#3 撃墜
「これがレーダーサイトで、最大十万キロまでは捕捉可能です。ただ、地球上だと地面が丸いため、高いところからでないと捕捉できませんね」
驚いたことに、この人型重機という機械は二人乗りだった。だから、僕が後ろに乗りながらその機械のもつ驚くべき緒言を聞かされることとなる。
レーダーというのは、つまりは電探だ。それも、我が軍の持つそれよりもずっと正確なものだ。現に、周囲にいる駆逐艦二隻と巡洋艦「じんつう」の艦影を正確に捉えている。
「今のところ、上空には何もいないようですね……あ、いや、百五十キロ先に、機影があります」
わずかだが、光点が現れている。ここよりずっと離れた場所ではあるが、空高く飛んでいるおかげで捉えることができたようだ。
「攻撃しますか?」
「いや、なるべく攻撃は控えよう。無駄弾を使うわけにはいかない。接近し我が艦隊を捉えようとした時に、攻撃することとする」
「なるほど、そうですね。では、このままこちらに接近しないか、注視しておきます」
「頼む」
ぼくはこの人型重機という機械の後部座席から降りた。今、この人型重機は後部甲板に立ち、我々の後方より迫る敵の艦隊や偵察機を、その信じがたいほどの感度を持つ電探で監視してもらっている。
が、僕はその遥か優れた技術によってつくられたとされるその機械を見上げて、ふと疑問を感じている。
なぜ、この機械は我が艦の甲板に落ちてきたのか?
偶然、といえばその通りではあるのだが、何やら意図的なものを感じてならない。幅がわずか十メートルほどの甲板の上に、都合よく落ちてくるものだろうか?
この艦、駆逐艦「そよかぜ」は「幸運艦」だと言われている。この戦争での主要な作戦に五度も参加し、直撃弾が二発、魚雷一発を食らうも、いずれも不発に終わり、これまで損害は皆無だった。また、この艦で亡くなったものは九名。五名が事故死で、四名が敵の機銃掃射によるものだ。
無論、運だけの艦ではない。君島艦長をはじめとする歴代の艦長の優れた操艦指示、そしてまだ物資が豊かだったころに建造された艦ということもあり、頑丈で信頼性が高い。五万二千馬力を出すボイラー機関も、長時間の戦闘での全力運転にも耐えてきた。
が、あの人型の機械が現れるほどの幸運まで持ち得ているとは到底思えない。
偶然で片付ければ済む話だが、偶然にしては出来過ぎている。
「ふくちょーう、大変でーす!」
と、考えにふけっていた僕に、あの女操縦士が風防ガラスを開けたたまま、気の抜けたような声で真上から叫ぶ。
「どうした!?」
「さっきの機影が、まっすぐこちらに接近しつつありまーす! 距離、およそ六十キロ!」
「速力は!?」
「およそ二百四十! あと十分で、追いつかれまーす!」
なんだと? いつの間にそんなに接近していたんだ。
「このままでは、我が艦隊が発見されてしまう。伝令兵、艦長に伝達! 対空戦闘、用意!」
「はっ、対空戦闘用意と、艦長に伝令致します!」
「ちょっと待ってくださーい、この距離なら、レールガンで落とせますよぉ!」
戦闘準備にかかろうかというその時、ヘレーネ少尉が撃墜してみせると言い出した。
いやまて、あれは戦闘艦で言うところの主砲のような兵器だろう。航空機を落とせるなんて、とても思えないのだが。
「おい、レールガンというやつは何発撃てる!?」
「弾があれば、その数だけ撃てます」
「いや、弾と言ってもだな、さっき依頼したばかりで……」
「おーい、嬢ちゃんよ、一発だけならたった今、できたぞ!」
そんなヘレーネ少尉と僕との会話の間に、技術科の科長がやってきてこう叫んだ。
「了解でーす、じゃあその一発、下さーい!」
「おい待て、一発で仕留めるというのか!?」
「できますよ、当ててみせまーす!」
「おうっ、頼もしいじゃねえか、嬢ちゃん! そんじゃ持ってくらあ!」
「おい、科長、待て!」
えっ、たった一発しかない弾で、しかも六十キロも離れた敵を撃つというのか? そんなこと可能なのか。
大急ぎで、三十センチ角の鉄の塊が運ばれてきた。それをあの人型重機が右手で受け取り、左腕の真四角な簡易な砲身に差し込む。
「おおっ、ぴったりですねぇ! さすがは技術屋さんです。では副長、攻撃命令を」
なんと、僕に攻撃命令を求めてきた。やむを得ない。艦橋まで行く時間がない以上、副長権限で攻撃命令を出すしかないな。
「対空戦闘、許可する! 攻撃始め!」
するとヘレーネ少尉は軽く敬礼すると、風防ガラスを閉じて、その機械の左腕を空へとむけた。
『距離五十三、初速六千メートル毎秒、目標の進路より弾着位置予測、完了! ロックオン、攻撃始め!』
と、その直後だ。猛烈な火花と共に、まるで空気を切り裂くようなザザーッとした音を発しながら、鉄の塊が飛翔していく。
