を受けることになることは十分に理解しているはずだ。


「それじゃあ、あの船団の大型艦を、沈めちゃいましょう」


 そんな突拍子もないことを言い出す少尉だが、僕はこう反論する。


「いや、我々の任務は輸送船団の護衛だ。残念だが、彼らには本土と神楽島守備隊に任せるしか……」

「ですが、あの船団は今、その輸送船団の航路近くにいるのですよ。このままだと、鉢合わせる可能性だってあるじゃないですか。攻撃する口実は、十分あると思います」


 意外にこいつ、機転が回るな。言われてみればその通りだ。あれを攻撃することは、輸送船団護衛任務に反しない、と言い切れないこともない。


「一応、艦長の指示を仰ぐため、発光信号を送りたい。高度を五百メートルまで下げて、風防を開けてくれないか」

「アイサーッ!」


 この奇妙な掛け声は何なのだろうか? 人型重機は一旦、高度五百まで下がる。さすがに二万メートルもの上空からでは光は届かないし、何よりも開けたらまずい気がする。高度が五百二まで下がったところで、風防ガラスが開かれた。僕は開いた風防ガラスから少し身を乗り出し、懐中電灯を取り出した。それを艦に向けて、通信符号を送る。

 光だから、傍受される恐れは低い。だから、平文のまま送信した。「輸送船航路上、敵機動部隊発見。位置、神楽島南、三百キロ。数、四十。攻撃命令を乞う」と。

 すると、向こうからもすぐに返信が来た。「攻撃を、許可する」と。

 おそらく艦長も、その敵機動部隊の向かう先は分かったうえで、こう回答してきたのだろう。が、あれの侵攻を見逃せば、神楽島守備隊三万が全滅するのは必須だ。

 ダンガラ島、ラヌン島攻防戦も、軍民合わせて十万もの死者が出た。敵機動部隊によって包囲されたその島々は、敵の二十万もの上陸を受けて全滅に追いやられた。その島の住人も、スラブ大帝国人からの凌辱を受けることを恐れ、崖から飛び降りたり家に火を放つなどしてそのほとんどが自決したと聞く。

 そして今、この二つの島は敵の我が国攻略のための重要拠点となっている。

 このままでは同様の悲劇が、神楽島でも起こるだろう。守備隊は三万、民間人は五千人。元々は漁業のための中継島だったが、この戦争で要塞化され、敵の侵攻を阻む重要拠点とされた。

 ここを失えば、皇都へ毎日のように爆撃が行われるようになるだろう。それは我々としても、避けねばならない。

 ということで、艦長も了承の上で「輸送船団への攻撃の恐れあり」という理由で、あの機動部隊を攻撃することとなった。なお、レールガン用の弾として、およそ五十発を装備している。鉄の塊ばかりではなく、遅延信管を備えた砲弾式もいくつかある。

 これだけの数があれば、あの機動部隊を全滅することだって可能だろう。


「よし、敵機動部隊へ向かう。全速前進!」

「アイサーッ! 全速前進!」


 全速とはいえ、高々時速百キロしか出せないこの武骨な兵器は、それでも敵機動部隊への接近を果たすべく前進する。距離はおよそ千キロ。十時間はかかる。かなりの負担だな。

 と思いきや、この機体には「自動操縦」なるものがあり、勝手に飛行してくれるのだという。さすがは、何でもありな兵器だな。


「ところで大尉殿」

「なんだ?」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「ああ、構わん」

「どうして私、『そよかぜ』に残ることができたんでしょうか?」

「なんだ、不服だったのか?」

「いえ、それどころか願ったりかなったりです。ですが、普通に考えて私は本土に残されるものと思ってました。が、そのままこの艦に残れと告げられた時には正直、信じられなくて……こう言っては失礼ですが、そよかぜは皇国の主力艦というわけではないのですよね。それなのに、どうしてあのような決定がなされたのでしょう?」

「そうだな、僕にとっても、想定外だった。が、後で聞いたのだが、あれは艦長の仕業だった」

「えっ、艦長の!?」

「戦況報告書の最後に、備考としてこう書き加えたらしい。『あの人型重機の操縦士と、我が『そよかぜ』副長との連携によって、敵艦隊からの追撃を免れたばかりか、大型艦を撃沈するに至った。この両者の連携と、あの未知の兵器の機動的運用を考慮するならば、海軍一の速力を誇る『そよかぜ』への残置が望ましい、と」

