#15 大作戦
「えっ、ラヌン島攻撃を、再び実施すると?」
「そうだ。昨夜の大本営での御前会議で正式決定した」
嘉出山基地へ到着して三日後のこと。あの戦艦「ほうらい」以下、主力艦の大半を失ったラヌン島沖海戦と同じ作戦を、再び軍令部が提案し、大本営が承諾した。いくら敵の高速戦艦を手に入れたとはいえ、あの時よりも大幅に少ない戦力しかない現状で、再び同じ作戦を行うのは、どう考えても無謀というものだ。
「無謀は承知の上だ。が、何の条件もなしに、敵が和平交渉にのってくるはずもない。何らかの決定的な勝利がないと、この戦争を終結させることができないというのが大本営および陛下の御決断だ。我らはその作戦成功に向けて、全力を尽くすしかない」
と、集められた艦長、副長らを前に、嘉出山基地司令はそう訓示する。すでにこの三日の間に、我が「そよかぜ」に続いて海軍の主要艦である巡洋艦「なち」「はぐろ」「じんらい」、駆逐艦「まいかぜ」「あさしお」、旧式戦艦「いくしま」「やぐも」、そして拿捕したヴァリャーグ級戦艦、改め戦艦「あまぎ」の計九隻が集結した。
さらに今日、まだ進水したばかりの航空母艦「きぬがさ」が到着する。海軍の航空隊からは選りすぐりの二十五機を搭載する。十隻の艦隊に、潜水艦「はるさめ」「なつくさ」が随行することになっている。
出航は、二日後。五日の行程を経てラヌン島に到着し、その軍事基地を叩く。
と、簡単に言ってくれるが、前回よりも明らかに戦力としては少ない。唯一、「そよかぜ」に乗る人型重機だけが、前回の戦いにはなかった戦力だ。
とはいえ、ヘレーネ少尉の人型重機が加わった程度で勝てる気がしない。これに陸軍も戦闘機三十、爆撃機四十機を投入するというが、敵はおそらくこちらの倍以上の戦力で攻勢に来るだろう。
「えっ、ラヌン島攻撃ですかぁ?」
その日のうちに、僕はヘレーネ少尉に作戦の話を伝える。海軍の総力を挙げての作戦となるとも伝えた。が、どうも今一つ、とてつもない作戦だという実感がないようだ。
「今までは運よく、敵の大攻勢を避けられた。が、さすがに敵の主要基地攻撃となれば、これまでの比ではないほどの攻撃が想定される。封印したビーム砲、および人型重機のすべての兵器を使い切っても、勝てる見込みはほとんどないだろう」
「ええーっ、そ、それじゃあ、死にに行くようなものじゃないですか!」
「命令である以上、拒否はできない」
「で、ですが、頑張れば最初の戦いのときのように、生きて帰ることだってできるんですよね?」
「作戦中止命令が出された時点で生き残っていれば、だがな。しかし、我が艦『そよかぜ』は最前面に立たされる」
「えっ、そうなんですか?」
「それだけ、あの人型重機に期待がかかってるということだ」
そう、今までは駆逐艦の中でもあまり目立たない存在だった。いや、「幸運艦」とは呼ばれていたものの、逆に言えばそれほど戦果を上げていた艦というわけでもなかった。が、ヘレーネ少尉と人型重機という、この世界では無類の最強兵器を手にした。これにより、「そよかぜ」の存在が一変する。
敵機動部隊一つに匹敵する艦、それが今の「そよかぜ」の立場だ。
このため、出港までの二日間は作戦会議や机上検討など、忙しい日々が続く。無論、あの人型重機の投入が前提だ。
で、結果として立案された作戦は、以下のようなものだ。
まず、人型重機でラヌン島周辺を探索し、敵機動部隊を発見し次第、大型艦、特に空母を中心に破壊する。
その上で、ラヌン島に接近、攻撃を加える。陸海軍の航空機隊による共同作戦で、さすがの敵も大打撃を追うことになる。可能ならば、そのすぐ後方にある大型機用の滑走路が整備されたダンガラ島基地にも打撃を与える。
その上で、西方国の中でも比較的、我が国と友好関係にあるアストリア連邦王国に仲介を依頼し、和平交渉を進める。
スラブ大帝国は謎の現象によって多数の艦艇を失っており、その上で前線の重要拠点に大打撃を与えることができたなら、有利な条件で交渉が進められる。
と、ほぼ後半は作戦とは関係ない話で終始する。そんなにうまくいくものなのかねぇ、と軍人の僕ですら思う。それ以前に、どうして軍人がそんな政治的なことまで考えなければならないのか? 和平交渉など、内閣の仕事だろうに。
