#19 宇宙戦
「いいなぁ、私も手を握れる相手が欲しい~」
食堂で早速、僕はフリンツァー少尉にからかわれている。いつもヘレーネ少尉が美味そうに食べているピザというやつを食べてみたのだが、まるで油の塊のような黄色い物体が口の中にねっとりと広がる。そんなくどい食べ物と格闘しているときに、それを上回るくどいやつが現れたというわけだ。
「えへへ、いいでしょう」
「何よ、あんた、からかわれているって自覚ないの!?」
「私には、嫉妬されてるなぁという自覚しかないよ」
もう僕との関係を隠そうという気がさらさらないようだな。周りからの目線も痛い。だがこのヘレーネ少尉というやつは、そんな視線を集めることをむしろ喜んでいる節がある。
「にしてもそのピザ、美味しそうですねぇ。海野少佐、一口下さい」
「下さいって、これは今、僕が食べたやつで……」
「あーん、ぱくっ!」
「あっ、こら、ヘレーネ少尉! いちいち見せつけるな!」
なんだか、ばつが悪いな。なんだこの雰囲気は、遠慮がなさすぎるぞ、ヘレーネ少尉よ。フリンツァー少尉がお怒りなのもよくわかる。
とはいえ、明らかに肌の色が異なるし、この中で明らかに僕だけが異国人だ。が、こちらの人々は特に肌の色などで蔑視することはない。僕と同じような人種は彼らの星にもおり、彼らの遠征艦隊にも異なる人種の乗員が大勢いるからだ。それをいちいち気にする文化ではないらしい。
さて、今僕はこの強襲艦内にいて、その強襲艦はといえばラヌン島海域に集結し、同行する百隻の駆逐艦と合流するところだ。
『艦長のシュトルツァーだ。これより当艦は補給のため、戦艦ゼーヴォルフへと向かう。総員、ワープ準備にかかれ』
さて、食事を終えたころに入ったこの艦内放送により、フリンツァー少尉は慌てて持ち場へと向かう。さて、僕は特に行く先もないし、部屋にでも戻ろうかと思っていたが、ヘレーネ少尉が僕の手を握る。
「はい、それじゃ三番機に向かいましょう!」
「はい?」
「ワープ準備というのは、いわば戦闘配置につけという意味と同義なんです」
「なんで戦闘準備が必要なんだ。ただ、ワームホール帯という大穴をくぐるだけだろう」
「その向こうに敵が潜んでいる場合があるからですよ。それで、ワープ準備の際は戦闘態勢に移行するんです」
ああ、そんなことまで想定しているのか。宇宙というところは、実に奥深い。僕の知らないことが、まだまだたくさんある。
『ワープ準備完了、超空間ドライブ作動!』
『ワームホール帯突入、ワープ開始!』
というわけで、僕は三番機とよばれる人型重機の後席に乗ったまま、ワープであの宇宙空間へと戻ることになる。外の様子は、正面の画面に映し出されている。
一瞬、星空が消えた。かと思うと、再び星空が現れた。
が、それだけではない。先日の戦闘で吸い出された多数の戦闘機の残骸や、おそらくそれ以前に吸い出されたと思われるスラブ大帝国の機動部隊の艦艇も見える。
「しかし、デブリが多いですね。これだと、レーダーの効きが悪くなりそうです」
などとブツブツとつぶやくヘレーネ少尉だが、その直後、緊張感のある声で思わぬ事態が知らされた。
『レーダーに感! 二時方向に艦影およそ百、距離七万、駆逐艦隊らしき集団を確認!』
『光学観測員!』
『はっ! 艦色視認、赤褐色、あれは連盟艦隊です!』
なんと、本当に敵の艦隊とやらに出会ってしまった。あちらも、こちら側の存在を探知したようで、動き始めた。
『敵艦隊、急速回頭! 単横陣を敷きつつ先頭袋瀬に移行しつつあり!』
『こちらはすでに戦闘準備済みだ、駆逐艦隊が、先手を打つだろう』
ただ、強襲艦からは発砲するわけではない。撃つのは、同行している百隻の駆逐艦隊だ。
僕は正面の画面にくぎ付けとなる。あの駆逐艦の先端部から、強烈な青い光の筋が放たれた。人型重機のビーム砲というのを目にしたことがあるが、あれとは比較にならないほど大型のビーム光が、まさに敵の艦隊へとむけられている。
が、敵も反撃してきた。青い光の筋が、向こうからも跳んでくる。それをぎりぎりのところで避ける駆逐艦。
