#5 軍令部
あれから、運のいいことに敵の追撃はなかった。偵察機も現れない。
一方で、レールガン用の弾は五十発ほど用意された。技術科の連中が敵の大型艦すらも沈めると知って、やる気満々で鉄くずを集めて作り上げたようだ。
「うわぁ、陸地が見えますよ!」
そんな中、人型重機上に乗り込むヘレーネ少尉はといえば、風防を開けたままの重機の中から外を眺めていた。うっすらと、靄の向こうに陸地が見えてきた。
あれは皇都にほど近い都市「山吹市」だろう。あれを越えれば、皇都「桜京都」へとたどり着く。
皇都にほど近い機功港へ、我が艦隊は寄港する。大破しつつもどうにかここまでたどり着いた巡洋艦「じんつう」、そして三隻の駆逐艦「そよかぜ」「あさしお」「まいかぜ」のみがこの皇都近くの港にたどり着いた。
戦艦が二隻、旧式艦が五隻、そして巡洋艦が三隻、停泊している。いずれも皇都防衛のために残された艦であるが、肝心の空母はすでに失われている。今は、本土防空隊に頼るしかない。
さて、帰ってきたのはいいが、今回の戦闘をどう報告する?
奇天烈な兵器がいきなり現れて、迫りくる第三陣の七十機を瞬く間に堕とし、帰り際に戦艦一隻と空母二隻を沈めた、などと報告しても、信じてもらえるだろうか?
それ以前に、ヘレーネ少尉の外観だ。どうみても異国人であり、奇異な目で見られるのは確実だろう。
そして、彼女と人型重機のことを軍令部に報告すれば、彼らはどうするだろうか。
彼女は監禁され、拷問を受けるかもしれない。あの人型重機は解体されて調べられ、その技術を奪い取ろうと考えるかもしれない。
が、あれが我が皇国の技術でどうにかできるものでないことは、僕が一番わかっている。間違いなくあれははるかに進んだ別の世界からやってきた、我々ではどうにも真似のできない機械であることは明白だ。
本土防衛を第一に考えるならば、彼女と人型重機を決戦兵器として温存すべきだろう。
しかし、軍令部相手にそんな主張が通るだろうか?
港に近づくにつれて、その不安は増していく。
「入港する。両舷停止、取舵三度!」
「両舷ていーし、とーりかーじ!」
いよいよ、港に入る。桟橋には大勢の軍人が集まっていた。お目当てはもちろん、あの奇妙奇天烈な機械だ。
事前に人型重機については、軍令部へ打電している。敵航空隊を全滅したことと偵察機の撃墜、および大型艦三隻を見事に撃沈させたことも、合わせて暗号電文にて伝えてある。
ただし、敵に察知されるのを恐れ、それらをこなした兵器についてはぼかしておいた。
となれば当然、軍人らが集まってくるのは当然だろう。しかし僕は敢えて、人型重機を後部甲板に着座させたままとした。立ち上がって動く姿を見せれば、あらぬ噂が広がる可能性がある。
そこで、軍令部への報告が済むまでは、人型重機は停止状態とすることとした。
「うーん、いまいちですねぇ」
さて、問題はその操縦士であるヘレーネ少尉だ。まさか、操縦服のまま下すわけにはいかないと、軍服を用意した。取り急ぎ、僕が少尉時代に付けていた飾緒と、替えの軍服を用意して着させた。
「ちょっと胸の辺りが苦しいですねぇ」
などという少尉だが、仕方ないだろう。男用の軍服しか存在しないのだから。背は低いが、胸が大きめなこの操縦士にとっては、胸の部分だけが問題らしい。
「描下ろせ―っ!」
その軍人らが集まる桟橋に横付けした我がそよかぜの錨が下される。今回の出撃でも、傷らしい傷はほとんど負っていない。まさしく「幸運艦」らしい帰還だ。
他の三隻も順次、入港する。もっとも、巡洋艦「じんらい」は損傷が激しく、修理のためドック入りが決定している。他の二隻の駆逐艦も機関砲座などがやられており、対空戦闘を継続するにはあまりにも不甲斐ない姿だ。こちらも至急修理が実施されることになっている。
そこへ行くと我が艦には、あの「英雄」ともいうべき武器が載せられている。が、艦長命令で、この人型重機への接触は制限される。当然だが、むやみに触られて壊されても困る。ゆえに見張り兵をつけて、監視することとなった。
「酷い戦いだったそうだが、よく無事に帰って来た」
そう言いつつ出迎える御仁が現れる。僕は即座に敬礼すると、ヘレーネ少尉もその後ろで慌てて敬礼をする。
「ただいま帰投いたしました、成島大佐」
