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#10 救出作戦

「どうでしたかぁ!? この回は『神回』と呼ばれるほどの伝説回で、まさにフェルゼンヴァーレの活躍が際立った話なんですよ!」


 気づけば僕は、この「聖戦士フェルゼンヴァーレ」という全二十六話をすべて観る羽目になった。確かに、彼女が絶賛するほどの展開の活劇であった。まさか、あれほど追い詰められた状況から起死回生の一撃で形勢逆転、敵の中枢を叩き、ついに平和が訪れるという内容だった。これは、さすがの僕も熱くなる。


『作戦終了、フェルゼンヴァーレ、サールグレーン中尉よ、直ちに帰投せよ』

『はっ、少佐殿!』


 暗闇から解放され、輝きを取り戻した世界に、ボロボロになりながらもどうにか動くフェルゼンヴァーレを操り、その主役者であるサールグレーン中尉は帰投命令に応じて母艦へと帰っていく。「エンドロール」と少尉が呼ぶ、役者や製作者の一覧が流れながら、胸を打つ音楽が奏でられる。

 とまあ、そんなものをこの軍令部の一室で延々と観させられたのだが、その内容は我が皇国の紙芝居や映画とは比較にならないほどの洗練さ、意外さ、そして感動があった。


「なるほど、人の心を揺さぶるに十分すぎるほどの話であったな」

「でしょでしょ? 数あるアニメの中で、私がもっとも感銘を受けた作品なんですよ。これが今から四十年前に作られた作品だなんて、信じられませんよね?」


 なんでも、彼女の世界にはこの「アニメ」と呼ばれる活劇が星の数ほどあるという。古い作品ということで無料で手に入れたこの作品をみて、彼女はロボット兵器というものに興味を抱き、今に至るとのことだ。

 にしても、こんな作品が数百年もの間、作り続けられてきたという。無数の作品の中で、彼女がこの作品に出合えたのはまさに奇跡としか言いようがなかったと、彼女は語る。にしてもだ、狭い画面を見るために、そのふくよかな胸を僕の腕に押し付けたまま見るのは、なんとかならないものか。


「しかし、これほどの奇跡がそうそう実戦で起きるものではない。いかに事前に準備を整え、戦力を集め、作戦を練りに練り、そして寸分たがわずそれを実行できるかが勝敗のカギを握ることには変わりない。たとえ人型重機という、我々にとっては未知の兵器であっても、だ。その運用を誤れば、味方に大損害を与える結果となる」

「はっ! その通りであります、海野大尉!」

「しかしだな、こんな活劇が他にもたくさんあるといっていたが……一体、どういう世界なのだ、貴様のいた、その世界とは」

「以前にも話した通り、一千個以上の人が住む星、地球(アース)が存在し、それが二つの陣営に分かれて戦いを続ける世界です」

「いや、それは分かる。すなわち戦時下ということなのだろう。そんな中で、よくもこれほどの文化的な活動をする余裕があるな」

「戦時下とはいっても、時々、両陣営の支配宙域を巡って争いが起きる程度でして、四六時中戦っているというわけではないんですよ。私もたまたま、中性子星域の会戦に参加したのですが、それにしたって一年ぶりの戦いでしたからね」


 どうやらヘレーネ少尉の話によれば、戦争というより紛争状態に近いようだ。時折、連合と連盟との間で小競り合いが起き、駆逐艦同士の砲撃戦が行われる。

 人型重機というのは本来、その紛争の主役というわけではないらしい。どちらかというと、敵が現れる場所に自動迎撃する砲台を設置したり、あるいは小惑星という岩のようなものを集めて偽装(ブラフ)を作るなどの工作任務のために使われることが多いという。宇宙においては砲撃戦こそが主戦術であり、奇襲によってその一角を崩すために投入されるのが人型重機の兵器としての役目だということだ。

 とはいえ、うまくいけば敵を瓦解させられるということで、あながち戦術的意味がないわけではない。が、奇襲というやつはリスクが大きい。多くの人型重機が未帰還となることが多いのだという。