それにスラブ大帝国が、たかがいち軍事拠点を失ったくらいのことで、和平交渉に応じるとは思えない。たとえ応じたとしても、それは時間稼ぎだ。工業力が我が皇国の十倍の大帝国ならば、機動部隊の一つや二つ、ものの三か月ほどでそろえることは可能だろう。今回の作戦が、さほど大きな影響力を持つとは考えられない。
結局、政治屋どもの盾にされるのか。
士官学校を目指したころは、祖国のため、陛下のためと意気揚々であったが、このところ我々軍人の疲弊具合はかなりのところまで来ている。
一年前にも、前線視察と称してやってきた元帥閣下を、敵の奇襲によって失った。そして三週間ほど前には乾坤一擲とばかりに仕掛けた前回のラヌン島攻撃作戦で、我が皇国の機動部隊のほとんどが失われて、最大の戦艦である「ほうらい」をも失った。三千名の将兵らと共に。
結局のところ、国は僕らに死ねといっているのか。ならば、僕らは何のために戦っているのだろう。安全なところから絵空事を述べて、前線視察にも来ない、和平交渉すらしない我が国の政治家たちに腹立たしさすら感じる。
が、命令を受けた以上、出撃するしかない。
「出港用意! 錨上げ!」
あっという間に二日立ち、「そよかぜ」の錨が引き揚げられ出撃する。ここから、五日の行程で敵の最前線基地を目指す。
その手前まで来たところで、敵機動部隊の猛攻を受けて作戦中止になった前回の反省を踏まえ、まずは機動部隊の探索から開始される。
「人型重機、三番機、発進します!」
出航の三日後、いつものようにヘレーネ少尉と僕は「そよかぜ」の後部甲板から出撃する。敵基地まで、あと七百キロ。高高度に上昇した人型重機は時速二百キロで敵基地周辺を探索する。
「……やはり、見当たりませんね」
そう、ここのところ毎日、出撃しているのだが、敵機動部隊が全く見当たらない。
「妙だな。どういうことだ? まさか、出撃させる艦艇がなくなったとか、そんなわけでもないだろうし」
「今日は、基地のあるラヌン島まで向かってみます」
いつもは手前で引き返すが、もう七百キロにまで迫っている。時折、敵潜水艦を発見しては迎撃するものの、取り逃がすことが多い。つまり敵はすでに、我々の位置を把握しているはずだ。
にもかかわらず、敵は一隻も現れない。
こんな奇妙なことは、初めてだな。
「自動航行モードに入りました。三時間ほどで、ラヌン島上空付近に差し掛かります」
高度二万メートル、我々の航空機では絶対に到達できない高さを飛んでいる。空気が薄いと、空が暗くなる。そんな事実を、僕はすでに何度も目の当たりにした。
下に広がる海面や島は明るいのに、空が夜空のように暗い。奇妙な光景だが、そういうものだとヘレーネ少尉は僕にそう言い放っただけだ。これよりも高いところを飛ぶための機体だというから、こんなのは特に不思議でもなんでもないのだろう。
「さて、あと三時間もありますし、何かお話ししましょうか」
「そうだな、貴様……貴官は出港前に、多くの兵員たちと会話していたようだが」
「はい、海野大尉が毎日忙しいので、他の人に頼んで食堂に連れて行ってもらったんです」
「そうなのか?」
「あ、別にいかがわしい理由なんてありませんよ! ただ単に、この国の人たちってどういう人たちなんだろうと、そう思っていろんな人と話をしてたんです」
「そういうことか。で、何か得られたことはあったか?」
「よく知らない文化をお持ちのようで、神棚には陛下直筆で書かれた御神体の名が祭られていて、毎朝祈祷しているだの、食事の時は手を合わせていただきます、と掛け声をしてから食べたり」
「なんだ、貴官が知らないだけで、『そよかぜ』でも同じだぞ」
「えっ、そうだったんですか?」
「士官食堂では西方文化な食事が多いせいか、そういうことをやらないというだけで、兵員食堂へ行けば普通にやっている。それに、艦橋後部に神棚が設置されており、部隊ごとに毎朝、戦勝祈願をしている」
「あらら、そうだったんですね。でも、それ以上に分かったこともありまして」
「なんだ、分かったことというのは」
「なんていうか、人ってどこに行ってもあまり変わらないんだなってところですかね」
「ほう、そんなものか?」
「はい。若い兵員さんだと、故郷に恋人や妻を残してきたと、そう語る人が多いですね。写真も見せてもらいました。なんだかちっちゃくて可愛い方ですねと言ったら、お前が大きすぎるんだ、と言われてしまいました」
まあ、確かにヘレーネ少尉は背も高く、ついでに胸も大きい。体格は我々からするとかなり大柄な女性だ。