「どうやら、デブリのおかげで助かってるみたいですね」
デブリというのは、あの大穴から吸い出されて漂っている戦闘機や艦艇のことのようだ。確かに、あの青い光がその漂っている艦艇に直撃したところを見ると、どうやら駆逐艦と見誤ったようだ。
たまたまだが、スラブ大帝国の艦艇の色も灰色が多い。遠目からはこちら側の駆逐艦か強襲艦に見えなくもない。直撃したビームでその艦艇は大爆発を起こし、あっという間に消滅してしまった。
とんでもない威力の兵器だ。僕の見る限り、さっき撃たれたのはグローム級空母だった。それが一瞬で蒸発するほどの膨大な力を、敵も味方も有している。
そんなビームがひっきりなしに飛び交う。が、強襲艦はといえば、その戦いに参戦できない。大型の砲がないためだ。
「このまま、ただじっとしてるんですかねぇ。我々にもやれることあるでしょうに」
と、ヘレーネ少尉は落ち着かない。僕も同様だ。初めて見る宇宙戦闘を、ただ眺めているだけというのは軍人として忍びない。
が、そこに艦内放送が入る。
『これより我が艦は、敵艦隊後方に向かい、敵を攪乱する。人型重機隊、発進準備!』
この号令と同時に、けたたましい振動と音が、この人型重機の中にも伝わってくる。
「いよいよ出撃ですよ。海野少佐、覚悟はいいですか?」
「覚悟なら、ラヌン島の手前でとっくにできている」
「死ぬ覚悟じゃありません、絶対に勝利して帰還する、その覚悟ですよ」
なんか、似たような台詞をどこかで聞いたな。ああ、ヘレーネ少尉が好きな「聖戦士フェルゼンヴァーレ」でのフォルシウス少佐の言葉だ。絶対に勝利し、帰還せよ。強大な敵を前にしても、あの役者はそう命じた。
「当然だ。あの時も今も、僕はいつでも、勝利して帰投するつもりでいる」
「それでこそ、幸運艦の副長だったお方ですね。それじゃ、まもなく出撃ですよ」
そうは言ったものの、僕が操縦するわけではない機体に乗せられて、何をどう勝てばいいのか? 言ってみれば僕は、宇宙ではただの見物人だぞ。
『敵艦隊に接近、まもなく、重機隊を射出する。全機、発進用意!』
そういえば、宇宙空間では上部の扉が開いて射出されると、そう言っていたな。実際、風防ガラスの上を見上げると、徐々に扉が開いていく。
『重機隊、全機発進!』
などと眺めている間に、いきなり発進だ。打ち上げられる人型重機、その数、十機。そのうちの一つに僕はいる。
あれだけ勢いよく飛び出したが、ほとんど衝撃がない。そういえば、慣性制御とかいう仕組みのおかげで人工重力を作り出したり、加減速時の強烈な衝撃を打ち消したりできる技術があると言っていたな。あれのおかげか。
が、衝撃は感じないものの、目の前の光景にはさすがの僕も冷や汗を流さざるを得ない。
褐色の駆逐艦が、ずらりと並んで砲撃を続けている。我々はその後方にいて、それぞれの艦の後方に見える四つの噴出口から出る青い光が、列をなしているのが分かる。この戦闘、画面越しで見るより、直接目視で見るとさらに迫力がある。
「駆逐艦の前方には強力なシールドが張れますが、後方は無力なんです。その後方を人型重機の接近戦によって攻撃し、これを航行不能にする。小さな兵器ですが、駆逐艦の弱点をつけば絶大な力となります」
そういいながら、三番機はその褐色の駆逐艦に接近を続ける。が、当然だが、その程度のことは敵も織り込み済みだ。
強烈な対空機銃が降り注がれる。すぐにシールドを張り、それをはじき返す。
「……我が機体に傷をつけようなどとは、笑止! その行いに釣り合うだけの報いを、与えてやろう!」
ああ、少尉が「サールグレーン中尉」に変わってしまったぞ。これがまさしくブロン大尉が言っていた「制御不能」な状態か。
「こざかしい、我がリヒトシュトラールの餌食になるがいい」
などと言いながら、敵の対空機銃の只中でシールドを解き、右腕のビーム砲を構えて撃とうとするヘレーネ少尉だが、そんなことをすれば狙い撃ちされる。そこで僕は叫ぶ。
「待て、サールグレーン中尉!」
すると、ヘレーネ少尉はシールドの解除を止める。