一瞬だった。ほんの一瞬で、あの重い鉄の弾が吹き飛ばされていった。ヘレーネ少尉の声が続く。
『だんちゃーく、今! 敵機に命中!』
わずか10秒足らずで、命中したらしい。僕はその方角を双眼鏡で見る。
晴れた空だが、何も見えないな……と思いきや、遠くの方で炎を上げながら落ちていく何かを見つける。
「何事か! 今、ものすごい発射音がしたが!」
先ほどのレールガンの発射音を聞いて、艦長が走ってきた。僕は敬礼し、こう報告する。
「敵偵察機らしき機体が、距離五十キロほどまで接近しておりました。このため、副長権限で対空戦闘を指示いたしました」
「例の、あのビーム砲とかいう青い光を使ったのか?」
「いえ、戦艦『ほうらい』の残骸を削って作った鉄の塊を弾丸として飛ばす、レールガンにて攻撃いたしました」
「なんだと? で、どうなった」
「撃墜確実かと思われます、あそこを」
僕が指差す方角を、艦長は双眼鏡で見る。すでに炎は消えていたが、墜落時の煙がまだ残っていた。
「……そうか。偵察機を落とした、ということか」
「はい、あと数分でここに到達するところでした。このため、艦長の命令を仰ぐ間もなく攻撃命令を出した次第です」
「ならばやむを得んな。が、撃墜できて幸いだった。しかし……」
偵察機に見つかれば、敵からの激しい攻撃を受けることになる。それを避けられたのだから、諸手を挙げて喜ぶべきところだ。が、艦長はなぜか逆接の接続詞をつける。
「いくら幸運艦とはいえ、これほどの運が舞い込むものなのか?」
僕と似た違和感を、艦長も感じているようだ。だが、僕はこう答えた。
「なにやら不可思議なものを感じずにはいられませんが、ともかく今は、我が皇国海軍の壊滅を免れることができたのです。この先に何かが起きるかもしれませんが、ともかく今はこの幸運を、受け入れるのみです」
僕自身も何か不可解なものを感じてることを、艦長も悟ったのだろう。艦長は人型重機を見上げつつ、こう答える。
「そうだな。なんにせよ、皇軍艦隊が壊滅とならなかったことは幸いだ。何かが起きたならば、その時考えればいい。考えるだけの時間が、我々には与えられたのだから」
そう告げる艦長に、僕は敬礼する。一方のヘレーネ少尉はといえば、風防ガラスを開けて、歓声を上げる兵士たちに手を振っている。彼らからすれば、まさしく命の恩人だ。女神にでも見えるのだろう。
ともかく、どうにか敵に発見されることなく生き延びることができた。今の僕はただ、その幸運を受け入れるのみだ。
「うわぁ、なんだか豪華ですねぇ」
その夜、僕は士官用食堂でヘレーネ少尉と夕食を共にする。
まさか、荒くれた男どものいる烹炊所そばの食堂へ彼女を連れていくことはできない。ましてや、彼女は「少尉」である。
つまり、我々でいうところの士官と同じ扱いをせねばならない。
「軍大学?」
「はい、私は地球八三九という星の軍大学に通い、そのまま人型重機パイロットになりました」
「その、軍大学というのは、いわゆる士官を要請する学校ということか?」
「そうですね。でも、軍人というのは皆、危ない職業ということでなりたがらないので、それほど人気があるというわけではないんですよ」
「なんだ、徴兵されてしまえば、そんなこと言ってられないだろう」
「徴兵? いえ、今はそういう制度、うちにはないんですよ」
「徴兵制がないということは、志願兵のみで構成しているのか?」
「そうです。軍大学の他には砲撃、航空機、操艦教練所などがあって、それらを出た者は成績に応じて二等兵から兵長になり、その後は伍長、曹長へと出世できるようになってますね」
「ということは、貴様はつまり、我々で言うところの士官学校を出た、ということか」
「まあ、卒業すれば自動的に准尉になり、その後一、二年で少尉になれる、そういう学校には違いありませんね」
「なぜ貴様が、そんな学校へ行ったのだ?」
「まあ、なんというか、普通の大学に行けるだけのお金がなかったのと、私自身、元々軍大学に志願してたので」
「なるほど、志願兵だったということか」
「ええ、それどころか、食事も住まいもただで、少額ながら賃金ももらえたんですよ。私にとっては、お金をもらって学歴を身に付けられる、夢のようなところでした」
「随分と優遇されているな。それだけ軍人のなり手が少ないと、そういうことか」
「はい、これは教練所でも同じことで、やはり学費に困った人たちで、学びたいという人たちが進む学校といえばいいですかね。もっとも、その代わりに五年間は軍属であり続ける義務が生じます。軍役を拒めば、学費と生活費、賃金をすべて返済しなきゃならないくなるので、嫌でも軍人にならざるを得ないですね」
