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#20 告白

 この中には街があると、ヘレーネ少尉は言っていた。

 戦艦の中に、街? 想像もつかないことを言い出した少尉だが、そういうものは目にすると一気に理解が進む。

 到着したドックから、戦艦内に入る。そこで艦内を巡る鉄道に乗り、その「街」とやらに到着する。

 目の前には、大勢の人々、高いビルディング、その上には歩道が作られており、四重にも重ねられた街がそこにはあった。

 この街に、補給の間とどまることになっている。が、通常ならば10時間程度の滞在のところ、三日間いることになった。これは、僕にここでのことをよく見聞きしてもらうための配慮でもある。

 にしても、すでに皇都を越えるほどの建物が立ち並ぶ光景だけでも驚きだが、そこに存在する店に、僕は唖然とさせられる。

 ここは本当に、軍人のための街なのか?

 皇都にある百貨店ですらも、これほどの品ぞろえはないだろう。服や雑貨、飲食店に娯楽施設。実に様々な店が並び、様々な物や接客奉仕が行われている。


「この戦艦ゼーヴォルフには、たくさんの店が並んでるんですよ。というのも、全長五千メートルを超える船体には四十基ものドックがあって、補給中の駆逐艦や強襲艦乗員が常に四千人ほど、この街にいるんですよ。あ、それ以外に、ここには軍民合わせて二万人もの人々が在住してますが、その人たちはこのお店のあるビルの上側の居住区で暮らしているんです」


 口早に説明するヘレーネ少尉だが、とにかくとてつもなく凝縮された街だということが分かった。その二万人もの人々を、四百メートル四方、高さ百五十メートルのこの空間に押し込めているのだということも。

 そんな街の一角にある、とある喫茶店に僕とヘレーネ少尉はいた。


「ここ、私のお気に入りなんです。まさかもう一度、ここを訪れる日が来るとは思わなかったなぁ」


 店の前には少し開けた広場があり、そこに並べられた丸テーブルに覆いの傘が並んでいる。その下で、ヘレーネ少尉がお気に入りの喫茶店の飲食が振る舞われる。

 運ばれてきたのは、緑色の液体に、白いアイスのようなものが載せられた飲料だ。クリームソーダ―だという。僕は無難に、珈琲を頼んだ。

 そこに三角形に切られたアップルパイが二つ、運ばれてくる。それをフォークで切り取り、突いて口に運ぶヘレーネ少尉。


 「ん~っ、この味、たまりませんね!」


 戦場では人が変わったように暴れ回る操縦士とは思えないほどの笑顔を見せつつ、アップルパイを頬張る。そしてストローでクリームソーダ―を飲んでいる。

 で、僕はその前で珈琲を飲む。この宇宙でも、珈琲が飲めるとは思わなかった。我が皇国のものよりもずっと香りが深い。

 喧騒とした街ではあるが、ここはそばに緑の生い茂る公園が近いこともあって、静かな場所だ。

 これほどゆったりとした時間を過ごせたのは、実に何年ぶりだろうか。しかもここが宇宙という、無限に等しい空間の只中にある(ふね)の中だとは、とても信じられない。そんな場所で僕は、心に安らぎを感じている。妙な気分だ。

 が、その安らぎを、目の前のやつがぶっ壊しにかかる。


「ところで海野少佐、結婚はいつにします?」


 これを聞いた僕は、危うく珈琲を吹き出しそうになった。


「おい、いきなり結婚の話か」

「えっ、だってもう私と少佐はいろいろしてますし、何よりも私の別の顔を知った上で私を導いてくれてますし、もう運命共同体のような関係じゃないですか。となれば、もう結婚するのは当然だと思ってましたけど」

「だからといって、いきなり結婚になるか。普通はだな、その前に婚約というものがあって……」

「あれ、もしかして私、海野少佐に嫌われてましたか!?」


 涙目で僕を見るヘレーネ少尉。そんな顔をされたら、こう返すしかないじゃないか。


「そ、そんなことはない。好きだ、大好きだ」

「ああ、よかったぁ。単に身体が目当ての男だったというわけではないんですね」


 まあ、当初は身体、というより人型重機が目当てでヘレーネ少尉を懐柔したという事情はあることは否めない。が、今は違う。


「同じ死線を乗り越えてきた間柄だろう。それに僕にとってはだな、貴官……いや、カミラは、なくてはならない存在だ」

「あ、初めて名前で呼ばれた。うわぁ、これってもしかして、告白ってやつですかぁ?」


 結婚しようと言った相手に、今さら告白だと喜ばれるのもなんだか妙な感じだな。しかも、今は互いに軍服姿のままだ。この格好で告白って、雰囲気も何もあったもんじゃない。それに、すでに告白以上のことをしているじゃないか。


