#2 救助
『ロックオン、攻撃始め!』
女が叫ぶ。その次の瞬間、信じがたいことが起きた。
その機械の右腕からは、青白い光の筋が放たれた。さっとその光の筋を、上空にいる敵機に浴びせかける。
すると、敵機が次々に火を噴いた。あっという間に、二十機もの敵が全滅する。
『敵機二十機、全滅!』
あの人型の機械の女が、そう告げてきた。一機残らず、火だるまになって落ちていくのが見える。
あの二十五ミリ機銃でもなかなか当たらない敵機を、たった一撃ですべて叩き落とした。信じがたい威力だ。
「残り五十機いるはずだ! そいつらも薙ぎ払えるか!?」
『了解であります! ええと……』
「僕は海野大尉だ! この艦の副長である!」
『はい、海野大尉、了解しました。標的、ロックオン、攻撃始め!』
そういうと、この人型の機械の右腕は、ちょうど味方を攻撃し始めていた三十機を捉え、攻撃する。
青白い光が、バタバタと敵機を叩き落とした。あっという間に全滅だ。残り二十機は雷撃機隊だったが、それもすべて叩き落とした。
あれほどいた敵機が、一機残らずいなくなった。
「敵機、すべて消滅!」
唖然とする僕と艦長だが、観測員のこの言葉にハッとする。
「い、今のうちだ。味方を救出するぞ!」
敵機がいない今、海中に投げ出された味方を救助する絶好の機会だ。だから艦長は兵士らに、乗員の救助を命じる。
「おい、船を下ろせ! すぐに向かうぞ!」
「浮き代わりに使える資材があったはずだ、海中に投げ入れ、味方を助けるぞ!」
乗員らが一斉に海中へと飛び込みつつ、海に浮かぶ兵士らを次々と助け出すために向かう。それを見ていたあの機械が、僕に尋ねてくる。
『あの~、私も救助に向かった方がいいですよね』
奇妙なことを言うやつだ。そんな鉄の塊のようなものが海に飛び込めば、沈むに決まってるだろう。
「救助と言っても、泳げもしない戦車のような機械で、どうやって助けるというのだ!?」
『ああ、大丈夫です。飛べますから』
は? 飛べる? そんなわけあるか、鉄の塊だぞ。しかも翼も何もついていない。そんなものが飛べる道理がない。
が、そんな我々の道理など無視するかのように、その機械はヒィーンと音を立てると、ゆっくりと宙に浮かび始めた。
『では、救助に向かいますね』
あんな重たいものが、どうして空中に浮かべるんだ? そんな疑問をよそに、その人型の機械は海に浮かぶ人々をその腕で救い出しては、近くのボートに乗せていく。
人がせっせと救い出すよりも早い。けが人も含む大勢の人々を甲板に乗せると、生き残った我々は百八十度回頭し、帰路につく。
敵の重要拠点をつぶし、和平交渉に及ぶという思惑は潰えた。が、そのままでは海の藻屑となる兵士たちを五百人ほど救い出し、三隻の駆逐艦と、大破しつつも航行可能な巡洋艦「じんつう」だけが、どうにか帰路につくことができた。その他の艦艇はすべて、海に没してしまった。
特に戦艦「ほうらい」は、火薬庫に火が付いたようで大爆発を起こして真っ二つに俺ながら沈んでいった。その爆発に巻き込まれた兵士たちも大勢いる。結局、三千三百人以上乗っていたはずの「ほうらい」の乗員で、救い出されたのはわずかに二百五十人ほどであった。
夜も更けて、甲板上や貨物室も臨時の寝床として兵士を詰め込み、我が皇国へと向かいつつあった。
そんなところに、あの人型の機械を操る女があの機械からようやく降りてきた。得体のしれない人物ではあるが、こいつのおかげで大勢の将兵が救われたのは事実だ。しかも、七十機もの第三波を退けて、味方の被害を食い止めてくれた。
「あ、あの……海野大尉殿」
何か言いたげだが、まずは僕の方から言うべきことがあると思い、敬礼しつつこう告げた。
「大勢の将兵が、貴様の働きで助かった。礼を言う」
「いえ、たいしたことをしたわけではありません。そんなことよりもですねぇ……」
数百人、いや、数千人もの将兵を救ったかもしれないことを「そんなこと」呼ばわりするこの女は、こう僕に言い出した。
「……ええとですね、お、お腹がすいてしまいまして、何か食べるものがないかなぁと思いまして」
ああ、そうか。そういえばもうかれこれ半日ほど、この士官は飲まず食わずで戦い、救助作業までしてくれたのだった。銀髪で肌の白い、異国人風の女とはいえ、食べるものがなくては生きてはいけないのは当然だろう。
「わかった、食べる物を用意させよう」
「わぁ、ありがとうございます」
「ところでだ、貴様の名を聞いていないのだが」