「そもそもですね、この『人型重機』という名前が、元々兵器でないことを示してるんですよ」

「だろうな。重機というくらいだから、作業用の機械のことを指すのではないか?」

「ご明察。ですが、宇宙空間での工作活動や奇襲攻撃に有効だということで、その重機だったものを兵器として転用したんですよ」


 だからだろうか、この武骨なまでの外観は、やはりどことなく作業機械を連想させていた。兵装されているとはいうものの、手足がついている意味が今一つ、見いだせなかった。

 が、接近戦や工作兵的な用途を考えれば、この人型の機械を用いた兵器は十分にありだと考えられる。しかし、彼らの世界ではむしろ、砲撃戦闘こそが主流だという。

 このスラブ大帝国との戦いでは、戦争の主役が戦艦から航空機へと変わった。我が海軍も多くの航空母艦を有していたが、ことごとく沈められてしまい、制空権を失った後はその支配権を一方的に取られ続けていった。

 防空戦闘用の迎撃機がようやく開発されたものの、すでに本国を守るのが精一杯といった情勢下で、スラブ大帝国に一方的にやられる日々が続いていた。

 だが、しかしだ。不思議なことにここ最近、スラブ大帝国からの攻撃が減っている気がする。

 人型重機によって、多大な打撃を受け、消極的になったのだろうと考えていた。まさしくこの兵器が我が「そよかぜ」に現れたことは、奇跡には違いない。

 しかし、だ。軍令部の情報本部では、それ以上の「奇跡」が起きていたという情報を入手していた。


「空に空いた大きな穴、ですか?」

「そうだ。ちょうどラヌン島沖海戦の直後に、スラブ大帝国の機動部隊、戦艦二十、空母三十、護衛空母十、駆逐艦五十隻が、突如現れた黒い穴に吸い込まれ、消えたというのだ」

「敵の大機動部隊ではありませんか。そのようなことが、本当に起きたのですか? とても信じられません」

「私とて同様だよ。が、今のスラブ大帝国の消極性を理由づける根拠としては納得がいく。そうでなければ、神楽島もあっさりと攻め落とされていたであろうことは想像に難くない」

「それはそうですが、神楽島攻略の機動部隊の主力を、我々は叩いたからではないのですか?」

「敵の物量を考えてみたまえ。あの程度の被害を受けたくらいで、神楽島攻略を諦めるとは考えにくい。それに、普通ならもっと大戦力で攻め入るはずなところを予想以上に小規模で攻めてきた。致命的な損害を受けたためと考えるのが、もっとも妥当な判断だ」


 確かに、数多くの空母を有するスラブ大帝国にしては、それを前面に出してこなかったことはずっと引っかかってきたことだ。少なくとも、正規空母を二、三十隻は繰り出してくるはずの敵海軍が、その多くを出してきていないことに違和感を感じずにはいられなかった。

 しかし、その敵が吸い込まれた空の穴というやつが現れた時とほぼ同時期に、我々の甲板にはヘレーネ少尉の人型重機が出現した。これは、単なる偶然なのだろうか?

 それにしても、逆でなくてよかった。すなわち、我々の側にその空の穴が現れ、敵側に人型重機が現れていたら、さらなる苦戦を強いられていたことになる。その時は僕自身、すでにこの世の者ではなかったかもしれない。


「えっ、空に黒い穴が開いたんですかぁ!?」


 その話を、ヘレーネ少尉にしてみた。彼女ならば何か知っているかもしれないと考えてのことだ。


「貴様の世界で、そのような穴の存在というのは聞いたことがないか?」

「ええと、一つだけあるにはあります」

「一つとは、なんだ」

「ワームホール帯、と呼ばれるものです」

「わ、わーむほーる?」

「小型のブラックホールの集まりのようなものです。ですが、普段は不活性で、超空間ドライブという機械を用いて活性化させることで、遠く数光年以上も離れた場所へとジャンプできるんですよ。それを我々は、ワープ航法と呼んでます」

「そういえば、以前にもそんな話を聞いたな。つまりそれが異なる世界をつなぐ穴、というわけか」

「ですが、妙ですね。そんなものが地球(アース)表面上に突如現れるなんて、聞いたことがありません。ましてやそれほどの大艦隊を吸い込んで消えるなど、常識では考えられない話です」


 非常識の塊のようなやつに、非常識だといわれてしまった。つまり、よほど非常識なことだとわかる。しかし、軍令部の情報網はなかなかのものであるし、スラブ大帝国の最近の消極さの理由にはなる。この非常識な事態が実際に起きたと考えるのが、妥当なのだろう。