「ああ、それで私、『そよかぜ』に残れたんですね」

「おかげで、貴様をまたこの狭い艦に乗せることになってしまった」

「いえ、願ったり叶ったりですから。なによりも『そよかぜ』の方々には懇意にしていただいてますし、私も他の艦に乗れと言われたら、戸惑ったでしょうね。それに……」

「なんだ」

「軍令部で、ある将官が私に追求したとき、海野大尉は私を守ってくださいました」

「それは当然だろう。僕は事実しか述べていない」

「ですが、軍中枢部の偉い人たちばかりの中で、あれほどの堂々と、しかも理路整然とした発言。簡単なことではありませんよ。私、尊敬してます」


 そうかぁ? 僕はそれほどすごいことをしたというのか。僕からすれば、絶望的な状況で戦った事実を知らず、作戦を中止し引き返してきた者たちをねぎらうわけでもなく、功労者である彼女をただ異国人風だという理由で叩く姿に憤りを感じたゆえの発言だった。しかし冷静に考えれば、本来僕のような階級の者が意見を述べられる場ではなかった。彼女の言う通り、一つ間違えれば副長の座を失っていたかもしれない、そんな雰囲気での発言だった。無謀といえば無謀だ。

 まあ、それでも、死んだ者たちの無念さと比べたら、たいしたことではないが。


「戦いは、厳しさを増している。戦場を目の当たりにしない将官相手に、事実を申し上げることに僕はためらいはない。ましてや貴様は功労者だ。それを僕はただ、伝えたに過ぎない」


 なんだか彼女から猛烈な圧を感じるが、僕は毅然とした態度でこう答えるのみだった。にしても、なぜそんなに輝いた目で僕を見つめてくる?


「て、敵機動部隊までの距離はどうか?」


 あまりに見つめられるので、僕はなんだか少し恥ずかしくなってきた。軍帽を整えつつ、ヘレーネ少尉にこう尋ねる。


「大型艦までは、あと四百キロと言ったところでしょうか」

「そうか、遠いな」

「ですが、この距離ならば、当てられますよ」

「は? 距離は四百キロだぞ」

「多分、大丈夫です。しばしお待ちください」


 そう言いながら、何かを計算し始める。


「高度一千メートルから、射角三.七度で撃ち出せば、ちょうど四百一キロ離れた大型艦の一つに当てることができます。弾着時間は、六十七秒後」

「計算上はそうかもしれんが、敵の姿を捉えずに当てられるのか?」

「この距離ならば、どうにか捉えられるかもしれません」


 そういって、望遠の映像が映し出される。そこに現れたのは、ややぼんやりとした空母の姿だった。


「戦艦を狙い撃つのは不可能だが、空母ならば確かに撃沈は可能かもしれないな。甲板には多数の機体が見える。おそらくは、爆装した爆撃隊が発進準備を整えている頃だろう」

「ということは、甲板上のどこかに当たれば」

「次々に誘爆し、空母を一つ、葬ることができる、ということだ」


 ただし、その代償が二千名ほどの乗員の命の大半だということも、前回の戦いでヘレーネ少尉は承知している。が、ここで躊躇うわけにはいかない。


「映像から算出される空気密度、風速による補正、および艦の移動速度を自動予測、攻撃準備、よし!」


 しかし、そんな心配は無用だった。すでに覚悟を決めて出撃している以上、彼女に躊躇いはない。


「弾なら十分にある。一か八か、敵空母を狙い撃つのもありだな。目標、グローム級大型空母、攻撃始め!」

「照準よし、弾道補正よし、攻撃始め!」


 彼女の号令と共に、左腕から火花を散らしながら、鉄の弾丸が弾き飛ばされていった。あっという間に視界から消え、目視では全く捉えられないほど先の目標に向かって飛んでいった。


「弾着、五十秒前! 四十九、四十八……」


 弾着予想時刻を読み上げるヘレーネ少尉だが、その標的の空母では動きがあった。

 プロペラが回り始めたのだ。つまり、やつらはこれから神楽島を目指して発艦するつもりのようだ。

 ぼやけて見えにくいが、徐々に列を並べ、正に発艦準備を整えつつある。あれを見逃せば、神楽島で多くの犠牲者が出ることは必然だ。


「……五、四、三、二、一、今!」


 ところがだ、そんな四百キロ以上離れた敵空母に、まさにこの機体が放った弾が着弾した。

 ちょうど、甲板後方に控える爆撃機を貫いたようだ。一機が猛烈な勢いで甲板上で粉々に砕け散る。その攻撃機の乗員は、自分に何が起こったのか分からぬままこの世を去ったのだろう。

 が、それでは終わらない。その一機が猛烈な爆発を起こし、その爆発が、隣にいた攻撃機の抱えている爆弾を誘爆する。

 連鎖的に、甲板上の攻撃機が次々と爆発し始めた。一気に甲板上は火の海に変わり、ほぼすべての機体が吹き飛ばされていく。

 人の姿は、残念ながら捉えられない。そこまで鮮明ではないが、しかし間違いなく甲板上は地獄と化していることだろう。逃げ惑う兵員と、搭載を終えていない爆弾への引火によるさらなる誘爆が起きている。その映像からは、想像がつく。


