#17 援護
大きな扉が開き、その中に人型重機が入り込む。中には、ぎっしりと人型重機が五体並んでいるのが見える。そのまましばらくの間、待機するよう言われる。
「緑ランプ点灯よし! 海野大尉、ハッチ開きます」
どうやら、この広い室内に空気が満たされるまで待たされただけのようだ。僕は開いた風防ガラスから重機から降りると、ふわっと身体が浮かび出すのを感じる。
「うわっ、なんだこれは!?」
「ああ、そうだった! ここ無重力領域なので、気を付けてください。あのドアまで、一気に飛びますよ」
そういって彼女は僕の手を握り、ふわっと浮かび上がって扉の方へと向かう。僕はなすがままだった。
妙な気分だ。まるで落下しているときのような感触だな。胃が逆流しそうだ。身軽さとは引き換えに、不快感も伴う。
が、扉を抜けると、急に体に重さが戻り、普通に立てる場所だった。そこでは、身体が浮かび上がったりはしない。
「ここでは人工重力によって、こうして床に立つことができるんですよ」
と、ヘレーネ少尉が解説してくれるが、その人工重力とやらが何のことだか分からない。つまり、先ほどの無重力というのが宇宙では普通のことなのか?
「あ、そうだ、急いで艦長に会わないと。エッガース兵曹長!」
扉を抜けると同時に、ヘレーネ少尉はそこを歩いていた整備兵らしき人物に声をかける。
「ヘレーネ少尉じゃないか、お前、生きてたんだな。一か月もの間、いったいどこにいたんだ?」
「はい、何とか助けられまして……っと、それどころじゃないです、艦長につないでもらえますか!?」
「それなら、そこの電話機を使いな。ところで、後ろにいる方は?」
「後で話します、ちょっと今、急いでるので! あ、そうだ、私の機体のビームとシールド、すぐに補充してください!」
「は? すぐに発進する気かよ」
「とにかく、大変な事態が起きてるんです! 急いでください!」
そう言い残すと、少尉は電話機らしきものをつかむと、こう話し始める。
「格納庫より艦橋、ヘレーネ少尉です。艦長をお願いします……あ、シュトルツァー艦長、この辺りに航空機の残骸がありますよね?」
『承知している。なぜかこの地点で異常なまでに質量変化があるため、調査のためにやって来たところだ』
相手はどうやらこの艦の艦長のようだ。その艦長に向かって、妙なことを言い出す。
「この辺りにおそらく、ワームホール帯があるはずです」
『ワームホール帯?』
「私たち、そこをくぐってきたんです。その先では今、戦闘が行われてるんですよ」
『ちょ、ちょっと待て、何を言っているのかわからない、直ちに艦橋へ来い』
まあ、これでは何を言っているのか分からんだろうな。こちらも、今の状況を理解することに精一杯なくらいだ。ましてや、今来たばかりの艦の人に、我々の身の上のことなど分かるはずもない。
「ちょっと急ぎますよ、海野大尉」
「あ、ちょっと待て、どこへ向かうつもりだ!?」
「艦橋です。この通路の先にあるんですよ」
といって、小走りに艦橋に向かって走る。その先に分厚い鉄扉があり、ヘレーネ少尉はそこを開いて中に入る。
「失礼します!」
「おお、ヘレーネ少尉、一か月ぶりになるか。それにしても、よく生還できたな」
「はい、こことは違うところにいましたので」
「ところで、その後ろの者は?」
「それも含め、説明します。が、緊急を要することなので、手短になりますが」
そこでヘレーネ少尉は「そよかぜ」に降り立ったこと、我々の戦争のこと、そして今、まさに艦隊が壊滅の危機にさらされていることを話した。
「直ちにワームホール帯を抜けて、ラヌン島海域へ向かいたいんです。でなければ、大勢の人の命が……」
「ああ、わかったわかった。で、不活性のワームホール帯がこの大量の機械の残骸の中に紛れていると、ヘレーネ少尉はそう言いたいんだな?」
「おっしゃる通りです、艦長」
「だが、我が艦一隻で向かって、どうにかなるものか?」
「ここには十機の人型重機がいます。これだけいれば、きっと大丈夫です」