かなり優遇されているようにも聞こえるが、それだけ軍人のなり手が少ないらしい。我が皇国では、軍の士官学校といえば人気ある公国内でも花形の学校である。それだけ、競争率も高い。一方、こいつのいるところでは、わざわざ学費免除の代わりに軍役を課さなければ人が集まらないといっている。なんだ、この差は。
「ああ、でも私、これでも結構楽しんでたんですよ。人型重機のパイロットになるのだって、この手の機械が好きだったこともあってなったようなものですから」
「女が機械好きというのは、こちらではあまり聞かない話だな」
「そんなことないですよ。アニメでもかっこいいロボットが出てくる話がたくさんあって、私、そういうものにあこがれてたんです。だから真っ先に、人型重機パイロットに志願したんですよ」
士官だというのに、わざわざ操縦士を目指すとは……いや、こちらでも戦闘機乗りを目指す士官というのはいたな。その大半が撃墜、または負傷し、戦える者は限られていると聞くが。
「で、宇宙とやらに出ることになった、と」
「そうなんですよ」
「宇宙というところは、どういうところなんだ? 残念ながら、我々の知る限り、ここでは宇宙へ行ったという者はいないからな」
「真っ暗な空間ですよ。で、私が戦闘に赴いたのは、我が地球八三九から二百光年離れた中性子星域だったんです」
「に、二百光年? それはつまり、光の速さで二百年かかる距離のところ、ということか」
「はい、そうです」
「そんな遠くまで、どうやって行くんだ。まさか二百年かけていくのか?」
「まさか。ワームホール帯というのを使って遠くまで一気に跳躍するワープ航法という方法で、ものの数日でその星域に到達するんですよ」
こいつの話はどうにも飛躍が大きすぎてわからないことだらけだ。が、分かったことが一つある。こいつはとんでもない技術を持ったところから飛ばされてきたという事実だ。だからこそ、あれだけ正確な射撃が可能だったのだろう。
しかし、困ったことになった。
これはさっき、艦長にも言われたことではあるのだが、ヘレーネ少尉とあの人型重機については、軍令部へ報告することになる。
その場合、彼女は一体、どのような処遇を受けることとなるのか。これは僕にも艦長にも、まったく予想がつかない。
艦隊の壊滅を救った天佑神助の鬼神として厚遇されるか、あるいは得体の知れない宇宙人として軍法会議にかけられるか。
艦長との間では、この先の戦いで必要な人物だと報告するつもりではいる。が、軍上層部が果たして、そう捉えてくれるかどうか。
ましてや、このまま「そよかぜ」に乗艦させてくれるものかどうか。
外は、真っ暗闇だ。まだ月は出ていない。この食堂も灯火管制で、わずかな灯りしか使っていない。南洋の海の上に広がる星空が、唯一のこの海を照らす光である。
あの星のどれかから、ヘレーネ少尉は飛ばされてきたのだろう。が、それがどこだかもわからず、しかもそこへたどり着くための船も、この地球には存在しない。
たとえ優れた技術と物量を誇るスラブ大帝国であっても、そんなものを作り出すことはできないだろう。
そんなことを考えながら、ヘレーネ少尉にあれこれと質問しつつも夕食を続ける。が、そんな最中に、急報が入る。
『後部見張り員より伝令! 敵艦隊らしき艦影見ゆ!』
急に緊張が走る。僕は残りの食事をさっと平らげると、軍帽を被り慌てて甲板へと飛び出した。
「まさか、敵艦隊が追い付いたというのか!?」
「距離、およそ二十キロ。敵はおそらくまだ、こちらには気づいておりません」
僕は双眼鏡を片手に、見張り員の指す方角を見る。やつらめ、艦橋内を悠々と灯火管制もせずに照らしつつ、こちらに迫っているようだ。
艦影は二、三、いやもっといる。空母と思しき艦橋も見える。なんてことだ、もう追いついてきたのか。
こちらは大破した巡洋艦と同行しているため、速力十ノット程度しか出せない。が、あちらは高速艦ばかりを集めて追いかけてきたようで、速力はおそらく我々の倍以上と言ったところだろう。
しかし、偵察機もなしにどうして……いや、考えるまでもないな。我々が皇国へ向かうとしたら、海路は一つしかない。
この先にあるスンダ・ルマ海峡を通らなければ、我々は祖国へ到達できない。それが分かっているから、敢えて最短で追いかけてきた。
どうしたものか。このまま、夜戦に突入するしかないのか?
「あの、副長!」
ところがだ、そこにヘレーネ少尉が現れた。
「なんだ、今、貴様と話している場合ではない!」
「敵の艦隊が現れたって、さっき聞きました」
「その通りだ。だからこそ、我が艦はこれより臨戦態勢に移るところだ」
そんな僕に、ヘレーネ少尉がこんなことを言い出す。
「だったら、私の重機で、その船を沈めてやりますよ」
とんでもないことを言い出したぞ。あれで、船を沈める? そんなこと、できるのか? いや、できるかもしれない、この機械ならば。