「やった、命中です! もう一撃加えますか!?」

「いや、今のところ、甲板上で誘爆を繰り返しているだけに過ぎないが、それが艦内まで広がれば、もしかすると……」


 そんなことを話しているうちに、正にそれは起きてしまった。いきなり、エレベーター付近で大きな爆発が起きる。

 おそらくは、燃料に引火し、それが格納庫内にまで広がり、弾薬庫に届いたのかもしれない。想像以上に、強烈な爆発が起きたのはそのためだろう。

 島の攻略となれば、相当な弾薬が必要だ。いつも以上に搭載されていたその弾薬が、かえってあのグローム級空母の寿命を縮める結果となった。皮肉なものだ。


「空母の撃沈を確認。レーダーサイトからも、消失しました。大尉殿、次の攻撃目標は?」


 おっと、見とれている場合ではなかった。敵は一隻ではない。映像をその空母から、その隣の艦へと移す。

 そこにいたのも、同じくグローム級空母だ。こちらも発艦準備を整えつつある。狙うならば、今しかない。


「目標、右隣りの空母、攻撃始め!」

「はっ、弾道計算補正、発射準備よし、攻撃始め!」


 この調子ならば、もう一隻くらい沈められるのでは? そう願いつつ、弾を放つ。が、さすがに二発目は外す。


「弾着が、ずれた模様です。もう一度、撃ちます」

「いや、もう少し接近してからの方がいいだろう。いたずらに無駄弾を撃つことになっては、少ない弾数しか持たない現状では弾切れを起こしてしまう」

「はっ、では、接近を続けます」


 そう言いつつ、接近を続けるこの機体だが、先ほどの空母は発進準備を整えつつあった。ということは、だ。やつらは神楽島へ攻撃隊を向けるつもりであることは容易に想像がつく。

 そうなれば、神楽島が危うい。


「進路を、やや左に向ける」


 僕のこの命令に、ヘレーネ少尉は首をかしげる。


「えっ、艦隊へ向かうんじゃないんですか?」

「まもなく、攻撃機が上がる。となれば、やつらは神楽島を目指すはずだ。それを阻止しなくては、いくら艦を沈めたところで神楽島は無事では済まない」


 本来は輸送船団護衛が任務であるにもかかわらず、僕は攻撃隊の侵攻阻止を命じた。もっとも、輸送船団の防衛のためにも、敵攻撃機を叩くのは悪いことではない。


「つまり、その神楽島というところの手前で待ち伏せて、攻撃隊を撃て、とおっしゃるんですか?」

「そういうことだ」

「了解です。では、進路を東側に向けます」


 電探には、大きな島影が映っている。そこに向けて、早速何機かの機体が飛来していくのが見えた。

 数は、およそ二十機ほど。いやに少ない。正規空母からの発進ではないな。多分、最初の攻撃によって正規空母をいきなりやられたため、少数の攻撃でまず様子見をするつもりのようだ。

 しかし、だ。よく考えてみれば、こいつは高々、時速百キロ程度しか出せない機体だ。巡航速度で進む攻撃機よりも遅い。はたして、やれるのか?

 が、二十キロ程度まで接近できれば、ほぼ確実に当てられる。敵はせいぜい二十数機、弾はあと四十八発ある。この攻撃隊を全滅できれば、敵は攻撃に対して慎重にならざるを得ない。

 そんな攻撃機隊が、距離二十キロにまで迫ってきた。


「後方にいる攻撃機を中心に狙う。攻撃始め!」

「はっ、目標多数、ロックオン、攻撃始め!」


 左腕から、いつものように火花を散らしながらレールガンが弾を放つ。数秒後にはそれが命中し、煙を上げて落ちていく。

 続けざまに六発ほど発射した。この人型重機の正確な射撃で、次々と攻撃機と思われる機体が落ちていく。戦闘機だけならば、ほとんど脅威にはならない。さらにこれで敵の行動に慎重さを与えることができる。

 だが、敵攻撃機ばかりを狙っていたら、思わぬものが現れた。

 上空、太陽の真横に、影が見える。それが敵の戦闘機、ヤストレブだと瞬時に悟る。


「上空より敵機だ! 避けろ!」


 が、敵はバリバリと機銃を放ってきた。しまった、やられる。そう思ったその瞬間だ。

 僕はこの人型重機の持つ能力、いや、それ以上にこのヘレーネ少尉のもう一つの人格を、知ることとなる。

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