 我が和ノ国皇国と、スラブ大帝国との間で戦争が始まって、すでに三年が過ぎようとしている。西方列強国は、この二か国間の戦いを傍観しているというのが実態だ。新大陸に築かれた大帝国とも、東方の新興国である我が皇国とも、その西方の国家は距離を置いている。

 どちらかといえば、スラブ大帝国の側に肩入れする国が多い。が、そもそも植民地であった大陸を独立国としたことへのわだかまりがまだ残っており、一枚岩というわけではない。それゆえに、その西方諸国の一部から軍令部にスラブ大帝国の重要な機密情報がもたらされることがある、というわけだ。


「ところで、軍令部より新たな命令が、我が『そよかぜ』に下った」

「はい、今度は何と戦うのですか?」

「いや、戦いではない。救助だ」

「救助?」

「そうだ。北方の島、ダラット島守備隊の撤退支援だ」

「撤退支援、ですか?」

「その島には、五千名を超える守備隊が取り残されたままとなっている。すでに防衛する意味のない北方の島より、貴重な兵員を本国へ集めたいと軍令部は考えている。敵が混乱している時期なら、なおのことだ」

「なるほど。ですが、五千人もの兵員を、どうやって運ぶのですか?」

「駆逐艦『そよかぜ』『まいかぜ』『あさしお』に加え、比較的高速な旧式戦艦の『いくしま』『やぐも』の五隻で向かう」

「あの、『あさしお』はたしか、砲塔を破損してませんでしたか?」

「応急措置で、何とか使える状態にしたらしい。それよりも、この救出作戦を成功させる時期は、今を置いて他にない」

「なぜでしょうか?」

「霧が出る時期だから、だそうだ」

「霧、ですか」

「霧に紛れて、艦隊を突入させる。いくらすぐれた電探を持つ敵であっても、結局は目視が頼みの砲撃戦闘では、霧の中であれば命中率が下がらざるを得ない。それに、航空機も使えなくなる」

「なるほど、正にニンジャ的な発想ですね」


 なんだ、ニンジャというのは? 言葉の意味的に、我が皇国の歴史上、存在した「忍び」と同じような存在だろうか。この少尉の言うことは、時々意味不明なことが多い。

 まあいい、今回は戦闘が主任務ではない。前回のトラウマ的なことは起こらないだろう……と、願いたいところだが、前回の任務にしても、戦闘任務ではなくあくまでも護衛だった。それで、あの惨状だ。ましてや、今回は敵勢力圏内に取り残された陸軍部隊の救出、戦闘の一つや二つ、覚悟しなくてはならない。


「そういえば、フェルゼンヴァーレにも孤立した味方を助け出すシーンがありましたよね。あの時はサールグレーン中尉の操るフェルゼンヴァーレの見事なまでの剣さばきもすごかったですが、敵の罠を見抜いたフォルシウス少佐の采配が素晴らしかったです」


 こんな話が通じるほどまでに、僕はあのアニメとやらを見せられた。こいつの言っていることが何のことか理解できる。確か、敵要塞攻略に向かった味方の人型兵器――この活劇内では「シュラフトスルツ」と呼んでいるが――の部隊が要塞内で孤立、それを救うべくフォルシウス少佐率いる部隊が救助に向かうという話で、ついでに敵要塞の中枢部を破壊して要塞の無力化まで成功するという、なんともご都合主義な話ながらも、迫力があって思わず見入ってしまった回だ。

 もっとも、現実では救助と敵の橋頭保破壊を同時にやってのけるなど、およそ不可能だ。今回にしても、救助のためには極力戦闘を避けねばならない。そのためにわざわざ、霧の出やすい時期を選んだくらいだ。

 軍令部からの情報が正しければ、敵は相当混乱の只中にある。艦艇の多数と、大勢の精鋭部隊を消滅してしまったことになるからだ。それでも敵はその事実をひた隠しにし、我が皇国への攻撃をやめようとしない。敵も大損害を受けたようだが、それ以上に我が海軍もこれまでの戦いで動かせる艦艇も少なく、熟練飛行士や航空機そのものも損耗が激しく、本来ならば戦闘継続もままならぬほどだ。

