#18 駆逐艦隊
結論から言うと、意外とあっさり作戦中止が決まり、我々は嘉出山基地に帰投することになった。
もちろん、僕やブロン大尉と面会した艦隊司令の橘大将が僕らの話を聞き、すぐに納得して軍令部に作戦の中止を進言した、というわけではなかった。海軍の将官相手に、一筋縄ではいかないことは覚悟していた。
「宇宙という場所で、千を超える星々が二つの陣営に分かれて、一万隻もの艦隊で戦闘している? この星が、まさにその危機にさらされていると? 誰がそんな絵空事のような話を信じるか!」
散々言葉の限りを尽くしたが、橘大将はまるで信じようとしない。目の前にあるあの強襲艦や人型重機を直視しながらも、その現実を知ろうとしない。
「とにかく、今の話で作戦中止を進言せよと言われてもだな、どう軍令部に伝えればいいのか。飛躍が多過ぎて、まるで話にならない」
と、まるで取り付く島もない。が、ブロン大尉はと言えば、さっきから腕時計をチラチラと見ている。
腕時計と言っても、針ではなく数字らしきものを表示し、さらにその下には不可思議な模様が……と、そんなことはどうでもいい。しばらく時計を見ていた大尉が、こうつぶやく。
「そろそろ、ですかな」
それを聞いた橘大将が、ブロン大尉に尋ねる。
「何が、そろそろなのか?」
「はい、そろそろ私の話が絵空事でない『証拠』が現れる時間です」
「証拠……?」
「百聞は一見にしかず、と言いますからね。実際に見ていただいた方が早いでしょう」
すると、急に空からゴゴゴゴッという腹に響くような音が聞こえてきた。司令官室の外も、何やら騒がしい。
「なんだ、騒々し……いっ!?」
その司令官室の窓から見える光景に、僕も司令も愕然とした。
真四角で細長い、灰色の船体。その先端には砲門らしき巨大な穴を持ち、後方はまるで開きかけたユリの花を鋼鉄に変えたような、全長が三百メートルほどの空に浮かぶ戦闘艦が見える。それも、一隻二隻ではない。
空を覆い尽くさんばかりの数の空中戦闘艦が、整然と格子状に配置されている。それを見た司令は、言葉を失う。
「取り急ぎ、近くを航行していた駆逐艦隊三百隻を呼び寄せたのであります。これでもまだ、我が遠征艦隊のごく一部に過ぎません。が、これを皇都に出向かせれば、その軍令部にも絵空事でないことをわかっていただけるはずです」
これが以前、ヘレーネ少尉から話に聞いていた「駆逐艦」というやつか。しかしその大きさは、こちらの戦艦をも上回る。何よりも、先端にあるあの砲身が、この艦の戦闘力の高さを物語っている。
「橘大将閣下、早速、軍令部に連絡していただきたい。あと数分後に、五十隻ほどの駆逐艦が皇都へ向かうこと、そして和平の仲介役を我々が買って出ること、そのためにはまず、作戦中止の命令を下していただくのが前提であること。これらを、すぐにお伝え願えますか?」
「わ、分かった。直ちに打電する」
これはもはや、脅しだな。しかし、実物の「駆逐艦」を連れてきたことは効果的なのは確かだ。
それからわずか三十分後には、軍令部から作戦中止と、我が艦隊の嘉出山基地への帰投命令が出た。
で、ほぼ同時にラヌン島にまで駆逐艦が何隻か出向き、同様の交渉を行ったらしい。結果的に、スラブ大帝国からも攻撃中止の約束を取り付けたという。
「潜水艦がずっとついてきてますけど、攻撃するつもりはなさそうですね」
僕は三番機と呼ばれるへレーネ少尉の人型重機に乗りつつ、報告を聞く。
「こちらが撤退していることを確認しているだけだろう。現に、船体丸出しでついてきている。もはや、隠れるつもりもないらしい」
「ということは、もうこの戦いはおしまい、ってことですかね?」
「まだだ、正式に和平交渉が行われて、停戦合意するまでは油断できない」
「ですが、この海域上空にはすでに百隻以上もの駆逐艦が集まってますよ。それを前にして、戦闘を再開しますかね?」
たしかに少尉の言う通りではあるのだが、それ以前にこの駆逐艦という船がどう考えても非常識すぎる。
大きさは、我々で言うところの戦艦並みだ。それでいて、砲がたったの一門。両側にレールガンが2門搭載されているらしいが、あれは実戦で使うことはめったにないという。
人型重機のレールガンが我が艦、「そよかぜ」をはじめ、皇国を守り続けてくれたことは皆が知っている。その究極の兵器をさらに大型化したものを搭載しておきながら、使われることがめったにないというのはどういうことだ。