「うむ、ご苦労だった。で、これがその『英雄』というわけか」
「はっ、打電した通りです。突如、我が艦の甲板上に現れて、迫る第三波攻撃隊を全滅させました」
「それに加えて、戦艦一隻と空母二隻、それに遠距離から偵察機も落としたと聞いたが」
「後ほど、戦況報告にて」
「うむ、分かった」
成島大佐は、軍令部情報局長を務める、いわば海軍の情報を一手に引き受ける人物だ。ただ、暗号電文は敵に解読されている恐れがあるため、最低限の情報しか送っていない。
曰く、「化け物」が、敵戦艦や空母、航空機隊を亡き者にした、と。
「化け物というには、随分とまともそうな機械じゃないか」
座り込んだ風防ガラス付きのその人型重機をみて、成島大佐はそう僕に告げる。
「正式には『人型重機』と呼ぶそうです」
「ほう。だがなぜ、その呼称通り打電しなかったのだ?」
「敵に、航空機のようなもので攻撃されたと悟られたくなかったからです。化け物と表現すれば、航空機か戦闘艦か、区別できないと考えたからです」
「おかげで、この通り軍令部の者らが集まってしまったではないか。まあいい、で、その横にいるお嬢さんというのが、この人型重機とやらの操縦士ということか」
「はっ、ヘレーネ少尉と申す者です、大佐」
「はい、私は地球八三九、遠征艦隊、第二強襲戦隊所属の人型重機パイロット、カミラ・ヘレーネ少尉と申します!」
「うむ、見た目は確かに異国人ではあるが、言葉は我々皇国語に堪能であるな」
「私が話す言葉は、この宇宙では『統一語』と呼ばれる言葉でございます。どの星にも必ず、この言葉を話す人々が存在します。それゆえに『統一語』と呼ばれております」
「統一語、つまり宇宙の共通語だと。にしても、やはり変わったことを言う者だな」
こんな突拍子もないことを言われれば、誰だって同じことを言うだろう。宇宙だのアースだのと、さっきから聞いたこともない言葉を乱発している。いずれにせよ、我々の世界とは異なるところから来た者だと、このお方はすぐに理解されたようだ。
「さて、その人型重機とやらを動かしてほしい……といいたいところだが、人が多すぎては都合が悪いな」
「おっしゃる通りです。このため、見張り兵をつけて近づけないようにしております」
「正しい配慮だな。ともかく、まずは生き残り兵の収容、そして戦況報告だ」
「はっ!」
こうして僕は艦長とヘレーネ少尉と共に、軍令部へと向かう。無論、間に合わせで僕の軍服を着せたこの異国人風の士官は、ここに並み居る将官らの奇異な目にさらされる。
「……以上が作戦の詳細であり、我が艦隊十五隻中、帰投できたのはわずか四隻。我が艦が救い出せたのは、そのうちの五百余名であります」
「戦況については、承知した。で、問題はその電文にあった『化け物』というのは、まさに今の報告通りに現れ、敵を殲滅したというのか?」
「その通りです、閣下」
桑原大将閣下。軍令部の最高責任者であり、海軍大臣をも上回る、実質的に海軍の最高位のお方だ。
それほどの人物に、大尉ごときの僕が戦況報告を行う羽目になった。巡洋艦「じんらい」の艦長は攻撃機による爆撃で死亡しており、他の駆逐艦の艦長、副長も軽傷ながらも怪我をしている状態だ。
唯一、報告に耐えうる状態にあるのが、駆逐艦そよかぜの艦長と副長のみという、まさに我が皇国艦隊の惨状ぶりを示していた。
で、この部屋にはおよそ二十人の将官がいる。佐官も十数人。こう言っては何だが、我が艦隊に水上特攻作戦を命じておいて、安全な場所にいた連中ばかりが、雁首揃えて上から見下ろすように我々を眺めている。
あの死線を潜り抜けた経験もなく、何を偉そうにこちらを見ているのかと、僕は内心そう感じるが、まさかそれを顔に出すわけにはいかない。
「さて、ヘレーネ少尉とか言ったな」
「は、はい!」
「貴官は我が和ノ国皇国でも、スラブ大帝国のいずれでもないと、それどころか、この世界の者ですらないと聞いているが、それは本当か?」
「小官は、地球八三九遠征艦隊、強襲戦隊所属の人型重機パイロットであります。元々は宇宙での作戦にて連盟艦隊後方より攻撃を仕掛けたところ、謎の爆発に巻き込まれて、気づけばそよかぜの甲板に降り立っておりました」