「私は、地球八三九遠征艦隊、強襲戦隊二番艦所属の人型重機三番機パイロット、カミラ・ヘレーネと申します。階級は少尉で、歳は二十五になります」
見た目と、いかにも異国人風の名前に反して、流暢な和ノ国語を話すこの士官は、少尉だと言った。そしてあの奇妙な機械のことを「人型重機」だと称した。
が、明らかに我々の世界の物ではない。どこか別の世界から転移したものだと、僕は即座に感じた。あの青い光を放つ強力な武器に空を飛ぶ原理そのものが、我々の持つ技術のそれとは異なる何かだということも、まざまざと見せつけられた。
さて、そんなへレーネと称する士官のもとに、戦闘食が運ばれてきた。烹炊班の兵士が運んできた、その包みを受け取る。
「いや、あんたのおかげで助かったよ。俺だけじゃねえ、この甲板や船内にいる大勢の命が救われて、感謝してもしきれねえ」
「いえ、軍人として、当然のことをしたまでですから」
「そんなあんたに、粗末な戦闘食ですまねえが、まあ食ってくれ」
「はい、いただきます!」
この艦に似つかわしくない、朗らかで明るい性格の女だ。いや、逆かな。むしろ「幸運艦」とよばれたこの「そよかぜ」に降り立った女神と言えるかもしれない。
そんな女神が、あの敵機をまるで群がった蚊を炎で焼き落とすがごとく、薙ぎ払ってしまった。信じられないことだが、四隻がどうにか帰路につくことができたのは、まさにこの女神のおかげだ。
「いやあ、おにぎりなんて初めて食べますが、意外においしいものなんですねぇ」
などと言いながら、戦闘食を頬張るヘレーネ少尉という士官が、突然、凍り付いたように無表情に変わる。
かと思ったら、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「お、おい貴様、どうした!? 何か、まずいものでも入っていたか!」
この突然の異変に、僕は狼狽する。が、ヘレーネ少尉は急に本心をさらけ出し始めた。
「こ……これから私、どうすればいいんでしょうか? 宇宙艦隊は私を『未帰還機』扱いしてるでしょうし、本来なら両者の戦いを止めなきゃいけない立場のはずの私が、この船から攻撃命令を受けて、もう一方の国の飛行機をたくさん、叩き落としてしまいました。私、元の場所に帰れるんでしょうか……?」
言われてみれば、異国どころか異世界に飛ばされてきたわけだ。しかも、男ばかり二百名の乗り込む駆逐艦の只中に、あの奇妙な機械と共に放り出された。言葉に表しようがない不安が襲い掛かるのも、無理はない。
しばらく考えて、僕はこう答えた。
「この先のことは、分からん。分からんが、貴様は生きている。ならば、今のこの現状の世界の中で、死んだ者の分も生きながらえることが、今の貴様のすべきことではないのか?」
それを聞いたヘレーネ少尉は一瞬、きょとんとした顔で僕の顔を見つめる。ややぽっちゃり気味なその顔で見られると……いや、そんなことはどうでもいい。やつは多分、僕の言葉を理解していない。
「要するにだ、この戦争では軍民合わせての死者が数百万柱。生きていることそのものが、奇跡に近い世界だ。そんな中、幸運にも我が艦に降り立ったわけだ。これが少しでもずれていれば、貴様は海の中だったわけだ。さすがのあの機械とて、持たなかったであろう」
僕の言葉を聞いて、ようやく自身の運の良さに気付いたらしい。
「そ、そうですね。命あっての人生ですからね。私はやはり、幸運でした」
涙をぬぐいながら、再び握り飯を口にするヘレーネ少尉。だが、こんなことをぽろっと言い出す。
「海野大尉ってまるで、フェルゼンヴァーレの出てくる上官のフォルシウス少佐のようですね」
この言葉の意味が分かるのは、もう少し後のことだった。まあ、この時に彼女の裏に隠された事実を知ることとなるのだが……その時の僕は、ヘレーネ少尉の無邪気な顔を見て、ふと家族のことを思い出していた。
五人兄弟の二人目として生まれた僕は、兄が一人、弟が二人に妹が一人いる。男だらけの家族だが、その妹の顔がふと思い浮かぶ。
皇都はつい先日、大きな空襲を受けたと聞いた。まだ、家族と連絡が取れていない。生きているかどうかさえ、分からない。それは向こうも同じだろう。本土に戻らねば、お互いの生死すらわからないほど遠く南国の地に僕はいる。
「そうだ、弾薬の確認をしないと」
そんなヘレーネ少尉が、握り飯を食べ終えるや、自身の乗っていた人型重機という機械に駆け寄る。背中の方を念入りにまさぐりながら、何かを調べている。