「なぜですか、フォルシウス少佐! 敵は、目の前ですぞ!」
ああ、そういえば僕も少佐になったから、階級では並んだわけだ……って、そんなことどうでもいい。
今はこいつの「暴走」を、どうにかすることが先決だ。
「敵の砲火を前に、遠距離兵器は危険すぎる。接近し、シュバルツシュヴェートによって攻撃せよ」
十字砲火の中、同じ砲で撃ち合えば数で圧倒されて負ける。ならば、駆逐艦の懐に飛び込んで、あの聖剣と呼んでいたビームサーベルとやらを使った方がはるかに有利だ。砲火を直に見てそう感じた僕は、ここは敢えて接近戦を仕掛けさせるのが得策と考えた。
「了解であります、フォルシウス少佐! ではこれより、敵要塞に突っ込みます!」
要塞じゃなくて、駆逐艦だけどな。まあいい、ともかくヘレーネ少尉はシールドを張ったまま、一隻の駆逐艦の後部にとりつく。
「くらえ、聖剣シュバルツシュヴェート!」
いちいち武装名を叫びながら攻撃するのもなんだが、それを噴出口付近に突っ込まれた敵駆逐艦は、その青い光を失う。
「うおおおおっ!」
そのシュバルツシュヴェート、じゃない、ビームサーベルを駆逐艦後部に切りつける。反対側の噴出口にたどり着いたところで、三番機は離脱する。
遅れて、大爆発を起こす敵駆逐艦。一隻ではあるが、撃沈することに成功した。
なるほど、この調子で戦っていたら、爆発に巻き込まれて当然だな。にしても、よくまあ偶然にもその時、我が「そよかぜ」に落ちてきてくれたものだ。今にして思えば、まさに奇跡だった。
「次の敵はどいつだ! 叩っ斬ってやる!」
もはや暴走状態だな。そこで僕はこう告げる。
「右下のあの駆逐艦……じゃない、要塞を攻撃せよ」
「なぜですか、フォルシウス少佐」
「あれだけやや離れた場所におり、十字砲火を受けにくい。狙うとすれば、まずはあれだろう」
こんなところに、普段の戦闘の勘のようなものを活かせるのはありがたい。おそらくあの艦は、砲撃によって陣形から外れた位置に追いやられたようだ。そんなはぐれ者を、僕が逃すはずがない。
「後方についたら、動きながらビーム砲、じゃない、リヒトシュトラールを放て」
「はっ!」
一隻だけでは、たいした対空砲火は浴びせられない。それに対空砲火というものは、動いているものに対しては、あまり当たらないものだ。これはたとえ宇宙であっても、同じようなものらしい。
「我が雷の餌食となるがいい! リヒトシュトラール!」
いちいち技名を述べた後に、ビーム砲が放たれる。敵艦後方のど真ん中に命中し、大爆発した。これで、二隻を沈めたことになる。
あれだけの大型の艦と言えども、弱点をつけばこんなに脆いのか。あの巨大な艦の意外な弱点を、僕はこの戦いで知る。にしても、それを正確に撃ち抜けるヘレーネ少尉、なかなかの腕だな。
と同時に、敵もこちら側、すなわち連合側とほぼ同じ形の艦艇を使用している。色が少し赤みがかった褐色という以外は、まるで同じだ。
同じ艦に、同じ兵器。となれば、後は数か知略で勝敗が決まる。
『敵を混乱に陥れることに成功した。これより全機、撤退する』
そこに、隊長であるブロン大尉が撤退命令を出す。が、この役者なりきり中のヘレーネ少尉はそれを聞こうとしない。
「次の餌食はどこのどいつだ……我が右腕が、うずいて叫ぶ!」
そんなものが叫ぶわけがないだろう、などと思いながらも僕は「フォルシウス少佐」を演じる。
「いや、撤退だ。すでに敵を二隻沈めた」
「何を言うのですか、少佐! 敵はまだ多数おります!」
「あとは味方の砲撃で何とかなるだろう。戦いの勝敗は決した。目的を果たしたならば、勝利して生きて帰還する、そう覚悟せよと言っていたのは、貴官自身だろうが」
僕の一言に、ヘレーネ少尉、というか「サールグレーン中尉」はハッとする。
「そ、そうでした少佐殿。ではこれよりフェルゼンヴァーレ、帰投します」
こうして敵の艦隊から離れる重機隊だが、一つ、懸念がある。
そういえば、強襲艦からの人型重機の発進は一瞬で済むが、回収には時間がかかる。その間、狙い撃ちされる可能性がある、と。
この危険な時間を、どうやり過ごすのか?