一度、見てみたいものだな、彼らの戦いというやつを。でなければ僕は、この駆逐艦の威力とやらを理解することができないだろう。
「改めて歓迎する、海野大尉殿」
強襲艦二番艦に戻り、僕は艦橋でそう告げられる。そう、僕はこの強襲艦より嘉出山基地まで先導することになっている。
というのは、おそらく建前だ。要するに、我が国の人間を一人、乗せておけば一種の「人質」になる。まあ、そんなところだろうな。
「で、大尉のお部屋はここになります」
僕はヘレーネ少尉に案内されて、この艦での住処を提供された。こう言っては何だが、副長室よりも広く、そして快適だ。なんといっても、ベッドが大きい。
いや、ベッドが大きい必要性はあるのか? 一人用にしては大きすぎるだろう。などと考えていると、ヘレーネ少尉は勝手にそのベッドの上に座り込み、脇を叩きながら僕を誘う。
「さ、ここは海野大尉のお部屋ですよ。何を遠慮しているんですか」
「いや、僕の部屋だといっても仮の住まいだろう」
「仮でもなんでもいいですよ。ほら、座った座った」
なんだか態度がいやに図々しくなってきたな。元の世界とのつながりを取り戻したからだろうか? 考えてみれば、階級こそ僕の方が上だが、立場的にはすでに逆転している。
ともかく、彼女に招かれるがまま、その脇に座る。柔らかなベッドの上で、僕はヘレーネ少尉と並ぶ。
「と、ところで、この部屋には窓がないんだな」
咄嗟に僕は、話を逸らした。実際、さっきから気になっている。窓がないから、明かりがなければ真っ暗になってしまう。するとヘレーネ少尉はこう言う。
「宇宙船ですからね、窓なんてあるわけないですよ。その代わり、これが窓代わりなんです」
といって、壁についた黒い板に向けて、なにやら四角い物体にずらりと並んでいる突起物の一つを押した。
すると、外の風景がその黒い板に映し出される。つまりこれは、画面というやつか。ラヌン島も遠くに離れ、霞の中にうっすらと見える。下には広く青い海に、うっすらと雲がかかっている。その雲のすぐ脇を、円陣を組んだ我が艦隊が進む。
「だから、窓なんていらないんですよ。それに……」
そういいながら、その画面を消す少尉。さらに別の四角い箱状の物体を使い、それで明かりをどんどんと暗くする。僕は、暗がりの中で微笑むヘレーネ少尉を見て思わず心臓が高鳴るのを覚える。
「何を慌ててるんですか。今さら」
こいつ、怖いもの知らずだな。まさか、別の人格、つまりサールグレーン中尉が発動したか? いや、元々そういう性格なのかもしれない。そして僕らは、あの副長室よりも広いベッドの上で共に横になる。
まったく、真昼間だというのに……しかも、空調の効いた部屋だというのに、やけに熱い行為で、僕らは過ごすこととなる。
「お楽しみの後で悪いんだが、ちょっと海野大尉にはいろいろと知っておいて欲しいことがあってな」
それから一時間ほどして、僕は格納庫と呼ばれる場所にブロン大尉に案内される。そこには、五体の人型重機が並んでいた。にしても、お楽しみの後とは……なんでこの人、わかったんだ。
「そういえばブロン大尉、あなたは確か、十体の人型重機隊の隊長だとおっしゃってなかったか? ここには五体しか見当たらないですが」
「格納庫は反対側にもあるんだ。全部で十機。その隊長機がある一から五番機までが、ここ右格納庫に収められている」
そういえばこの艦は、左右対称だった。当然、反対側にも同じく重機が五機納められている。で、前後に扉があって、そこから射出、回収することもあれば、発射だけは上部の扉を開いて打ち出すことも可能だとのことだ。
「宇宙戦闘の場合は、上部からの打ち出しが主流だな。その方が、短時間で出撃できる」
「しかし、回収はどうするんです?」
「これは後部ハッチから順に入れていくしかない。あんたらの空母と同じだ。発進は素早くできても、回収は一機づつ行うしかない。これが、強襲艦にとってもっとも危険な時間だ」
実は強襲艦というものを採用している艦隊は、この宇宙でも少ないのだという。理由は、まさにこれだ。奇襲によって敵を翻弄することができる代わりに、回収時の無防備な時間をどう縮めて、どうやり過ごすかが悩ましいのだという。だが、奇襲攻撃によってこの地球八三九遠征艦隊は数々の戦いで勝利をおさめ、あの中性子星域での支配域を広げていったのだという。
そういえば、中性子星というのはなんなのだ?