「と、ともかくだ。婚約となればまず、両親に報告しなくてはならない。それから、婚姻の日取りを決めねばな。婚儀は兄もそうだったが、我が海野家の大広間で親戚を集めて行うことになるだろう」

「わぁ、そういうしきたりなんですか。てっきり結婚式場とか予約したり、ドレス合わせやったりと、いろいろしなくてもいいんですね」


 式場というものなら、我々のところにもあることはある。が、我々の間ではたいていは嫁ぎ先の家で行うというのが通常の慣わしだ。そこで夫婦(めおと)の契り(さかづき)を交わし、親戚一同を集めて料理を振る舞う。僕は軍人だから軍礼服を着ることになるが、ヘレーネ少尉は……うーん、とても着物が似合うとは思えないな。かといって、軍人だからということで、こちらも軍礼服か? 奇妙な婚儀になりそうだな。


「そういえば一度、私の星にも足を運んでいただきたいです」

地球(アース)八三九か。でも、なぜ?」

「私があなたのご両親に報告するのと同様、私の両親にも報告したいのです。お墓の前ですけど。きっと、喜んでくれると思います」


 ああ、そうだった。彼女の両親は墓の中か。とはいえ、当然だろう。どのみち一度、地球(アース)八三九へは行かねばならないと感じていたところだ。

 宇宙に進出して、まだ数十年ほど。それ以前は、我々で言うところの近世の時代とほぼ同じような星だったという。剣での戦いがまだ主流であったが、鉄砲や大砲が使われ始めた、そんな時代からいきなり宇宙進出である。

 たった数十年で、これほどまでに変われるものなのか。そういう意味では、その地球(アース)八三九という星は興味深い。


「それじゃ、海野少佐、いえ、疾風(はやて)さん、これからもよろしくお願いしますね」


 なんだか強引に結婚の話に持っていかれた。戦闘中、特に接近戦となると狂気に満ちた台詞を吐きながら好戦的な性格に変わるカミラだが、実は元からそういう性格を持っているのではないか? 実際、ずけずけとこちらの心の中に入り込んできやがった。

 そういえばヘレーネ少尉と出会って、今日でちょうど一か月になるかな。たったひと月前は、僕はそんな色恋沙汰とは無縁の戦場に身を置いていた。それがひと月後に、こうして珈琲を片手に安穏を感じる空間に身を置き、生涯を共に歩む相手から決断を迫られることになるなど、想像できただろうか?

 いや、それ以上に、宇宙空間という未知の場所に身を置いている時点で、すでに想像を超えているのではあるのだが。


◇◇◇


 我が和ノ国皇国が、地球(アース)八三九の仲介の元でスラブ大帝国との停戦合意、および宇宙統一連合への同盟協定を締結してから、ちょうど一年が経った。


「駆逐艦○○○三号艦、前進半速。地球(アース)八三九艦隊との合流地点へ進発する」

「はっ! 両舷前進はんそーく!」


 航海長が、艦長である僕の命令を復唱する。なお、我々の星は「地球(アース)一〇九一」と名付けられた。つまり、千九十一番目の地球(アース)ということになる。

 で、一年も経たないうちに我が地球(アース)一〇九一ではすでに宇宙艦隊が編成された。といっても、その数はまだたった百隻。そこには世界中の海軍の戦闘艦乗りたちが集められて、地球(アース)八三九の支援を受けつつ日々訓練を続けている。

 かつて敵だったスラブ大帝国も、外交的には疎遠だった西方諸国も関係ない。ここでは自身の星、地球(アース)一〇九一を守るべく集う同志たちだ。

 で、僕はその駆逐艦の三番目、○○○三号艦の艦長に任ぜられた。


「疾風少佐、今度の訓練も、人型重機隊は出番なしですかねぇ?」


 艦長席に座り、正面のレーダーサイトを眺めていたら、横からヘレーネ少尉改め、カミラ中尉が現れた。

 同じ名字で呼び合うのもなんだから、艦内では互いを名前と階級で呼んでいる。


「いや、カミラ中尉の出番はありそうだ。今回の訓練は、近接戦闘訓練だと聞いているからな」

「それじゃあ、私にも出番があるってことですね! いやあ、せっかく隊長になれたっていうのに、地上訓練だけで退屈してたところですよ」


 などと元気に語るカミラ中尉だが、正直、僕は彼女を早く休職させて、地上に戻したいと考えているところだ。


「おい、お前は身重な身体なんだから、あまり無茶はするなよ」

「まだ三か月目ですよ。身重だなんて大げさな」

「いや、普通なら軍務についてていい状態じゃないんだぞ」

「そんなことないですよ。あと二か月くらいはまだ、頑張れます」


 そう、こいつはもう僕との間の子を身籠っている。だからこそ、心配になるのは当然だろう。大事な僕らの子を身籠ってながら、それでもなお人型重機パイロットを続けるとか、正気の沙汰ではない。