「でも、その恋人や奥さんの話をいじると、ちょっと恥ずかし気な顔で、それでも嬉しそうに語るんですよ。うーん、やっぱりこっちの人でも愛情って、生きる支えなんだなぁと感じたんですよ」
なんて話をしているのやら。でもまあ、ヘレーネ少尉らしいといえばらしい。人の心にすーっと入ってくる感じの話ぶりというか、そんな雰囲気がある。「そよかぜ」でもそうだが、なぜか彼女と会話すると皆、雰囲気が和む。
男ばかりの船の中だからこそと思ったが、地上の食堂となると女学生らが護国奉公と称して食堂や洗濯場などの手伝いに駆り出されているから、女性が珍しいというわけではない。ちなみに、その奉公に来ている女学生たちにも話しかけていたという。
「いやあ、それがですね、米子さんという方が「そよかぜ」の砲雷科にいる中杉兵曹長に一目惚れしたらしくてですね、話す機会がないかと聞かれたんで、私、引き合わせちゃったんですよ」
「なんだって? おい、これから戦場に向かう兵士と引き合わせてどうするんだ」
「えっ、ダメですか?」
「当たり前だ。生きて帰れないかもしれない者と引き合わせるなど、どうするつもりだ。その米子という学生が悲しみに暮れる有様を想像しなかったのか?」
僕はつい、ダメ出ししてしまった。いくら幸運艦の「そよかぜ」と言えども、生きて帰れない者は出ている。ましてやこれから厳しい戦いに出向く者を引き合わせてどうするのかと。が、ヘレーネ少尉はこう反論する。
「なればこそですよ、大尉。私、両親が交通事故で亡くなったって話したじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
「実はその前日に私、両親と喧嘩したんです」
「喧嘩?」
「はい、進路先を聞かれて、軍大学に行って人型重機パイロットになると話したら、お父さんからこっぴどく怒られたんです」
「そうなのか? でも、なぜ」
「命の危険をさらす軍人などにならずとも、もう少しマシな選択肢があるだろう、と。何を言って聞かなかったんです。それで私、頭にきて夕飯もそこそこに自室にこもって、そのまま親と顔を合せなかったんです」
「そういえば、貴官のいた世界では、軍人になること自体にそれほど名誉を感じることはないと、そういう価値観だといっていたな」
「そりゃそうです。わざわざ戦闘で命奪われる職業になりたいだなんて、両親からしてみたらとんでもない話だと思うでしょうね。でも、それが私と両親が、最後にした会話だったんですよ」
人の事情とは、それぞれだ。が、まさかその翌日に、両親と死別するなどとは思ってもいなかっただろうから、それだけ落胆も大きかったのだろう。
「翌日の夕方に、知らせが届いたんです。両親が、暴走車に巻き込まれて死んだって。だから私、両親とは喧嘩別れしたままなんです。永遠に。だからあの時もう少し、カッとならずにもう少し根気よく、説得してみればよかったなと後悔してるんです」
「そうか、そんなことがあったんだな」
「だから私、たとえこの戦いで死ぬかもしれないと分かってたとしても、いや、この戦いで死ぬ覚悟を持っているからこそ、合わせたんです。でないと、それは取り返しのつかない後悔をする羽目になります」
言われてみれば、僕も明日か明後日には死ぬかもしれない。そうなれば、自身の本心を告げられなかったという後悔が残る。それは、思いを告げた後悔より重いというのがヘレーネ少尉の感情のようだ。
などと話しているうちに、敵地上空に差し掛かった。下には、大きな島が見える。あれがラヌン島だ。その海岸沿いには基地があるはずだ。地上はうっすらと雲がかかっているが、それでも基地の様子を探るのには支障はない。ヘレーネ少尉が、地上に向けて拡大映像を映し出す。
「本当に大きな基地なんですね。立派な建物が見えます。その横には……滑走路ですかね……って、ええーっ?」
その滑走路の脇を見て、僕もヘレーネ少尉も、一気に戦慄を覚える。
「おい、あれは……」
「はい、航空機です。それも……えっ、あれ、何機あるんですか!」
地上近くまで下りると、電探で探知できるという。そこで、一気に高度を五千メートルまで下げた。
「き、機数はおよそ四百、格納庫に収められた機体もあると考えられるので、それ以上の航空機隊がここには集結しているものと思われます」
「大きさはどうだ?」
「一回り大きな機体、おそらく攻撃機と思われる機体が半分以上を占めております。他にも、港には戦艦や駆逐艦が多数、存在します」
