Sock Puppet Ⅱ
本山の説明に、危機管理センターは騒然となった。その話が本当なら、日本が行った行為こそバイオテロに他ならない。
三年前のエボラ出血熱流行では、三万人以上の犠牲者が出ていたはずだ。国際法はもちろん、人道的にみても許されるはずが無い。最も、どんな手段を使っても日本政府は完全に否定するだろう。
「最悪だ。これが公になれば、日本は世界中を敵に回す事になります。下手をしたら京華と戦争になるし、回避できたとしても、京華とロウド、二カ国への賠償金で破綻しかねない」
「日本という国は無くなって、来年あたりには京華の自治区になっているかもしれないな。今のうちに京華語を覚えておくか。地政学的に対ロシアを考えれば、日本の頭越しにアメリカと京華が決めてくれるだろう」
焦る御木に対し、落ち着いた小宮はまるで他人事のようだ。だが、頭脳はフル回転して、解決策を考えているのは間違いない。
しかし、わずか六時間弱での交渉は難しい。そして強硬策を取る場合に問題となるのは、人質の生命だ。
本山の説明が続いた。
京華人民共和国の公的機関や商社、鉱山開発や鉱物精製施設で消費される食材、特に豚肉をエボラウィルスで汚染、感染を広げる。空気感染する変異型エボラウィルスは、やがて豚肉を食べないロウド人にも感染した。ロウド人にも感染させることで、京華を悪者に仕立て上げるのが目的だ。
京華が鉱山開発の実権を握って以来、雇用の多くは京華人が占め、ロウド人に与えられた仕事は危険で給料も安く、決して労働条件に見合ったものではなかった。
イオン吸着鉱床の開発は、それで無くても環境負荷が高い。その一番危険で過酷な仕事を強いられ搾取され続けてきたロウド人達の間では、京華への不満が爆発寸前まで膨れ上がっていた。
また、作業中の事故でロウド人が命を落として、責任はうやむやにされ、支払われる補償金もほんの僅かである。
本山が目を付けたのも、京華、ロウド両政府に不満を抱く者達だった。バルボアも、離れて暮らしていた妹の夫を事故で亡くしている。
『感染症を発症させ、京華を追い出そう。日本が開発援助を再開すれば、生活は良くなるし、教育の機会も増える。飲み水を汲みに行くのに半日も掛かるようなこともなくなる』
甘い言葉と資金で、家族を亡くしている何人かのロウド人をスカウトした。ロウド人が食べない豚肉を使ったのも、宗教的理由で京華への憎しみを煽るためだ。彼らにはワクチンと称して、発症を遅らせる薬品を投与していた。
変異型エボラ出血熱の感染が拡大を始めると、バルボア達に次のフェーズに入るよう指示。SNSや集会で、今回の感染は京華が持ち込んだ豚肉に原因があり、高額な裏金と引き換えに感染を黙認して初動対策を打たなかったロウド政府と京華、両者に責任がある。搾取され続けてきた我々は、京華の撤退と政治家の退任を求めるために今こそ抗議の声を上げるべきだ、そう呼びかけさせた。
同時に、軍部には青天井の資金援助を、有力政治家にはハニートラップを仕掛けクーデターを企てる。
聞いているうちに、御木は胸が悪くなってきた。