「ああ、中性子星というのは、いわば恒星の残骸だ」
「恒星の残骸?」
「夜空に光る星々、あれの一つ一つは、いわば太陽と同じ自ら光を発する恒星だ。その中で青く、ひときわ大きく輝いている星がある。その星が寿命を迎えると超新星爆発という想像を絶するほどの大爆発を起こす。その時に、その爆発で飛び散った星の一部が残り、それがブラックホールや中性子星という極めて密度の高い天体に変わる」
もう何が何だか分からない話だな。とんでもないはなしだということだけは分かる。が、聞けばその時に発した膨大な爆発による力が、ワームホール帯と呼ばれるものを大量に生み出すのだという。
「そのワームホール帯というのを使うと、何光年から何十光年もの距離を飛躍することが可能となる。そのワームホール帯を用いて果てしないこの宇宙を航行するワープ航法と呼ばれる技術が、我々をこの星に導いた」
「それじゃ、もしかしてあのラヌン島の近くにできた大きな穴というのは……」
「そうだ、あれもワームホール帯というやつだ」
つまり、ラヌン島の近辺には、宇宙とつながるいわばトンネルのようなものが存在していたことになる。だが、ブロン大尉は一点、気がかりなことがあると言う。
「しかし、通常のワームホール帯というのは不活性であり、超空間ドライブという仕組みを使わない限りその道を開くことができない。が、この星の表面にあるワームホール帯というのは、超空間ドライブなしに空間をつないだ。今までに聞いたことのない現象だな」
それを聞いて僕は、ある話を思い出す。戦争であやふやになっていたが、このラヌン島周辺は「魔の海域」とよばれ、船が突然消えるという事件がよく起きていた。
ただ、それはこの海域でよく発生する台風が現れた時に起きており、その嵐で船が沈んだだけではないかと言われた。が、一度だけ、嵐の中で海水ごと船が空に吸い上げられた光景を目撃したという証言があって、それゆえに「魔の海域」の怪奇ぶりに拍車がかかった。
今にして思えば、それがあのワームホール帯とかいうやつだったのか、と。もしかして、嵐をきっかけにその「活性化」とやらがだ起きたのではないか。そう仮定するが、この間、僕とヘレーネ少尉があの大穴に吸い込まれた時には嵐など起きていない。機動部隊が消えたとされるときも、近くにいた我々からは台風が近づいているという様子もなかった。
「うーん、台風か……その程度の物理力でこじ開けられるほど感度の高いワームホール帯というのも珍しいな。が、あり得ぬ話ではない」
「ですが、それが正しいとすると、一つだけ不可解なことがあるのです」
僕はブロン大尉に「魔の海域」伝説の話をする。台風のような大嵐であのワームホール帯が開いたという仮説に、ありえない話ではないと感じているようだ。
「その、不可解な点とは?」
「ヘレーネ少尉の操縦する人型重機があの『大穴』に吸い出された時、嵐など起きてませんでした。その時は多数の敵戦闘機隊の囲まれて機銃掃射を受けていた時で、その時にあの大穴が出現したのです」
「それは確かに不可解だな。が……もしかすると、多数の航空機が群がったことで『嵐』と同じような物理量が働いたのではあるまいか?」
「いや、いくらスラブ大帝国の大馬力エンジンの航空機と言えども、嵐と比べられるほどの強い力というわけではないですし」
「だが、それ以前にはそのスラブ大帝国の艦隊が丸ごと消えてしまったというのだろう? 力の大きさではなく、何か風なりエンジン音なりに共鳴してワームホール帯が開いてしまった。そう考えることはできないか」
できないか、と聞かれても困る。僕はそのワームホール帯というものの正体すら知らない。そもそも、あの駆逐艦やこの強襲艦が空中に浮いていられること自体が理解できていない。
が、そういえばあの無人になったヴァリャーグ級戦艦が漂流していた理由も推測できる。おそらくだが宇宙へ吸い出され、何かの拍子で穴が閉じる直前にこちら側に落ちてきたのだろう。だから大勢の乗員が消え、中の乗員も窒息したわけだ。あの巨艦が海水面に落っこちながらも、ボイラーが一基だけ稼働しつつ無事だったのは驚きではあるが。