「そういえば、あの敵を薙ぎ払った青い光、あれはあと何発撃てる?」
僕は率直に尋ねる。するとヘレーネ少尉は答える。
「ビーム砲はひとパックで三十発撃てますので、弾数的には六十発ですね。が、さっきやったのは持続砲撃だったので、その場合は三発分です。パックはあと二つ。つまり、今日のような攻撃なら、六発が限度です」
敵を薙ぎ払ってみせたあの青い光の攻撃は、あとたったの六回しか使えないと言っている。それを聞いて僕は、愕然とする。
「あ、でも、左腕に装着したレールガンなら、もっと撃てます」
「れ、れーるがん?」
「つまりですね、鉄の塊を電磁力で吹き飛ばす砲です」
よくみればこの機械、左腕にも何か砲のようなものがついている。見た目は弓の部分がないボーガンのような形だが、武器には違いない。
「そのレールガンとやらは、鉄の塊ならば何でも飛ばせるのか?」
「はい、この重機の核融合炉さえ動けば、あとは決まった大きさの鉄の塊さえあれば、何発でも撃てます」
「だが、あの青い光、ビームとか言ったその武器に比べたら、威力は落ちるのではないか?」
「そんなことありませんよ。レーダー管制で正確に当てることができるので、三十センチ角の鉄の塊でもあれば、何機現れても落とせます」
「しかしだ、この人型重機という機械とて、燃料が切れれば動けなくなるのではないか?」
「それなら、大丈夫です。真水さえあれば、核融合炉は動かせます」
「ま、真水?」
「はい、そこから水素と重水素を取り出し、それでこの重機の動力源を動かし続けることは可能ですよ」
にわかには信じがたいことを口走るやつだ。真水で、あれほどの大きな機械を動かせるだと? 南方の油田を頼みとする我が皇国からすれば、それはまさしく夢のような動力源だ。
「で、そのレールガンというのは、もしかして火薬すら要らないということか?」
「はい、核融合炉で発電した電気のみを使うので、火薬は不要ですよ」
また信じがたいことを言い出したぞ、この女士官は。火薬が要らない? ということは、威力は知れているということか。
「そんな武器が使い物になるのか」
「そんなことないですよ! ビーム砲よりは弱いですけど、大気圏内でも三十センチ角の鉄塊なら音速の五倍まで加速できます!」
「音速の、五倍?」
「そうですよ。重さにもよりますが、最大射程は軽く二、三百キロを越えます」
なんだと……戦艦「ほうらい」の主砲ですら、射程は四十キロとされていた。それを遥かに凌駕する距離だ。鉄の塊とはいえ、相当な速力で敵艦にぶち当てられれば、かなりの致命傷を与えられる。
「なるほど、こいつの実力はおおよそ把握した。つまり、真水とそのレールガンとやらの弾を手に入れられれば、こいつは戦い続けることが可能だというんだな」
「その通りです」
まだ涙がにじんだままの顔で、握り飯を食べ続けるヘレーネ少尉だが、僕はこの驚異的な兵器の持つ力の大きさに、正直戸惑っていた。
「もう、日が暮れた。おそらくは夜戦は行われないだろう。貴様も休むといい」
「はい、それじゃあ戻りますね」
「おい、待て!」
「はい?」
「まさか、あの機械の中で寝るというのではあるまいな」
これほどの機械を操れる者は、目の前にいる一人しかいない。そんな乗員を、あれほど狭いところに寝かせるわけにはいかない。
「で、ですが、ここは男の人だらけですので、私が寝られるところといえば、ここしか……」
「いや、副長室がある」
「ふ、副長室?」
「僕の部屋だ。そこを使うといい」
「あの、それではあなたはどうされるのですか!?」
「他の兵員と同じ、ハンモックで寝ることにする」
「いや、だって副長ということは、それなりに偉い方なんですよね? そんなお方を差し置いて、私が寝るだなんて」
「それだけ、貴様が重要だということだ。ともかく命令だ、僕の部屋を使え」
「は、はい、ヘレーネ少尉、副長室を使わせていただきます」
まさか男だらけの只中に、こんな銀髪の女を放り込ませるわけにもいかない。かといって、あの人型重機の狭い座席で寝かせるわけにもいくまい。いざという時に、疲労で使い物にならなくなる。
「うわぁ……広い部屋ですね。本当にいいんですか?」
「構わん。これでも陸の寝床より寝心地の悪いところだ。ともかく、今は疲れをとることのみに専念せよ」
「はっ、ではヘレーネ少尉、ここで寝させていただきます」
そういうと、ドアを閉め、内側から鍵をかけた。鍵が開いていたら大変だ。なにせ今、この艦には男が七百人以上も乗っている。