「それはその、スラブ大帝国という国の航空機を叩き落とす場合の話だろう。まあ、今さら貴官が空母や戦艦、多数の航空機を落としたということについて、咎めるつもりはない。通常ではワープ不可能な機体が、いきなり知らない星の表面に放り投げられてしまった。そこで和ノ国皇国海軍の指揮下に入ることは、生存上、致し方ないことだ。が、我が艦が向かうとなれば、話は別だ」
「と、言いますと?」
「皇国だろうがその大帝国だろうが、連合側の艦としてはどちらかに肩入れするというわけにはいかない。だから、大軍側の航空機をバタバタと堕とすわけにはいかないだろう。それが、連合側の軍規というものだ」
「それでは、今そこで大軍に飲まれて死んでいく人たちを見捨てよと、そう艦長はおっしゃるのですか!?」
「う、うーん……」
かなり苦慮しているな。言ってみれば、ここの艦長の立場は中立国側と同じだ。戦闘を停止する義務はないし、どちらかに肩入れするわけにもいかない。相手を落とさず、作戦を諦めさせる。そんな芸当を、いくら途方もない戦力を持つこの艦と人型重機十機といえども可能かと言われれば、難解と言わざるを得ない。
スラブ大帝国は、簡単に脅しに屈するような国ではない。僕は口を開く。
「艦長のお気持ちは分かります。我ら皇国海軍は、死力を持って戦うことでしょう。そのことに、悔いを感じるものはおりますまい。ですが、ただ一つ、小官がその場に居合わせられないことが悔やまれてなりません」
僕は自身の気持ちを伝えるにとどめた。彼らに難しい決断を促すのは忍びない。だから僕は、自身さえ自身の世界に返してもらえたならそれでいいと、そう思っていた。
「ダメですよ、海野大尉! 諦めたら、そこでこの戦いは負けて終了ですよ!」
いちいち心に刺さることを言うやつだな。だが、無関係な彼らを巻き込むというのもまた、筋違いだ。僕はその筋の方を通すことにした。
しかしだ、意外にも別の人物が口を出す。
「ステルツェル艦長、二番艦人型重機隊隊長、ブロン大尉、意見具申」
今、隊長と言った。つまり、ここの十機を指揮する指揮官が、艦長に意見具申を求めてきた。
「具申許可する。なんだ」
「連合軍規、第五十三条の規定によれば、発見した地球上での戦闘行為を止める行動を取るよう定められてます。発見された地球で戦闘が行われていると知った以上、それを止める義務があるのではありませんか?」
「そんなことわかっている。だが、それが強襲艦一隻では困難だから困っていると、そう言っているに過ぎない」
つまり、我が艦隊を助けに向かうべきだとこの隊長は言う。が、艦長はそれが困難だという。そのやり取りで、時間ばかりが過ぎていく。
今、戦場はどうなっているのだろうか。僕は我が艦「そよかぜ」が、そして艦隊がどうなっているかが知りたい。
腕時計を見る。予定ならば、十四時ごろには攻撃隊が到達し、艦隊への攻撃が始まる。今、時計の針は十三時四十分を指している。
あと、二十分ほどしか猶予はない。
「いえ、簡単な方法が一つ、ありますよ」
ところがだ、この隊長は艦長に、あっさりとこう言ってのけた。
「簡単な方法? そんなものがあるのか」
「ええ、ちょうど三番機が返ってきたからこそ使える兵器が一つ、あります」
「まさか……」
「そうです。眩光弾です。あれならば、レーダーも視界もふさいでしまう。おまけに、強烈な大爆発が起きたと勘違いするでしょうから、そのスラブ大帝国の空軍とやらも引き返すのではありませんか?」
奇妙な兵器の名前が出てきたぞ。眩光弾だと? なんだそれは。
「そうでした、そういえば私の三番機だけレールガンがついてるのって、それが理由でしたよね」
「我が艦でレールガンを搭載する機体は一機。それが返ってきたというのも、何かの導きなのかもしれません。で、あれば、すぐにでも向かうべきではありませんか?」
その隊長とヘレーネ少尉の言葉を聞いて、艦長は決断する。
「観測員」
「はっ!」
「この近辺に、ワームホール帯の反応はあるか?」
「はっ、正面、およそ距離十キロの地点に、未知のワームホール帯があります」