 だから、一人でも多くの兵を救い出し、戦力を集中させる。来るべき決戦に備える。これが、本作戦の目的でもある。


「これより『そよかぜ』は出港する! 抜錨(ばつびょう)!」


 艦長の号令が響き、前後の(いかり)が一斉に引き上げられる。


「両舷前進、最微速! 皇都ならびに軍令部に、敬礼!」


 軍用ラッパの音が鳴り響き、甲板脇に機関科員を除く乗員らが左甲板に並んで一斉に敬礼をする。桟橋向こうの軍令部建物前にも、大勢の将兵や将官らが並び、我々に敬礼で返す。


「敬礼、なおれ! 総員、持ち場に戻れーっ!」


 その軍令部から離れるとともに、一斉に持ち場へと戻る乗員らを見届け、艦長はそばにいる航海士と通信士に命じる。


「両舷半速! 後方の『まいかぜ』、『あさしお』、『いくしま』、『やぐも』にも、発光信号にて増速を指示せよ!」

「はっ、両舷前進はんそーく!」


 念のため、無線封鎖しての出撃となる。我々の出す通信電波は、敵に傍受されやすい。

 が、不思議なことに、人型重機の出す電探の電波は探知されない。我々の星、ヘレーネ少尉の言葉を借りるならばこの「地球(アース)」上の技術力では、あの電波は探知できないもののようだ。

 当然、今回も我が艦「そよかぜ」が先頭艦を務める。それはまさにこの艦隊の「目」となるためだ。

 にしても、随分と丈夫な機体だ。海水の中に飛び込んだり、通常の航空機よりも長い航続距離を飛行しているが、ほとんど整備らしい整備をせずに稼働し続けている。

 関節部の覆いを外し、その駆動部に潤滑油を挿す以外は、我が艦の整備科ではいじることができない未知の機械だらけだ。時折、ヘレーネ少尉が「システムチェック」と称する点検をする程度で、水を原料に動作可能な核融合炉とかいう動力だけで動き続けてしまう。

 聞けばこの人型重機は、およそ五百年ほど前からほとんど変わっていないという。ヘレーネ少尉が言うには、「地球(アース)〇〇一」という星が開発し、そこからもたらされた技術が、敵も味方も使っている技術なのだという。このため、敵も味方もほぼ同じ武器で戦っているのだという。当然、彼らにとっての「敵」も、この人型重機を持っている。


「そんな技術が広まるほどに平穏だった宇宙が、どうして二つの勢力に別れたんだ?」

「ああ、それはですね、今から四百年くらい前に、地球(アース)〇〇一が地球(アース)〇〇三を一斉砲撃し、その星の住人を虐殺した事件が起きたからなんです」

「おい、待て。貴様が属している勢力である連合とやらは、地球(アース)〇〇一が中心の星ではないのか?」

「はい、そうですよ」

「どうしてそんな虐殺をした星と、手を組むことになったのだ?」

「いやあ、一時は危なかったみたいですよ。数年後にその地球(アース)〇〇一から技術を盗み出し、長距離砲撃可能な駆逐艦の技術を手に入れたのはその地球(アース)〇〇三の生き残りの住人たちで、彼らは近くの地球(アース)〇二三という星に移住した後、銀河解放連盟、通称『連盟』という組織をつくって、まさに地球(アース)〇〇一を包囲、殲滅すべく他の星々に呼びかけたのですよ」

「それはそうだろうな」

「ですが、地球(アース)〇〇一からの技術供与がうけられなくなると恐れた地球(アース)もいて、中立の立場をとる星もあったんです。すると今度はそんな星々に対し地球(アース)〇二三が虐殺行動に出たんです」

「なんだそれは、目的と手段がめちゃくちゃじゃないか」

「そういうこともあって、今度は地球(アース)〇〇一が宇宙統一連合、通称『連合』を結成して、連盟に対抗し始めたのです」

「……なるほど、で、それ以降は泥沼化した状態が、かれこれ四百年以上も続いていると」

「その通りです。で、当時は百八十しかなかった地球(アース)は、その後の連合、連盟それぞれの探索で千を超えた数にまで膨れ上がり、収拾がつかなくなってますね」


 もはや、なんのために戦っているのかわからない状況に陥っているようだな。大半の星々にとって、かつての虐殺の歴史などとは無縁だから、たまたま属してしまった陣営に従っている、ということのようだ。実際、ヘレーネ少尉の星である地球(アース)八三九という星も、たまたま連合側の星に発見されたために、連合側に組したというのが実態らしい。