「まあいい、その辺りのことは、今後の調査を待つべきだろうな。それはそれとして」
「なにか、懸念でも?」
「我々は一度、補給のために宇宙へと戻らねばならない。あの艦隊がその嘉出山基地とやらに到着し次第、あのワームホール帯を通って宇宙に出る」
聞けばもう一週間近く、宇宙に出たままだったそうで、燃料や食糧の補給が必要なのだという。今、この空中にいる駆逐艦三百隻の内、百隻と共に一度、宇宙へ引き返すそうだ。
「まさか、僕も同行せよとおっしゃるので?」
「当たり前だろう。ヘレーネ少尉とあれだけ濃密な関係になっているというのに、同行しないというわけにもいくまい。すでに貴官の上位組織には、そう伝えてある」
うっ、この隊長、どこまで知っているんだ? 僕は軍帽で顔を隠しながら、こう返答する。
「ま、まあ、地上では戦いが事実上終わり、これからは宇宙の時代となるわけですから、それを見定める役としてなら同行もやむなしでしょう」
「そうだな。にしても、あの戦闘狂のヘレーネ少尉をうまく手なずけて制御するなど、我々には到底不可能だった。だが貴官はそれをやってのけた、不可思議な能力を持つ貴官を同行させることは、ヘレーネ少尉のためでもあるだろう。でなければ、戦闘でも起きれば、またやつは制御不能になる。隊長として、一機でも失うことは心苦しいことだからな」
うーん、僕はあの少尉を制御するために残れと言われてるような気がするぞ。僕は狂犬の飼い主というわけか。
「海野大尉ぃ、何食べますぅ? ほら、これなんか美味しそうでしょう」
と、そんな狂犬……じゃない、ヘレーネ少尉に連れてこられたのは、食堂だった。
その入り口には食べ物の色付き画像が並んでおり、それをするすると滑らせるように動かしては、気に入ったものを指で触れて選ぶという仕組みのようだ。
で、何となく僕はご飯が使われたものを選ぶ。パエリエというようだが、上に乗っている物が海産物ばかりという、奇妙なご飯だ。
一方のヘレーネ少尉は……ソーセージにピザという、西方料理のようなものを選んでいた。妙な組み合わせだな。右手で持ったソーセージをフォークで刺して口に入れつつ、左手でピザを持ち、交互に食べている。変なやつだ。
と、そこに誰かが近づいてきた。
「こらっ、ヘレーネ少尉!」
見れば、ヘレーネ少尉と同じくらいの年頃の女性士官だ。なぜか異様に不機嫌な顔でヘレーネ少尉をにらみつけている。
「なーんだ、カルラじゃないの」
「今は軍事行動中なんだから、ちゃんと階級名で呼ぶ!」
「はいはい、で、フリンツァー少尉、私が食事してることがそんなにご不満で?」
「そうじゃない! あんた一か月も、どこで何をしてたのよ! しかも、男まで連れてきて!」
「男は言いすぎでしょう。この方は海野大尉といって、駆逐艦副長なんだよ」
「はっ! し、失礼いたしました、そのような階級の方とは知らず、ついカッとなってしまって……」
「いや、別に気にはしていない」
「にしてもカミラ、これは一体どういうことなのよ」
「あれぇ? 今は軍務中じゃなかったっけ?」
「んじゃ、ヘレーネ少尉、あんた、この星にしばらくいたって聞いたけど、本当なの?」
「そりゃあもう大変だったんだよぉ。で、こちらの海野大尉がいなかったら私、今ごろ私は海の底だったかな」
「そのまま、魚の餌になった方がまだマシだったかしらね」
「ひどぉーい、こうして生きて帰って来たんだよ。もう少し、感動しないものかなぁ」
「制御不能な暴れ馬がいなくなって、やっと隊長の肩の荷が下りたと思ったら、生きて帰ってくるんだもん。にしても、そんなじゃじゃ馬がひと月も別の星に飛ばされていて、ほんとよく生きて帰ってこられたわね」
「それはもう、私だっていろいろと活躍して……」
「どこかであの『別人格』を発揮して、そのまま相手の船に突撃してドカンとなるかと思ってたのに、そんな手の付けられない暴走マシーンが生きて帰って来たというだけで奇跡よ」