どうやら、機動部隊の発進を取りやめたらしい。うかつに海に出ると、それを一撃で仕留める兵器があることを彼らも重々承知し始めたからだ。だから、敢えて地上に航空機隊を集結させて、我々がこのラヌン島に迫ってくるのを待っていると見える。
その手があったか。この様子だと、おそらく近傍のダンガラ島にも、大型爆撃機ポリカーレフ二十七をはじめ、中型の攻撃機であるポリカーレフ十五なども控えている可能性が高い。
空母では不利とみて、地上のみの航空機隊発進に切り替えたというわけか。考えてみれば、我々は陸上の拠点に向かっているわけだから、わざわざ機動部隊などを用意する必要がない。いつまでも同じ手が通用するとは限らない、ということか。
「大尉殿、いかがいたします? 港にある戦闘艦への攻撃を行いますか?」
「いや、このまま帰投する。戦艦や駆逐艦を沈めたところで、かえって敵を刺激して一斉に発進する可能性がある。その場合、人型重機で艦隊を守ることができなくなってしまう。ここは状況を報告し、作戦変更を具申するしかない」
想像以上の敵の構えに、僕は狼狽した。あんな数では、たとえ陸海軍の援護機が飛来しても、全滅させられるのがオチだ。当然、十隻そこそこの我が艦隊などあっという間に沈められてしまう。
人型重機の持つレールガンではとてもさばききれない。ビーム砲という手段もあるが、そんなものでは焼け石に水だ。今携行しているビーム砲ではせいぜい百か二百を落とせるかどうかだ。その程度の攻撃力では、ダンガラ島からも上がる攻撃機も加味すれば、とてもかなう相手ではない。
どうする、こんな相手。どうやって戦えば、まともにやりあえるんだ。
予想外の敵の備えに、ともかく大急ぎで艦隊に知らせるべく帰投を急いだ。
艦長に偵察の報告を終えた、その日の夜。僕は副長室で就寝しようとすると、扉を叩く音がする。
だれだ、こんな時間に……そう思いながら扉を開けると、そこにいたのはヘレーネ少尉だった。
「どうした。明日の出撃に備え、早く寝ろ。今は寝ることが、貴官の仕事だ」
ところが、ヘレーネ少尉がこう答える。
「あの、眠れないんです」
「眠れない?」
「明日は、未曽有の数の敵と戦うことになるんですよね?」
「そうだな、おそらく明日の昼頃には敵陸上機の防空圏内に入る。となれば、攻撃開始は明日には行われるだろうな」
「ということは、私も大尉も、この『そよかぜ』のみんなも、生き残れないかもしれない。そう思ったら、なんだか眼がさえてしまって」
「気持ちは分かる。が、横になって目を閉じるだけでも疲れは取れる」
「それはそうかもしれませんが、今夜は海野大尉と一緒に寝ることを、許可願えませんか?」
とんでもないことを言い出したぞ。僕は反論する。
「い、いや、その、ヘレーネ少尉、男女が一緒に寝るなど、あらぬ誤解を招きかねないと思うのだが」
「構いません。誤解どころか、既成事実にしても良いと思ってます。その覚悟で私、ここにきてますから」
「き、既成事実って……」
「明日、死ぬかもしれない。だったら、悔いのない形で明日を迎えたいんです。私、何か間違ってますか?」
窓から差し込む月明りだけが、僕と彼女を照らす。今のところヘレーネ少尉はいつもの別人格になったわけでもないが、案外、強引だな。僕は黙って、彼女を部屋に招き入れる。
副長室は空調機があり、他の部屋より涼しい。そんな部屋の中で二人、しばらくの間ベッドの上で座り込んでいたが、ヘレーネ少尉がこう言い出す。
「寝床なのに、座ってばかりもなんですから、寝ませんか?」
というので、僕とヘレーネ少尉は向かい合って寝転がる。とはいえ、このベッドは一人用であり、いくら副長室とはいえ、狭い艦内に作られた細長い部屋の中にあるベッドだ。そんな狭いところで二人が寝転がれば、密着せざるを得ない。
「あの、海野大尉、もっと触れてもらってもいいんですよ?」
「いや、ヘレーネ少尉よ、僕と貴官は男女の間柄だ、貴官は。それでいいのか?」
「だって、先日この副長室で、私は海野大尉とその、なんていうか……一緒になりたいんだなと、そう感じました。その気持ちは、海野大尉も同じだとおっしゃってたじゃないですか。それならいっそ、今夜は……」
それを聞いたら、もうどうなってもいい、なんだか急にそんな気持ちになってきた。僕は思いきり、ヘレーネ少尉を抱き寄せた。
まったく、空調が効いている部屋だというのに、その日は実に暑い、いや熱い夜だった。