「ああ、私、またやっちゃいましたぁ?」
敵艦からある程度離れたところで、ようやくこいつは「ヘレーネ少尉」に戻った。
「いや、敵艦二隻撃沈だ、むしろ、うまくやれた方だろう」
「えへへ、やっぱり少佐殿が一緒でないと、私は多分、死んでましたね」
ヘルメットをこつんと叩きながら、こう告げるヘレーネ少尉。確かに、僕がいなかったら最初の一手で対空機銃にやられていたかもな。
さて、人型重機十機は強襲艦を目指す。が、その強襲艦に、敵の砲撃が注がれる。
「おい、このままでは着艦できないぞ。どうやって着艦するんだ?」
一隻だけだが、執拗に砲撃を加えてくる艦がいる。そのために、強襲艦はとどまることができない。たとえ機動性の高い人型重機と言えども、動いている艦艇に滑り込むなど至難の業だ。
が、ヘレーネ少尉はこう言い出す。
「そんなときのために、私にある役割があるんですよ」
そういいながら、左腕を前に突き出す。よく見れば、そこには筒型の者が取り付けられている。
これは確か、眩光弾と言ってたやつだ。あの強烈な光と、電探をも狂わせる電波を出す目眩ましの兵器。
ああ、そうか、そういうことか。
「隊長、眩光弾、発射いたします」
『ヘレーネ少尉、生きていたか。いや、それはともかくだ、眩光弾の発射を許可する』
「了解、眩光弾、発射します!」
何度も聞いた、ジャーッというレールガンの音。飛び散る火花。それと同時に光速に発射されるあの白く細長い弾。
それから数十秒後、猛烈な光の球が発せられる。
無線も使えない。電探も同様だ。が、そのおかげで強襲艦も狙い撃ちされる心配がなくなった。停船した強襲艦に、次々と帰還する十機の人型重機。
それらを回収した後に、その場を離れる。ちょうどあの眩光弾の光が消えるところだった。強襲艦はどうにか敵の砲撃から逃れて、その場を去る。
さて、砲撃戦の行く末だが、いきなり後方を突かれて混乱に陥った敵艦隊は、航空機や艦艇の残骸に紛れて砲撃を続ける味方艦隊からの攻撃に耐えかねて、ついに撤退を決める。三十分程度の戦闘だったが、味方が一隻、やられた。その代わりに敵は、およそ十隻を失った。幸いなことに、人型重機は全機、無事だった。
「敵味方の、戦死者に対し、敬礼!」
戦場に向かい、一斉に敬礼する乗員たち。僕もそれに混じって敵味方の英霊たちを鎮めるべく礼を尽くす。それから駆逐艦隊と合流し、本来の目的の補給地点へと向かった。
が、そこで僕は、この宇宙の常識をもう一つ、思い知ることになる。
そういえば出発の際、補給のために「戦艦」に立ち寄ると言っていたな。冷静に考えたら、おかしなことを言うものだと後になって気づいた。
が、この宇宙における戦艦とは、要するに巨大な船体を持つ補給基地のことであった。なるほど、それで戦艦に立ち寄ると艦長は言ったのか。
遭遇戦から五時間ほど経ち、僕は強襲艦の艦橋で「戦艦ゼーヴォルフ」の姿を目にする。
もはやそれは、真っ暗な空間に浮かぶ島だ。巨大な岩の上に、多数のドックや砲門、建物を配置している。
戦艦というだけあって、武装は駆逐艦以上だ。が、砲門数は多いけれども、戦艦自身が戦闘に参加することは滅多にないという。機動性に乏しく、巨大すぎるその船体はいい的にしかならないからだ。それゆえに、今は「補給基地」としての役割に徹しているという。
そして僕を乗せたこの強襲艦は、そのドックの一つに横付けされる。
その戦艦の中には、僕の想像を超える世界が広がっていた。




