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#11 無人艦

「まもなく、距離二十!」


 相手は戦艦だ。できうる限り接近し、レールガンで攻撃する。

 先日と同様、弾薬庫がある部分を狙う。おそらくは主砲塔の下あたりにそれはあるはずだ。


「攻撃準備、標的は第一砲塔真下」

「はっ! 攻撃準備、第一砲塔真下へロックオン!」

「よし、攻撃……」


 攻撃命令を出そうとした時、僕は映っている映像から、その艦が放つ異様なまでのその違和感を覚える。


「攻撃中止、しばらく様子を見る」

「は、はい、攻撃中止します」


 変だなと思ったのは、甲板上に兵士が一人もいないことだ。戦闘開始前ならともかく、通常航行時だというのに乗員の姿がないというのは異様だ。

 おまけに、煙が薄い。ボイラーに火は灯っているものの、いくら何でも薄すぎる。ボイラーの火が消えかかっているのではないか?


「どうもおかしいな。さらに接近し、様子を見る」

「あの、攻撃されませんか?」

「その時は、シールドとやらを使って避ければいい。構わず、接近してくれ」


 人の気配がない。そういえばこの艦、高速艦というわりには遅い。今は速力五ノットだ。低速巡航時でも十ノットは下らないはずの高速戦艦が、これほどのろのろと航行しているのはあまりにも不可解だ。

 さらに接近し、距離は千メートルを切った。敵からも、こちらが見えている頃だ。普通に考えれば、不明機接近で乗員らが戦闘配置につくため、走り回るのが見えてもおかしくない状況だ。

 が、甲板上には誰もおらず、相変わらずのろのろと進んでいる。僕は双眼鏡を取り出し、艦橋内を見る。

 人っ子一人いない。特に損傷はないようだが、にもかかわらず人の気配がない。

 奇妙なところがあるとすれば、艦の周囲に張られた柵が一部、はぎ取られていることくらいだ。大波でも受けたのか? しかし、それだけでは人がいない理由にはならない。


「なんだか、人の気配を感じませんね」


 距離二百まで接近するが、まったく攻撃してくる気配がない。奇妙だな。どうなっている。

 いつもならば、あの活劇のように自機を「フェルゼンヴァーレ」と呼んで暴れ回るヘレーネ少尉が、平常心を保ったままだ。それほどまでに、攻撃の意思を感じない。まるで無人艦のようだ。


