Sock Puppet
総理官邸、危機管理センター。
「幕僚長、一体何が……」
「落ち着け」
腕を組んだ小宮は、顔色一つ変えずに落ち着き払っていた。昔から小宮は、状況が悪いほど落ち着いて見せる。つまり、今の状況は相当悪いはずだ。御木は唇を噛む。
「静かにしろ!」
センター内が落ち着きを無くしてざわめく中、星野が一喝して、続けた。
「時間が無い。状況を説明するが、控え目に言って最悪だ」
室内が静まりかえる。
「今朝八時五十五分、JRの新潟発東京行き特別列車『風雅』に乗り込んだムテバ・バルボアから、人質の家族に連絡があった」
御木の視界に、ぴくっと反応するうなだれた中年男が入った。
「それによるとバルボアは、三年前にロウドで壊滅的な感染を引き起こした変異型エボラウィルスを所持している。要求が通らない時は車内に拡散するそうだ。この事はまだ、乗客乗員には知らせていない。パニックになるからな」
要求は金銭的なものか、あるいは別の意図があるのか。再びざわめいた室内が星野の言葉を待った。
「三年前、日本がロウドでやった事を官邸記者会見室で国内外のメディアを集めて公表し、謝罪をすること。期限は『風雅』が東京駅に到着するまでだ。到着予定時刻は、十五時三十分」
御木は腕時計を確認した。あと五時間五十八分しかない。
「バルボアからの要求はまだある。『風雅』は今のスピードで東京駅まで停車させない、誰も乗せない、降ろさない、何も近づけない。少しでも異変を感じたら、ウィルスを撒くそうだ」
スクリーンに、新潟・東京間の路線図と『風雅』の現在地が映し出された。
「三年前の事は、特別に出席してもらっている本山さんから説明がある」
項垂れていた中年男が指名され、ふらふらと立ち上がった。
「外務省から出向中の本山です」
憔悴しきった顔で一礼し、続けた。
「一年以内にロウドを、正確に言えばロウド鉱山の開発権利を京華から取り戻す。それが三年前、私に与えられた仕事です。元々ロウドの鉱山開発は、当時の軍事政権下で日本が資金や技術を提供して進めていました。しかし、貴重なレアアースの含有率が高いイオン吸着鉱と言われる鉱床が発見されると、京華人民共和国が進出してきました。結局、資金力にものを言わせた京華が政権交代を後押しし、ロウドを手中に収めることに成功しました」
本山は一度言葉を切り、ペットボトルの水を一口飲んだ。
「京華をロウドから追い出し、日本寄りの軍事政権を復活させる。しかし、中々切り崩し工作が進まない中、あのエボラウィルスを使う決定がなされました。そして……」