「まあね、そう言うこともあったけど、そこは海野大尉が『フォルシウス少佐』になりきって命じてくれたおかげで……」
「えっ、こっちの人に、あのアニメ見せたの? おまけにその役をやらせるなんて……あんた、やっぱり相当な『ど変態』ね」
「せいぜい『どマニア』くらいに止めてくれないかなぁ。それよりも、久々のソーセージとピザが美味しい!」
どうやらこのフリンツァー少尉というのは、この艦内で主計科を務める女性士官で、八十人の乗員の中でヘレーネ少尉とフリンツァー少尉だけが女性だという。
で、そのうちの一人がここ一か月の間、ずっと行方不明だったというわけで、それがひょっこり帰ってきたことに喜びを通り越して憤りを感じているようだ。
「まさか男を作って帰ってくるだなんて思わなかった……ああ、すいません大尉殿」
「そういうフリンツァー少尉だって、そろそろ誰かいないの?」
「こんな、たわしみたいな男ばかりの艦で、どんな出会いを見つけろって言うのよ」
「それよそれ、その素直じゃない性格が、フリンツァー少尉のダメなところなんだよ」
僕はさっきから何を見せられているんだろう。この二人、仲がいいのか悪いのか、いまひとつはかりかねる。
「まあともかく、こんなど変態の暴れ馬にぴったりな方が見つかってよかったじゃない。これで死ななくても済むかもよ。では海野大尉殿、このじゃじゃ馬のお世話をお願いいたします」
「さっきから馬、馬って、私は獣か!」
「似たようなもんよ。それじゃあね」
そう言いながら、フリンツァー少尉は敬礼して去っていった。これでようやく、ゆっくりと食事ができる。そう思いつつ、辺りを見渡す。
この食事、頼んでからしばらくして出てきたが、奥を見ると何やら機械の腕のようなものがせっせと料理を作っている。乗員が八十人しかいないと聞いたが、炊事、洗濯、掃除などはすべて機械がやってくれている。彼らにとっては小型とはいえ、これだけ大きな艦を絶った八十人という少ない人数で回せるわけだ。
「明日にはいよいよ、嘉出山基地に到着ですね」
僕の任務の一つである基地までの道案内という役目が、明日終わる。といっても、別に何もしていない。ただ下を航行する味方の艦隊についていってるだけだ。
「そよかぜ」は今回も救われた。正直言って、今度ばかりはもうだめかと思った。あれだけの敵航空機隊を前に、生還するのは絶望的としか言いようがなかった。だが、一発の砲声も上げることなく、無傷で帰投できた。
やはり「幸運艦」なのだろうか。ヘレーネ少尉が現れたのも、そして今回、強襲艦をこちら側に連れてこられたのも、全てはあのラヌン島近くにある「大穴」のおかげであり、たまたまそこを通りかかったことで得た偶然の産物には違いない。
が、実態はともかく、幸運艦という評価だけはさらに強くなってしまった。
艦隊が港に着き、僕もヘレーネ少尉も滑走路脇に着陸した強襲艦を降りて「そよかぜ」に向かった。
「おお、みんな生きて帰って来たぜよ!」
出撃した艦がすべて、この嘉出山基地に帰投したことに、基地の皆が歓迎して迎える。と同時に、現れた強襲艦のその異様な姿に驚きの目で迎える人々。
そんな人たちの間をかき分け、僕とヘレーネ少尉は「そよかぜ」へと向かった。
「ご苦労だった。ともかく、皆が無事に帰りつくことができた」
「はっ、おかげさまで」
「いや、私は何もしとらんよ。ただ、あの人型重機に乗ったお嬢さんに出会い、さらに強襲艦だの駆逐艦だのを呼び寄せただけだ」
上空には、およそ百隻の駆逐艦が並んでいる。ヘレーネ少尉によれば、あれは地球八三九遠征艦隊の一部で、艦名はなく番号で呼ばれている。今見えているのは、駆逐艦四八七一号艦から四九七〇号艦なのだそうだ。あれだけ大きな艦だというのに、名前がついていないとは……言われてみれば、あの強襲艦にしても二番艦などとそっけない名前で呼ばれていた。もっとも、乗員の間で勝手に名前を付けられることも多いという。ちなみにあの二番艦は乗員の間で「カルトッフェルシュプロッセン」と呼ばれているらしい。彼らの古い言葉で「ジャガイモの芽」という意味だそうだ。なんでも、毒のあるジャガイモの芽を乗せた艦という意味を込めている。当然、その毒とはヘレーネ少尉のことらしいが。