そんな最中に、女士官が一人。飢えた狼の群れに放り込まれた餌のようなものだ。これくらいの待遇をしないと、たちまちのうちにやられてしまう。
もっとも、僕だけはこの部屋の鍵を持っているのだが……いやいや、やましいことを考えている場合ではない。
僕はかつての士官時代のように、そばの部屋でハンモックを吊るして、そこで寝ることとなる。南国の熱い空気が、直接顔の肌に触れる。
そして、翌朝を迎える。
「おはようございます、艦長」
君島少佐、すなわちこの「そよかぜ」艦長であるこのお方に、僕は挨拶をする。
「そういえば、昨日のあの女士官はどうした?」
「はっ、副長室にて休ませることにいたしました」
「貴官はどうしたのだ?」
「そばにハンモックを吊るして、寝ました」
「まったく、副長でありながら……まあ、いい。正しい判断だろう。それだけ、あの士官の使い道は大きいと私も考える」
「はっ!」
艦長も、昨日のあの戦いであの機械の強烈さを思い知った。数十機をまとめて堕とせるほどの驚異的な力、それを思えば、この程度の配慮でさえ不足に感じる。
その腕で、僕は艦長に、あの兵器の詳細を話す。
「……そうか、あの青い光は、それほど何度も使えるものではないと」
「はい。ただ、レールガンという武器ならば、本艦にある部材だけでどうにか弾を調達可能なようです」
「れーるがん? なんだそれは」
「仔細はわかりません。が、単発ながらも射程百キロをも超える長射程の兵器となりうるとか」
「うむ……あの青い光ほどではないものの、それほどの長射程な兵器ならば、追っ手を振り切れるかもしれぬ」
そう、今、艦長が懸念しているのは、昨日の敗北をした残存艦艇四隻を撃滅するために追いかけてくる、敵の存在だ。
「おそらくは、百キロ以内にいると考えて間違いないでしょうね」
「そうだ、そうなれば、我々はいずれまた、航空戦力の攻撃を受けることとなるだろう」
「その前に、敵の空母を叩くことができたなら」
「そうだな。ともかく、その女士官に敵空母攻撃を命じる。でなければ、我が艦だけでも七百名余りの命が、すべて失われることになる」
それを聞いた僕は、直ちに副長室へと向かう。無論、ここは元々、僕の部屋だ。鍵を持っているから、ノックをして中へと入る。
「海野大尉だ、失礼するぞ」
「えっ、あのちょっと、開けるの早すぎ!」
ところがだ、僕が入ったときにはヘレーネ少尉の姿はまさしく半裸状態であった。
「あ、す、すまない! 失礼!」
慌てて扉を閉め、鍵をかける。まったく、何という無防備さだ。にしても、随分ときれいな背中と胸をしていたな……いやいや、ここは戦場だ。そんなことに気をとられている場合ではない。
「あ、あの、どうぞ」
鍵が開かれ、扉が開かれた。やや赤い顔をしたヘレーネ少尉がのぞき込むようにこちらを見ている。
「すまない。実は貴様に尋ねたいことがあって来た」
「はい、なんでしょうか?」
「あのレールガンという兵器、どのようなものならば飛ばすことが可能なのだ?」
「はい、確か三十センチ四方の真四角な鉄の塊ならば、ぴったりなはずです」
「そうか、では直ちにそれを、技術科に作らせる」
「ええっ、今からですかぁ!?」
「追手が来ているはずだ。食事をしながらの作業となる。すまないが、自身の命もかかっていることだからな」
「は、はい、承知しました」
奇妙な服を着たままのヘレーネ少尉を連れて、僕は艦後部にある技術室へと向かう。
「えっ、三十センチ四方の鉄の塊、ですか?」
「そうだ、できる限りたくさん、作ってほしい」
「ま、まあ、遺品代わりに回収した『ほうらい』の残骸がたくさんありますから、お望みの物はいくらでも作れそうですけど」
どうやら、僕の言葉の意図を理解できていないのがいけないらしい。僕は加えてこう告げる。
「どうやらあの人型の機械には、それを百キロ以上先に飛ばせるほどの威力を持つ兵器があるらしい。まもなく、追手が来る。それまでに敵に対する備えをしなければ、我が艦もやられてしまう」
「そう言うことですかい、分かりました、副長。任せてくだせえ」
そう言って、技術科の連中は転がっている鉄の塊を拾い集めて、使えそうなものを見繕い始めた。その間に、ヘレーネ少尉はもらった握り飯を食べている。
「すまない、貴様にもう一つ、頼みごとがあるのだが」
「ふえっ? なんでひょうか?」
口に握り飯を含んだまま、僕に返答するヘレーネ少尉だが、僕は構わず続ける。
「あの機械に乗せてほしいのだが、できるか?」