「分かった。直ちにワープ準備だ」
「しかし、未調査のワームホール帯ですよ?」
「ヘレーネ少尉と、その海野大尉という人物が行って、帰ってきた場所だ。すでに未知ではあるまい。ならば我が艦は連合軍規五十三条に則り、停戦と人命救助を行う」
「はっ! ではこれより、ワープ準備に入ります!」
「それから副長、整備科に伝達、眩光弾を三番機のレールガンに取り付けよ、と」
「はっ、了解であります!」
「では海野大尉、だったか。これより我が艦は、人命救助という名目で発進する。貴官も三番機に同乗し、我が作戦の立会人になっていただきたい」
「はっ、承知いたしました!」
ギリギリだが、動いた。なんだかよくわからない兵器だが、その眩光弾というやつを使い味方を援護してくれるという確約を取り付けることができた。
そして我々は、格納庫へと向かう。
「ヘレーネ少尉に、ブロン大尉殿」
「はい」
「なんでしょう?」
「いや、我が艦隊のため、説得し知恵を出してくれたこと、礼を言う」
「何言ってるんですか。私にとっては、同じ釜の飯を食った人たちですから、助けるのは当然です」
「こちらも、連合軍人としての責務を果たしただけだ。礼を言われるほどのことではない」
などと謙遜する二人だが、特に隊長の方はどことなく恥ずかし気な顔だな。
僕はヘレーネ少尉と共に、三番機に乗り込む。左腕を見ると、何やら細長い魚雷のようなものが取り付けられている。その魚雷状の物体と腕の間には、四角形の台座がある。
まさにそれは、いつもこのレールガンが放ってきた、あの四角い鉄の塊と同形状のもの。ああ、本来はこういう使われ方なのかと知る。
そんな機内で待機する中、ワープというやつが始まる。
『超空間ドライブ作動、ワープ用意!』
『ワープ開始せよ』
『はっ! ワームホール帯突入、ワープ開始!』
何やらガタガタと揺れたかと思うと、そのワープとやらが行われたようだ。正面の画面に、この艦の外の様子が映し出されている。
見えた。我々がいた海域だ。高度はだいたい五千メートルほどだろうか。
そして、正に攻撃機がその真下を通り抜けようとしている。
予定より、かなり遅れているな。とっくに艦隊にたどり着いていてもいい時間だが、もしかすると、空中に空いたあの穴のおかげでしばらく様子見をしていたのかもしれない。ともかく、間に合った。
『十隻の艦隊とやらを発見した。まだ、大編隊到達前だったようだな。これよりその和ノ国皇国海軍艦隊の上空に達し、先回りする。そこで一番機、三番機をそれぞれ射出、作戦を実行する』
「三番機、了解であります」
『一番機、了解』
隊長機と、この三番機だけが発艦するようだ。だが、たった二機でいいのか? それに、さっき言っていた眩光弾とは何か?
『予定地点に到達した。二番艦、用意、用意! 降下、降下、降下!』
後方に開いた大きな扉から、まずこの三番機が飛び出す。猛烈な勢いで飛び出す。同時に、この艦の前側からももう一機、射出されてきた。同じ機体ではあるが、確かに左腕にレールガンはついていない。あれが隊長機というわけか。
『強襲艦から一定距離離れたらすぐに、眩光弾を発射せよ。あと、いつもの癖を出すんじゃないぞ』
と、そこに隊長機から無電が入る。それに対し、ヘレーネ少尉がこう答える。
「大丈夫ですよ。そういうときのために海野大尉がいるんですから」
それを聞いたあの隊長が、無電越しに大声で笑いだす。
『はっはっはっ、やっぱりお前ら、もうそういう関係だったのか。そいつはおめでとう』
この隊長、戦場の真っただ中でなんてことを言い出すんだ。ちょっと想像が飛躍しすぎていないか? だがもちろん、否定はできない。
「では眩光弾、発射します。目標、スラブ大帝国大編隊目前!」
『よし、視界クリア、攻撃用意よし』
するとヘレーネ少尉はこの人型重機の左腕の、あの魚雷状の物体を前方に向ける。
「攻撃始め、眩光弾発射!」
狙いも定めずに、真正面に向けてその眩光弾という弾を発射した。一体、あれは何なのだ?