 一度始めた戦争は、終わらせるのが難しい。ましてや数百年もの間、その本来の目的も形骸化した状態で自身の陣営拡大のみが事実上の目的となり、だらだらと戦争を続けている。どちらか一方が殲滅される事態でも起こらない限りは、終わらない戦いだな。

 いや、それに関しては我々も人のことは言えない。我々とて、大洋を隔てた向こう側の大国と今、戦争をしている。その終わらせ方も考えぬまま戦端を開いてしまったため、すでに泥沼化している。

 皇国海軍は主力艦艇をほぼ失い、陸軍も現在の支配地域を維持できないほどに弱体化しつつある。にもかかわらず、陸海軍をまとめる大本営は徹底抗戦を主張し続け、本土決戦も辞さないと強弁している。

 そろそろ、西方列強国の中で仲介国となる国を探し、交渉すべき時期だと思うのだが、そういう動きは未だ行われていない。敵に大打撃を与え、有利な講和条件を得るまでは戦闘を継続する。それが、大本営の決定だ。

 そのためのラヌン島攻撃作戦であったが、その手前の沖で敵艦隊からの航空機攻撃を受け、見事に惨敗した。

 これを受けて、ついに捨て身の航空機の体当たり攻撃まで提案されたというが、あの人型重機の登場と、先の機動部隊消失事件の情報を受けて、その提案は一時、凍結されていると聞く。

 我々が勝ち続けなければ、大変な作戦が始まってしまう。そんな緊張感にさいなまれながらの、今回の救出作戦である。


「では、人型重機三番機、発進します!」


 さて出港から三日後、距離五百キロまで迫ったダラット島周辺の様子と、近辺に敵戦力がないかを偵察するため、人型重機は発進する。にしても、この機体を発進させるときはいつも「三番機」と呼んでいるな。ここには一番機、二番機がいるわけではないのだから、そんな呼称をする必然性はないと思うのだが。

 などと、いつものように僕は後席で、ヘレーネ少尉は前席に乗り込んだ状態で飛行を続ける。本来、航空機ではないのだからやむを得ないのだが、この人型重機というやつは遅いのが欠点だ。旧式の攻撃機よりも遅い。

 だが、搭載している電探は優秀だ。島影すらも鮮明に映し出す。高高度から、まさに五百キロ離れたダラット島を映し出した。

 が、この距離では、さすがに敵の艦影を見つけることは難しいようだ。もう少し、接近する必要がある。

 遅いとは言ったが、この人型重機、高度二万メートル以上の上空ならば時速二百キロを出せるという。要するに、空気抵抗が大きいから速度が出せないようで、空気の薄い場所ならもう少し増速が可能とのことだ。


「もう間もなく、ダラット島から百キロ地点ですよ」


 それから二時間半飛び続け、やっと肉眼で島が捉えられる位置まで接近した。ついでにその周辺の状況も見える。


「周囲に、艦影認められず。霧が出ている様子は……ないですねぇ。海面がよく見えます」


 予想に反して、霧が出ていない。多少、白い雲のような塊が見えるが、海面上には白い霧がかかっている様子は見当たらない。


「やむを得んな。一旦引き返し、艦隊を止めるしかない」

「はっ!」


 残念だが、人型重機に無線機を搭載できない。それほど広くないこの操縦席に、我が海軍の持つ小型の無線機が載せられなかった。近距離ならばともかく、百キロ以上もの長距離通信が可能な無線機となると、後席をつぶさない限りは載せられないほど大きい。

 なお、この人型重機にも無線機がついているらしいが、そもそもこれを使って我が海軍標準の無線機と通信することができない。だから、偵察した結果は、引き返して知らせるしか方法がない。