「そういえば、この人型重機には確か、人の気配を感じ取る機能があると先日、行っていたな」

「はい、赤外線センサーのことですよね。私がここに現れた直後、海に浮かぶ生存者を探すときにも使用しました」

「それを使って、あの艦のどこかに人の気配がないか、探れるか?」

「かなり接近しなくてはいけませんが、可能です」

「機銃座にも砲塔にも、誰も見当たらない。攻撃されることはないだろう。構わず接近を続けよ」

「はっ!」


 距離はもう百を切っている。大きな艦橋の楼閣が目前に迫るが、その周囲に配置された機関砲座には誰一人としていない。そこで、艦橋の中を覗いてみる。

 やはり、いないな。赤外線センサーというやつで探索するも、人の気配がないという。


「煙突の下あたりには熱源があるようですが、それ以外には、まるで熱源がありません」

「つまり、体温を持つ人の存在が確認できないと?」

「この程度の鉄板ならば、赤外線センサーとミリ波レーダーで探知できるはずなんですが、人らしきものが見当たりません」

「そうか」


 これほどの最新鋭艦を放棄した? いや、まさかな。いくら物資の豊富なスラブ大帝国とはいえ、戦艦を放り投げるなんてこと、するはずがない。

 まるで、幽霊船だ。


「ちょっと下りてみる。艦橋付近の甲板に降り立てるか?」

「それは可能ですが……まさか、乗り込むんですかぁ!?」

「いくら何でも異常すぎる。乗り込んで、確かめてみるのが一番だ」


 かなり勇気のいる決断だが、ともかく僕は乗り込んでみることにした。


「気を付けてくださいね、大尉」

「念のため、レールガンを艦橋前の第二砲塔下あたりへ向けておいてくれ。もし、隠れた敵兵が攻撃してきたら、砲塔を破壊して気を逸らすためだ」

「わ、分かりました」


 人型重機の左腕の先が第二砲塔のすぐ下に向けられたのを確認すると、僕は拳銃を片手に艦橋の下へと近づく。そこには、扉が一つ、見える。

 この先に、人の気配はない。そう報告したヘレーネ少尉の言葉を信じて、僕は一気に扉を開いた。

 その瞬間、猛烈な臭いが僕を襲う。

 そこにあったのは、倒れた兵士らの姿だ。なぜか首のあたりを抑えたまま、半分腐敗した状態で横たわっている。


『えっ、ちょ、ちょっと大尉、まだ中に入るんですかぁ!?』


 心配するヘレーネ少尉をよそに、僕はハンカチで口元を抑えたまま、奥へと進む。階段にも、数人が倒れている。

 やがて艦橋にたどり着くが、そこには人がいない。通常ならばガラスで覆われている艦橋のうち、何枚かがはがれている。

 どういうことだ? これほどの艦であれば、通常ならば三千人はいるはずだ。それが、腐敗した遺体が七体だけ。さらに上へと昇るが、階段上にもう一体だけ遺体がいただけだった。

 それから砲塔や、船内も見て回る。ところどころ、倒れている遺体を目にするが、いずれも何か息苦しそうな表情のまま首を押さえて倒れている。

 何があったのか、想像もつかない。ともかくここは、無人の船のようだ。生きた人間は、一人もいない。

 ボイラー室にも向かった。四基の大型タービンの内、一基だけが辛うじて火が残っている。重油が送り込まれているようだが、四分の一では確かにこの巨艦を動かすには物足りない。


「一時、『そよかぜ』に帰投し、全艦でヴァリャーグ級を調査する。本当に無人艦ならば、これを拿捕するぞ」

「えっ、これを奪い取るんですか?」

「こんなに大きな艦を捨てるわけにはいかんだろう。我が国には一隻でも多くの艦がいる。しかもこれから五千人もの兵員を輸送するんだ。だから、拿捕できるならそれに越したことはない」


 事情は分からないが、僕はこの艦には一人の乗員もいないことを確信する。一人でもいれば、誰かに遭遇するはずだ。

 で、「そよかぜ」に戻った我々は、すぐにそのヴァリャーグ級戦艦の元へと向かう。艦隊が到着したのは、その日の夕刻頃だ。


「くまなく調査した結果、艦内には七十ほどの兵士の遺体があるだけで、他は全く見当たりません。まるで吸い出されたように乗員が消えております」

「吸い出された?」

「遺体が見つかったのはすべて、艦の奥の方ばかりで、外れた窓がいくつもあって、その周辺には乗員が見つからないので、外に吸い出されたと結論付けるしかありません」

「……そうか、分かった。で、遺体の方は?」

「船舶法に則り、すべて水葬いたしました。敵兵とはいえ、不運に襲われた者と推察されます。皆で敬礼しつつ、一体一体、祖国であるスラブ大帝国の方向へと放ちました」

「そうか、ご苦労だった」


 艦内も乗員らによって清掃されて、あの死臭も海水で洗い流された。にしても、いよいよもって不気味な話だな。これを聞いて僕は、あの軍令部での空中に空いた穴の話を思い出す。まさか、その時に吸い出された船の一隻が今、こうしてこちら側に戻り、無人航行を続けているというのではあるまいな。


「ともかく、この艦は拿捕する。見たところ、まだ重油も残っており、兵員引き上げの際にも使用できる。なによりも、これほどの大型艦ならば、失った『ほうらい』の代わりとなりうるな」

「その通りですね。では副長の命令通り、『そよかぜ』より軍令部へ打電します」


 位置を知られるのを覚悟で、僕は一時、無線の使用を許可してもらい、すぐさま電文を打たせる。暗号電文で送ったのは、次の通りだ。

 「敵戦艦を拿捕、これより予定通り、ダラット島へ向かう」と。

 短い電文で、詳しいことは伝えられない。が、想定外の収穫があったことを軍令部の成島大佐ならば理解してくれるはずだ。

 そしていよいよ、ダラット島へと向かう。ちょうどその夜半過ぎくらいから、霧が出始めたからだ。


「いよいよ、ダラット島守備隊救出作戦を実行する。敵戦艦をも使い、その多くを急いで収容する。全艦、突入する!」


 君島艦長の号令と共に、六隻にまで増えた我が艦隊は一路、ダラット島へと向かう。拿捕したヴァリャーグ級のボイラーは四基すべて点火されて、速力二十ノットまで加速された。