「言っていることが、まるで分らぬ。なんだその、宇宙の作戦というのは。連盟艦隊とは何だ?」
「う、宇宙には、宇宙統一連合、通称『連合』と呼ばれる勢力と、銀河解放連盟、通称『連盟』と呼ばれる勢力がありまして、私が所属する地球八三九はその連合側に所属する星であるがゆえに、連盟艦隊と交戦を……」
「そんな荒唐無稽な話が信じられんと言っておるのだ! 実際にはスラブ大帝国の手の者ではないのかと聞いている!」
「い、いえ、そのようなことはありません! そんな名前の国、私は知りませんでしたし!」
とある将官が、ヘレーネ少尉を追い詰め始めた。身なりが異国人、それもスラブ大帝国人そっくりな外観ゆえに、そう疑うのも仕方あるまい。
が、僕は反論する。
「小官より補足いたします。かの者はその人型重機を操縦し、実際にスラブ大帝国の航空機隊撃滅と大型戦闘艦三隻を撃沈しております。もしスラブ大帝国の者であったならば、そのようなことは決してしないでしょう」
それを聞いたその将官は、やや悔しげな顔をしつつも反論できず、その場に座り込む。それを見た桑原大将閣下は、こう告げる。
「海野大尉の言う通りだな、もしもこの士官がスラブ大帝国の者であれば、味方の、それも戦艦と空母を狙い撃つようなことをするまい。それにだ、その人型重機がこの戦況報告書に書かれた通りのものとすれば、いくら物量と技術に勝るスラブ大帝国と言えども、到底作り出すことは不可能だろうな」
その報告書には、真水を燃料とし、ビーム砲とレールガンという二種類の兵器を使い分ける兵器と、人型重機について記載してある。そんな物体が、飛行甲板すらない我が駆逐艦より飛び立ち、時速百キロで飛ぶ。夜間でも敵艦を正確に見通す映像技術を持ち、しかも数十キロ先にある目標を正確に狙い撃ちできる。高精度の電探を持ちながらも、敵の電探には引っかからない。そんな技術をもしもスラブ大帝国が持っていたとするならば、我が軍はとっくに壊滅しているはずだ。
スラブ大帝国の大型艦をもはるかに凌駕するこの航空機ほどの小さな機体の緒言に、軍令部一同は疑いの目をもって見ている。が、現実として四隻が帰投できたのは、まさしくあの機体のおかげである。その信じがたい戦果を挙げたからこそだ。
「実は軍令部にも、敵機動部隊の中央にいた敵戦艦一隻と空母二隻が、未知の艦艇による夜間攻撃で失われたという情報が入っている」
突然、桑原大将がそんなことを口にした。
「大将閣下、それはまだ軍機であり、尉官に話すようなことでは……」
「いや、坂田中将、それを実際にやってのけた人物を前に話すことはなんら問題ではないだろう。現に彼らの報告と、その別情報とがこれほどまでに一致したのだ。てっきり、我が軍を油断させるための偽情報かと思っていたが、本当の話であったことはたった今、はっきりした」
どうやら軍令部では、敵の被害情報を別の情報源から察知していたようだ。その結果、敵に動揺が走っているという話まででてきた。
「敵は我が海軍の艦艇、少なくとも巡洋艦以上の艦による仕業とみているようだが、いくらなんでも巡洋艦で、夜戦において敵の大型艦をたった五発で三隻も沈めるという能力はない。しかし、なぜ空からの攻撃を、軍艦からの攻撃だと誤認識したのか?」
「はっ、おそらくは放った弾が三十センチ四方の弾であったこと、それを遠方から放っていることから、彼らはそれを艦艇からの攻撃だと認識したのでしょう」
「で、あろうな。同じことをやられたなら、我々とてそう考える」
そういいながら、再び戦況報告書に目を通す大将閣下が、再び尋ねる。
「このビーム砲という兵器には、弾数に制限があるようだな」
「はっ、通常の機銃程度の威力ならば六十発、出力を上げて数十機を一度に落とす場合ならば三発が限度だと」
「だが、このレールガンという兵器は、鉄の塊さえあれば何発でも撃てると?」
「実際に、敵の大型艦を沈めたのは、回収した『ほうらい』の残骸の一部を使って作りだした弾によるものです。音速の五倍の速さで飛翔し、敵戦艦の分厚い装甲ですらも撃ち抜いて、弾薬庫に直撃させることができました」
「そうだな。そうでなければ戦闘艦が、穴を開けた程度で沈むはずはないからな。にしても、どうして弾薬庫の位置が分かったのだ?」