「ちょっと眩しいのが来ます。大尉、目のあたりを覆っててください」
眩しい? ああ、そういえば爆発がどうこうと言ってたな。僕は言われた通り、軍帽で目のあたりを覆う。
が、想像以上の光が、その弾からは放たれた。
爆発なんてものじゃない。あれじゃまるで、地上に現れた太陽じゃないか。
パッと強烈な光を放ったかと思うと、大編隊の姿が見えなくなった。あれを直視すると、確かに目をやられそうだ。慌てて僕は目を覆う。
覆いながらも、電探の画面を見る。が、そこに現れたのは、巨大な塊のような丸い影。ちょうどあの光のある辺りで、巨大な円が描かれている。
「眩光弾というのは、強烈な光と雑電波を出すことで、視界とレーダーを無効化させるものなんです。ものすごい光ですが、爆発力自体は大したことないんですよ。あれは主に、撤退する際の目眩しに使うための兵器なんです」
ああ、だから眩光弾というのか。光で目も電探も眩ませる弾、というわけか。
しばらく光り続けた眩光弾だが、やがてそれは消えていく。まるで照明弾のようなものか。電探も復帰し、敵の編隊を捉える。
さすがの敵編隊も、反転する。あれほどの光を見せつけられたら、逃げるしかない。どうやら退却に転じたようだ。
一方の味方も例外ではない。電探も効かず、味方の援護機もあまりの眩しさゆえに、引き返していった。
で、上空に残ったのは二機の人型重機と、それを運んできた全長が百五十メートルほどの強襲艦だけだ。
『みなさーん、私、帰ってきましたよーっ!』
それからヘレーネ少尉の操縦する人型重機の三番機は、拡声器で呼びかけつつ「そよかぜ」の甲板に着艦する。が、それ以外にもう一機、人型重機が現れてその隣に着艦した。皆の目線は、そちらに集まる。
「副長、あの人型重機はなんだ? それにさっきの光と、上空に浮かぶあの飛行船のようなものは」
「艦長、それについては私もまだよくわからない部分が多いですが、ともかくあれに攻撃の意思はありません。で、もう一機の機体の操縦士がこちらの艦隊司令に話がしたいとのことで、取り急ぎ『そよかぜ』に降りてきました」
「そ、そうか。分かった。そのもう一体の操縦士を、艦長室へ通せ」
「はっ!」
艦長も、いきなりヘレーネ少尉以外の人型重機に乗った人物に会わされるはめになった。しかも、艦隊司令との面会を希望している。その仲介役として、艦長が選ばれてしまった。僕が同じ立場だったら、胃が痛くなる。
「あ、そうだ、副長も同席するように」
と思ったら、やはり僕まで巻き込まれてしまった。胃が痛い。
「私は第二強襲艦隊、強襲艦二番艦で人型重機隊隊長を務める、ブロン大尉と申します」
「小官はこの駆逐艦『そよかぜ』艦長、君島少佐と申します」
「まずは、我が重機三番機パイロットであるヘレーネ少尉を保護していただいた件、お礼申し上げたい」
「いえいえ、こちらこそ、ヘレーネ少尉がいなければ今ごろ我々は、海中に沈んでおりました」
序盤でお礼から入るあたりは、この隊長の人の度量の大きさを感じる。異なる世界の、しかも戦闘艦上だ。敵か味方かもわからない。しかし、絶大な力を持っている人型重機を十機束ねる隊長だ。これくらいの余裕があって、当然なのだろう。
が、続いて艦長に対し、ど直球な要求が成される。
「我々は、あなた方の撤退を望んでいる」
これには艦長も、どう答えていいか分からないときた。僕も同様だ。そんな話を、旗艦でも指令がいるわけでもないこの「そよかぜ」艦内でされても困る。
「我々は軍人であり、皇国軍令部の命令によって動いている。撤退をするのは、軍令部からの作戦中止命令か、あるいは旗艦沈没による艦隊指揮官の死去によってのみ、行われる決まりです」
「左様ですか。つまりその、軍令部という組織が作戦中止を命じることになれば、この戦いは終わる、と」
「その通りです、ブロン大尉殿」
階級的には上のはずの君島艦長だが、相手はあの空飛ぶ戦闘艦の、その中に搭載された人型重機の隊長だ。たった一機の人型重機が、敵機動部隊を撤退に追いやるほどの力を持つ。それが十機となれば、もはやこの艦隊以上の力を有する人物ということになる。