 その、帰投の途上でのことだ。


「海野大尉は、ご家族はいらっしゃるんですか?」


 急に妙なことを聞くやつだ。僕は答える。


「両親に祖母、弟が二人に、妹が一人いる。兄もいたが、ムルタラ海海戦で戦死した」

「あ……それは、ご愁傷さまです」

「いや、その戦いでは味方駆逐艦二隻をやられたものの、敵巡洋艦一隻、駆逐艦三隻を沈め、勝利を収めた。無駄死にではなかったことを、今でも誇りに思っている」

「と、ところで、ご、ご結婚とかは、されてないのですか?」

「結婚?」

「はい、つまり、奥さんはいらっしゃらないのか、と」


 変なことを聞くやつだな。そういえば、兄はすでに結婚しており、子供も三人いる。皇都空襲を避けるために疎開しているはずだ。いや、今は僕の話だったな。


「そういうことを考える間もなく、スラブ大帝国との戦争が始まってしまった。両親は縁談を持ち掛けようとしたようだが、緒戦の作戦で駆逐艦『そよかぜ』の砲雷長として出撃が決まっていたため、断った」

「と、いうことは、今はまだ独身、ということなんですね」

「そうだな。まあ、兄が子を三人残しているし、二人の弟もいるから、我が家の跡継ぎは安泰だがな」

「えっ、跡継ぎ?」

「我が海野家は代々、陛下の近衛を務める家だ。本来ならば、兄がその後継ぎとなるはずだったのだが、それだけが唯一、残念なことだ」

「そ、それじゃあ今は、海野大尉が跡継ぎということに?」

「僕は次男だ。長子後継の伝統に倣えば、兄の子供の三人の中の長男が継いでくれるはずだ」

「でも、まだ子供なんでしょう?」

「僕がこの戦争を生き残れるかどうかなど、分からないからな。それで兄と僕とで出征前に、両親にその子に家を継いでもらうよう決めてきた」

「は、はぁ……」

「だから、僕の役目はこの戦争で皇国を守り抜くこと。ただそれだけだ」


 どうして僕の身の上話など聞きたがるのだろうか。不思議に思う僕に、ヘレーネ少尉がこう言い出す。


「実は私の両親は、すでに他界しているんです」


 今度は彼女の身の上の話が始まった。ヘレーネ少尉は続ける。


「ごく普通の家庭で、私は一人っ子でした。ちょうど高校を出て、軍大学へと進もうと考えていたころに、交通事故で亡くなってしまったんです」

「交通事故?」

「はい。自動運転車に乗っていたんですが、どういうわけか手動運転で暴走する車が両親の車に突っ込んできて……さすがに自動運転でもよけられず、そのまま衝突し炎上。遺体も残らないほど、激しく燃えたそうです」

「それじゃあ、今は?」

「はい、兄弟もいないので、孤独ですね。祖父母がいることはいるんですが、両親の結婚に反対だったため、ほぼ勘当状態だったようです」


 そんな壮絶な身の上だったのか。気の毒なことだが、そんなヘレーネ少尉も今はその元いた世界を離れて、さらに天涯孤独となっている。向こうの世界に未練がないだけ、ましだといいたいのだろうか。


「そ、そんな私ですけど、もしもこの戦争が終わって、大尉も私も無事に生き残ったら……」


 と、何かを言いかけた、その時だ。急に僕の目前の電探の画面上に、何かが映る。


「ヘレーネ少尉、電探に何か、映っているぞ」

「えっ? あ、はい、確認します」


 大きな点だ。これまでの感覚で行けば、戦艦か巡洋艦といったところか。するとその電探の画像が、急に望遠映像に変わる。


「大型の戦闘艦を探知! 望遠映像を送ります、敵味方のいずれの艦か、分かりますか!?」


 そうヘレーネ少尉が問うが、言われるまでもなくこれは、敵の戦艦だ。

 最新鋭の高速戦艦のヴァリャーグ級だ。最大速力は三十ノット。どういうわけか僚艦も率いず、単艦で航行しつつある。

 戦艦が単艦航行ということ自体、珍しい。移送任務か何かだろうか? しかし、その進路の先には、まさに我々が向かおうとしているダラット島がある。

 まさかとは思うが、ダラット島への艦砲射撃を行うつもりではないだろうな? もしかすると、上陸用舟艇もあとから来る予定なのかもしれない。

 小さな島に五千人もの兵員が、ろくな防御陣地も作れずに潜んでいる状態だという。そんな島に、戦艦からの砲撃が加われば壊滅的な被害が出る。


「進路変更だ、敵戦艦を追撃、撃沈する」

「はっ!」


 霧がどうこうと言ってる場合ではない。まずはあの艦の侵攻を阻止すべく、僕らは向かった。

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