「他に、単艦の航行物はないか?」

「いえ、見当たりません。さすがにこんなきれいな船が無人のまま、都合よく浮かんでることはないですよね?」

「それはそうだが、現にこうしてそんなものが見つかったんだ。もう一隻ぐらいないかと思ってもおかしくはないだろう」

「ですが、残念ながら大型艦の気配はありません。それどころか、敵の姿すら見当たりませんね」


 敵が現れたかと思ったら、無人艦だった。そんなばかげた話、信じられるか。いくら幸運艦と呼ばれた「そよかぜ」とはいえ、引き寄せるものが想定外すぎる。人型重機に続いて、今度は敵の最新鋭戦艦を手に入れてしまった。

 せめて空母ならばとも思ったが、今は戦艦の方がありがたい。救出作戦ともなれば、敵の潜水艦だって哨戒網を張り巡らせているだろう。その時、通りかかったのが味方の艦となれば、見逃してくれる公算も高い。

 こうして、大きすぎる手土産と共に、ダラット島へと到達する。ちょうど周囲は濃霧で、正に手探りで島を目指す。


「見つけました! 海岸線に建物を視認! 皇国旗を掲げてます!」


 本土の陸軍部が、本日正午ごろに我が艦隊の突入を暗号電文で知らせていた。それゆえに、建物の上には大きな皇国旗が掲げられていた。それを目印に、艦隊は大発艇五隻と手漕ぎ船十隻を海岸に仕向けた。

 と同時に、人型重機でヘレーネ少尉と僕は、そのダラット島の海岸に降り立った。

 無論、陸軍兵士たちは驚く。が、その不気味な機械から間の抜けた声が発せられると、兵士たちの動揺は収まる。


『ええと、皇国陸軍のみなさーん!』


 拡声器で響き渡るヘレーネ少尉の声だが、もうちょっと威厳のある話し方はできないものか? まあいい、ともかくここはこれくらい緊張感のない少尉の声の方が、警戒心が緩む。


『まず、武器はみんな、置いていってくださーい! 全員を乗せるための船は用意したので、けが人や弱った人を優先に、沖に停泊中の艦に送り届けまーす!』


 身振り手振りを加えつつ、陸軍兵士らに撤退手順を伝える。その直後に、大発艇と手漕ぎ船が海岸につくと、五千人もの兵士たちが次々とそれらに乗り込む。

 さすがに一度には無理だから、何往復かすることになるが、乗せる先の船があの大型のヴァリャーグ級だ。大型艦だけあって、五千人乗せるには十分すぎるほどの余裕がある。元々は旧式艦まで使って運ぼうと考えていたのだが、そのままでは寒い中を甲板の上で過ごす兵士が出ることになる。この戦艦を拿捕できたことは、本当に幸運だった。

 ものの三十分で、撤退は完了した。霧の中、艦隊六隻は出港する。


「いやはや、まさか戦艦を拿捕して、撤退作戦に使うとはな」


 そう声掛けしてきたのは、ダラット島守備隊司令の小坂少将だ。僕は敬礼し、こう答える。


「いえ、単なる偶然でしたので」

「にしても、あの人型重機とかいうものも引き寄せたというではないか」

「あれも、本当に偶然なのです」

「『そよかぜ』は幸運艦とはよく聞くが、それにしても本当に幸運を引き寄せてくれた。そのおかげで、我が守備隊は祖国へ帰ることができた。陸軍を代表し、礼を言う」

「いえ、まだ戦時下で、皇国にたどり着いてはおりません。皇都に到着するまでは、油断できない状況です」

「その通りだな。帰ってから、また改めてお礼を申し上げたい」


 そう告げると、小坂少将は僕と艦長に敬礼する。少将は内火艇にて旧式戦艦「やぐも」へと向かった。「やぐも」がこの艦隊の旗艦であることも理由だが、あの艦にしか、将官用の部屋がないというのも理由である。

 一応、ヴァリャーグ級戦艦にも広い部屋はあるのだが、敵の艦の将官室に乗せるというわけにもいかず、そこは守備兵たちに明け渡された。


「全艦、出港する! 全速前進!」


 ダラット島守備隊全員の収容を確認した後、直ちにこの場を離れるべく、出発する。まだ、霧は深い。だが、ここはまだ敵の勢力圏内だ。油断はできない。

 ……そういえば、すっかり忘れていたが、あの戦艦を見つける直前に、ヘレーネ少尉は僕に、何かを伝えようとしてなかったか? 艦影が現れて話が途切れてしまったが、何を言いたかったのだろうか。

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