「つまり、艦隊司令に掛け合うだけでは、撤退することはできないと?」
「我々は、あくまでも軍令部からの命令を実行するのみです」
「ではお聞きしたいのですが、なぜ軍令部は今回の作戦を行っているのです? 無謀な作戦とお見受けしますが」
「作戦の、理由を聞きたいと?」
「そうです。理由がなくなれば、作戦を続行する必要がなくなる。失礼ですが、このままあなた方が前進を続けたなら、向こう側の、スラブ大帝国という国でしたか、その国の航空隊によって全滅させられるのは必須でしょう。もっと別の方法でその目的を達せられるのであれば、わざわざ命を捨てるという選択をせずともよくなるのです。ですから、その理由をうかがっている」
実に正論だが、それができないから困っている。僕はついに口を開く。
「この作戦の狙いは、スラブ大帝国の軍事基地に打撃を与え、少しでも有利な形で和平交渉を行うこと、その一点です」
「和平交渉ですか。ですが、それは軍人ではなく、政治家の領分の仕事じゃないでしょうか。なぜ軍人が、政治的な領分のことまで考慮した作戦立案を行うのです?」
まあ、そう思うのは当然だろうな。僕もそう思う。
「いや、すみませんでした。今は、貴国の事情に深入りすべきところではありませんな。要するに、その満足のいく和平交渉とやらが行えるならば、あなた方はこの戦いをする理由を失う、と」
「はい、その通りです」
「ならばその役目、我らが引き受けましょう」
と、そこで突拍子もない提案がなされた。
「あ、あなた方が、和平交渉の、仲介役をされると?」
「ヘレーネ少尉からも、ある程度は聞いていると思います。我々は千以上の人の住む星、地球を二分し、戦いを続けていると。同じ星の人同士が争い、殺し合うなど、これから先の時代ではむしろマイナスでしかない。その話を知れば、スラブ大帝国とて和平交渉に応じざるを得ない。むしろこれからの宇宙での戦いのため、この地球上すべての国家が団結し、早期に近代化を図らねばならない。そう感じるはずです」
「う、宇宙での戦い、ですか」
「この星には、珍しくワープ可能な場所、ワームホール帯が地上近くに存在します。ということは、宇宙の脅威に対し我々の星、地球八三九よりもはるかにさらされていることになります。となれば、島の基地の一つや二つ、守ることなど無意味だと知るはずです」
「は、はぁ……」
ワームホール帯だのワープだの、おそらく君島艦長は何のことか分からないだろうな。この星の置いて、それは実際にその道を通り抜け、帰って来た僕にしか、今のところは分からない。
「艦隊司令には、小官も説得に同行いたします。この星の人間で、そのワープというものを実際に経験した者でなければ、おそらくは説得力を持たないでしょう」
「左様ですか。それは心強い。ともかく今は、戦いを停止すること。それを最優先で進めたい。同じ星の上での戦いで人命を損ねることこそ、この先の時代にとっては愚かな行為なのですから」
この全長百二十メートルそこそこの小さな戦闘艦である「そよかぜ」の上で語られる、現実的な未来像。それはスラブ大帝国などと戦ってる場合ではないことを痛感させられる。
現実に今、空の上に大きな強襲艦が鎮座している。ヘレーネ少尉は言っていた。あれは特殊な艦であり、通常は「駆逐艦」と呼ばれる、強力な砲を持つ艦が艦隊の大半を占めているのだという。強襲艦とは、人型重機を輸送するための近接戦闘用の艦であり、数としては非常に少ないという。
それで、あの力だ。強襲艦ですらも、あれが数隻いれば我々の星の列強の軍隊が束になってかかっても、勝てる見込みはないだろう。それほどの力を手にしなければ、この先はない。そういう危機感を、僕は感じている。
「さて、行きましょうか。その艦隊司令とやらがいらっしゃる艦へ」
「承知いたしました。では、同行いたします」
その事実を艦隊司令、および軍令部に伝え、最終的には大本営に内閣まで動かす。戦いを終わらせるための「戦い」が、今まさに始まった。