「それは、小官の推測です。たいていの空母であれば、真ん中付近に弾薬庫を設けていると。それに戦艦もその構造上、主砲の真下に火薬庫があるはずです」
「つまり、海野大尉とヘレーネ少尉の二人によって、あの戦果がなされたと、そう言いたいのだな?」
「はい、結果的には、そうです」
起きたままを話した。嘘など、一つもない。ともかく、一通り報告を聞いた桑原大将は、我々にこう告げた。
「では、そのレールガンとやらの威力を見せてほしい。それを見れば、嫌でもここにいる者たちは納得するであろう」
「はっ、承知いたしました」
やはり、そう来たか。まあ、予想通りである。弾数に限りのあるビーム砲はいざという時にとっておきたいが、レールガンならば我々で作り出せる弾だけで相当な威力を発揮する。それを見たいというのは当然だろう。
で、それから一時間後には、早速その試射が行われることとなった。
「それでは、発進します」
「ああ、行ってくれ。手筈通り、所定の場所に降り立ち次第、標的船を撃つ」
「アイサーッ!」
甲板に座り込んでいた人型重機が、金属音をだしながら立ち上がる。こんな大きな機械が、まるで人のように立ち上がって動き出す。これだけでも、見物人を驚かせるのには十分すぎる。
が、それで終わらない。次の瞬間、彼らは見たこともない現象を目にすることとなった。
「人型重機三番機、上昇します!」
そう、こんな重たい物体が、空に向かってゆっくりと浮かび始めたのだ。左腕には、一発だけ鉄の塊をつけた機体が、まるでてんとう虫が舞い上がるがごとく浮かび上がって、ゆっくりと空を移動し始める。
風防ガラス越しに、愕然とする将官らの姿が見える。それはそうだろう。こんな非常識な飛行をする機械は、未だかつて誰も目にしたことがない。その将官らの前方百メートルほど、上空三十メートルから、およそ五キロ離れた小型の船舶を狙う。
「標的船は、廃棄寸前のあの漁船だ。距離五キロ、大きさは十三メートル、狙えるか?」
「この距離ならば、楽勝ですね」
「そうだな、では一度、風防ガラスを開けてくれ」
その場で僕は、この風防を開けさせる。そこで赤い旗を掲げる。攻撃準備よしの合図だ。
すると陸地から、発光信号が送られてきた。僕はそれを読み取る。
「こ・う・げ・き・を・き・よ・か・す・る。大将閣下より、攻撃許可が下りたぞ」
「はっ、ではこれより、攻撃を開始します」
「よし、攻撃始め!」
「攻撃準備よし、目標、標的用小型船舶! ロックオン、攻撃始め!」
そう言いながら、左腕のレールガンからは火花と共に、あの大きな鉄の塊が放たれる。それは五キロ先の標的目掛けて、ぶち当たる。
あっという間だ。それが着弾し、水柱が上がる。全長が十三メートルほどの漁船は、ものの見事に粉々に砕け散った。
さて、問題はその弾速だ。ほぼ攻撃と同時に水柱が上がった。レールガンの火花が発する音だけでなく、音速を越えた鉄の塊が放った空気を切る音が、まるで雷音のように響き渡る。
試射を終えて、そのまま将官らがいる軍令部前の桟橋に降り立つ。ふわっと降り立ったその奇妙な機械に、一同は驚きを隠せない。
「うむ、これならば、使い物にならない旧式艦を標的にすべきであったかな。漁船ではその威力、測り切れなんだな」
桑原大将閣下は、地上に降り立った僕らに向けてこう言い放った。今となっては大事な戦力である旧式艦を標的にせよとは、この大胆な発言に周りの将校らも肝を冷やしたに違いない。
しかし、だ。問題はこれからだ。
人型重機の持つ力を、見せつけてしまった。となれば、軍令部内でこの人型重機とヘレーネ少尉の扱いをどうするか、決定することとなる。
普通に考えれば、軍令部付の戦力として登録され、我が艦から離されることとなる。毎日のように敵の爆撃隊が襲来し、空襲にさらされている現状においては、防空任務に最適だからだ。
が、桑原大将は驚くべき決断をする。
「人型重機、ならびにヘレーネ少尉は、このまま駆逐艦『そよかぜ』の所属とする。その上で、我が軍令部の作戦行動に従うよう通達する」
まったく想定外のこの一言に、僕もヘレーネ少尉もしばし硬直してしまった。その後、二人そろってゆっくりと敬礼しつつ、僕が大将閣下に答える。
「はっ、では海野大尉、ヘレーネ少尉の両名は、『そよかぜ』にて待機いたします」