 やはりこいつの性格は、元から「狂犬」だったのではないか。ちょっと理性のタガが外れた時、やつの中の「サールグレーン中尉」が出現するが、実はあれが本性だったのではと、最近は考えるようにしている。

 やれやれ、とんでもないやつと夫婦になってしまったものだ。


「こらぁ! 海野中尉っ!」


 一瞬、僕の名を呼ばれてびっくりしたが、呼ばれたのはカミラ中尉の方だった。現れたのは、同じく我が地球(アース)一〇九一艦隊に転属してきた、主計科のフリンツァー少尉だ。


「妊婦だっていうのに、またソーセージやピザばっかり食べてたでしょう」

「しょうがないじゃない。つわりでそれしか食べられないんだから」

「嘘つけぇ! つわりが酷い妊婦が、ピザばっかり食べるわけないでしょう。ちゃんと妊婦用のメニュー考えてあるんだから、それに従う! いいわね!」

「えーっ、あれ病院食みたいで、やだー」


 まったく、こいつは自由奔放というかわがままというか……これでちゃんと、人の親になれるんだろうか。そっちの方が心配だ。


 で、地球(アース)八三九と合流し、訓練が開始される。今回は敵艦隊を至近距離で捉えたという想定で、砲撃と共に人型重機隊を出して敵艦隊を混乱させるという訓練だ。


「敵艦隊まで、距離およそ二千!」

「艦橋より砲撃室、砲撃開始、撃ち―かた始め!」

『こちら砲撃室、砲撃開始、撃ちーかた始め!』


 ズズーンという砲撃音が響き渡る。我が星の乗員で、戦艦の砲声に慣れた者でも最初はこの音と振動に驚いていたが、今ではすっかり慣れてしまった。


『重機隊三機、出ます』

「作戦通り、敵艦隊後方に回り込み、機関部を狙え。重機隊、全機出撃!」

『はっ、重機隊、出撃します!』


 我が艦から、一斉に重機隊が発進する。他の駆逐艦からも次々と重機隊が発艦する。


『正義にたてつく愚かなる悪魔どもよ、我がフェルゼンヴァーレの力、思い知るがいい』


 あーあ、もうおかしくなっちゃったぞ。ちょっと早いんじゃないのか? 僕はカミラ中尉にこう促す。


「サールグレーン中尉、敵を引き付け、対空砲火を避けつつシュバルツシュヴェートでとどめを刺すんだ。無茶は正義ではない、生きて帰ることこそが、貴官が率いる人型重機隊最大の使命だ」

『了解であります、フォルシウス少佐!』


 なぜか自身の妻とアニメキャラの名前で呼び合う僕を、冷ややかな目で見つめる艦橋内の乗員たち。それを見ていた主計科のフリンツァー少尉が、こう呟いた。


「なるほど、ああやってあのじゃじゃ馬パイロットを手懐けていたんですねぇ。そりゃあ海野艦長がいなければ、今ごろカミラのやつ、魚の餌になってたところでしょう」


 といいつつ、フリンツァー少尉がこちらをジト目でにらみつける。しょうがないだろう、生き残るためには、ああするしかなかったのだから。

 訓練自体は成功し、予想以上の練度に地球(アース)八三九の幹部たちからの評価も上々だった。しかし、僕はあまり手放しで喜べない。

 今回は上手くいったが、本番が来る日があったら、果たして今回同様にうまく扱えるのだろうか?

 だが、これだけははっきりと言えることがある。

 幸運艦と呼ばれた「そよかぜ」に舞い降りた彼女は、さらなる幸運をあの艦にもたらした。

 ということは、この駆逐艦にカミラ中尉いる限り、この艦も同様に運を引き寄せることができる。彼女をぎりぎりまでここに残しておきたいという気持ちもあって、結局は未だにカミラ中尉を人型重機隊の隊長として残し続けている事情もある。

 うーん、冷静に考えれば、僕の発想も「狂気」そのものだな。とてもカミラのことをじゃじゃ馬だの狂気だのと呼べる立場じゃない。

 そう考えれば、二人はつまり「似たもの夫婦」ということか。

(完)

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