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RETICULE  作者: 有端 燃
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Reticule

「あと三十秒で鉄橋に入るぞ!」

 片山からの合図に逆月は狙撃ライフルのセイフティーを解除、トリガーガードに人差し指を這わせた。

 息を吸って、吐く。列車の揺れに、脈拍と呼吸を合わせる。

「五・四・三・二・一・今!」

 御木のカウントと同時に、鉄橋に突入。先に見える『風雅』を、徐々に追い詰めていく。鉄橋の中央近くで『風雅』に並びかけた。

 二両目、中央ドア後ろ。欄干越しに、バルボアの横顔をスコープに捉えた。

 トリガーに指をかける。息を吸って、吐く。列車の揺れと脈拍がシンクロする。息を吸って、吐く。呼吸を止める。

 無心。自分は只のスナイパー、バルボアはターゲットでしか無い。

 スコープの中、わずかに揺れる照準線レティクルとバルボアの横顔が重なる。

 百キロ近いスピードで『風雅』を追い越しながら、後ろに飛び去る欄干が途切れた瞬間、逆月はトリガーを引いた。



 鉄橋の先、右にカーブする軌道がぐんぐんと迫って来る中、片山はブレーキを掛けたい衝動と戦っていた。

 僅かに減速したとはいえ、百キロ近いスピードで鉄橋を抜けようとしてしている。減速したいという運転士としての生理が、鉛を飲んだような胃を持ち上げ吐きそうだった。

(早く、早くしろ!)

 逆月の狙撃を待ちながら、歯を食いしばり腰が痺れる恐怖心を無理矢理抑えつけているのは、運転士としての意地でしか無い。

 欄干が消えた瞬間、客室から銃声が響く。間髪を入れず、電気指令式非常ブレーキを掛けた。列車は既に、右カーブを曲がり始めている。急速に減速Gが立ち上がり、スピードが落ち始めた。九十キロまで落とせば曲がりきれるかもしれない。

 もう少しだ、そう思った直後、車輪のフランジがレールを乗り越えた。

 衝撃と共に浮き上がった列車は砕石を弾き飛ばしながら着地し、大きくバウンドして電柱や信号をなぎ倒して進む。次の瞬間には横転して土手を滑り落ちていた。

 頭を下げ、運転台にしがみつく片山に、客室の二人を気にする余裕は無い。

 車両前部と衝突し根元から折れた標識が運転室に飛び込み、必死に避ける片山を掠めて天井に突き刺さった。



 スポッティングスコープを覗いていた御木が、危機管理センターに状況を入れようとした直後。衝撃音と共にレールを外れた列車が宙に浮き、横に吹っ飛んだ。

「状況終了!」

 返事を待たずに電話を切ると、御木は受身を取った。

 砕け散ったガラスの破片と共に、窓という窓から飛び込んできた砕石や土砂が容赦無く叩きつけてくる。天地が逆転し、電柱に激突した列車がぐにゃりと曲がった。

 背中を打ち付け呼吸が止まりかけた御木の視界に、気を失って無防備に転がる逆月の姿が入る。狙撃を優先し、射撃後のフォロースルーを取っていたため、受身が出来なかったようだ。

 横転する車内で、シートや手すりに掴まりながら逆月に近づいた御木は、抱きかかえて庇うとシートの隙間で踏ん張った。

 土手を滑る列車は乾いた田んぼに落ちていく。永遠に続くかと思われた数十秒が過ぎ、車両左側を下にして叩きつけられるように止まった。

「『風雅』を止めて、特殊作戦群とNBCを突入させて下さい。こちらには、至急ドクターヘリをお願いします」

 車内の土埃が収まるのを待ちながら、御木は再び危機管理センターに報告を入れた。

「手配済みだ。そっちは無事か?」

 星野の声に、危機管理センターの喧騒が被っている。

「片山運転士はこれから安否確認をしますが、逆月は意識が……」

「電話中に悪いが、いい加減どいてくれないか?」

 御木の下で、逆月が意識を取り戻していた。

「逆月は無事です。片山運転士を確認して、また連絡します」

 苦笑いしながら御木は体を反転させた。

「了解。山本群司令もそちらに向かっている」


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