「さて、我らはこれより皇都へと向かうことになった」
「皇都に帰投ということは、もうスラブ大帝国との決戦をやめる、ということなのでしょうか?」
「軍令部からは何も言ってこん。が、そういう意味なのは間違いないだろうな。正直、同じ星の者同士が、こんな地表で戦っとる場合ではなくなってしまったからな」
「その通りです、艦長」
艦長も時代の変化を感じている。もはや海の上や航空機で戦う時代は終わりを告げたと、上空に浮かぶ宇宙からやってきたという艦が並ぶ光景で、嫌でもわからせられる。
「そうそう、すでに聞いているとは思うが、基地到着と同時に、海野大尉は『そよかぜ』副長の任を解くことになっている」
と、そんな艦長から、思わぬ言葉が飛び出した。
「えっ、副長を、解任ですか?」
「加えて、軍令部よりの命令だ。貴官はこのまま強襲艦に乗り、宇宙へ出てもらう。我が海軍の代理人として、だそうだ」
「は、はぁ……代理人、ですか」
おそらくは、ブロン大尉あたりが進言したんだろうな。戦闘さえ起らないと分かれば、「そよかぜ」に副長がいなくとも十分この駆逐艦は運用できる。それよりも、軍令部としては僕に彼ら、すなわち宇宙から来たあの灰色の艦を動かす連中を観察し、その情報を伝える役目を担う者を欲していると見える。そういう役目にもっとも適任と思われるのが、僕というわけだ。
「そうそう、本日付けをもって、貴様を少佐に任ずるとの辞令も来ている。まさかその宇宙に、尉官を向かわせたとあっては示しがつかんと思ったからだろう。よほど慌てて出した辞令のようで、つい今朝方、偵察機でこの基地まで運ばれてきたよ。まあ、そういうわけだから、新たな時代のため頑張ってくれ、海野少佐」
そう言いながら、君島艦長はその辞令の証書と、軍服につける少佐の階級章を僕に渡す。
「はっ、ありがたく頂戴いたします。ところで艦長」
「なんだ」
「これまで、本当にお世話になりました」
「いや、こちらこそだ。貴様がおらんかったら、この艦などとうに海の底で、魚の住処にされていたことだろう。まあ、おかげで『幸運艦』という呼び名を最後まで残せたがな」
笑いながらそう言うと、君島艦長は敬礼し、「そよかぜ」の方へと戻っていく。そんな艦長を敬礼しつつ見送る僕の背後から、僕を呼ぶ声がする。
「海野少佐っ」
振り返れば、ヘレーネ少尉だ。そういえばこいつ、いつから背後にいた?
「『そよかぜ』の人たちにお別れを告げてきたんですが、ちょうど艦長が少佐とお呼びしてたので、ああ、昇進なさったんだなぁと」
「まあな。もっとも、無理やりではあるがな」
「いやあ、そんなことないですよ、海野大尉、じゃなかった、海野少佐。少佐がいなかったらこの基地の人たちも『そよかぜ』も、そしてこの皇国の人たちの多くの人が亡くなっていたかもしれないんです。私はただ、人型重機を海野少佐の言うことを聞いて動いてただけですから、それらの功績はすべて少佐にあります」
そう話すヘレーネ少尉だが、もっともその分、スラブ大帝国の大型艦艇や潜水艦を沈め、航空機も多数堕とした。あちら側は多数がなくなる結果となったわけだから、人の命を救ったという実感はほとんどない。
「というわけで、海野少佐」
「なんだ」
「行きましょうか、宇宙へ」
そういいながら、ヘレーネ少尉は右手を差し出してきた。まさか、手をつないで歩けというのか? そんなこと、軍服姿のままでできるわけないだろう。
と思っていたが、基地のあちこちではなりふり構わず抱きしめ合う男女の姿が何組も見える。もう会えないと覚悟していた人と再会できた喜びに、感極まって互いを確かめ合うように身体を寄せ合う。それを見てしまうと、手をつなぐことなんて、大したことないな。
僕は、ヘレーネ少尉の右手を取る。そして手を握ったまま、強襲艦へと向かった。これまでの戦友と共に、この先の新たなる時代を見るために。




