Chase
逆月が片山と話している間に、御木は危機管理センターの星野に状況を説明していた。
「五分でいい、時間を稼げ!」
御木の後ろから、逆月は怒鳴った。狙撃に失敗したとなれば、即座に強行突入が選択されるはずだ。余計な死傷者が出る恐れがある。
ノートパソコンで車両位置と進行方向を確認していた逆月は、片山に確認の無線を入れた。
「地図で見るとこの先にもう一本、並走して橋が架かっているが確かか?」
「あることはあるが、さっきの川の支流だから川幅は狭いし、遠くなるぞ」
「追いつけるか?」
「ぎりぎり、だがな」
鈍行と思われている110系車両だが、最高速度は百キロを超える。今も百十キロ近いスピードで『風雅』を追っていた。
「片山さんの目から見て問題があれば教えてくれ」
「追い付くのが精一杯で、並走は無理だ。速度は落とせるかもしれないが、橋の上で追い越す形になるから、狙える時間は短いと思う」
片山の感覚では、短いというのはかなり控え目な表現だった。
「距離は?」
「確か百メートルくらい遠くなるはずだ。大丈夫か?」
「そこは俺の領域だ。気にしなくていい。橋まで何分かかる?」
片山は頭の中で素早く計算した。
「三分ちょっとだな」
「三十秒前になったら、無線で合図を頼む」
「分かった。もう一つだけ問題がある」
片山の口調は、問題の深刻さを物語っていた。
「手短に頼む」
残り時間は少ない。
「橋の先は右の急カーブで、設計速度は上限八十キロだ」
「つまり……」
「脱線する」
「直前に八十キロまで落としたら追いつけないか?」
「無理だ」
片山は民間人。脱線の危険が分かっていて、それでもやってくれとは言えない。逆月は一瞬判断に迷った。
「あんた、何か勘違いしていないか? 運転は俺の領域だ。気にしなくていい」
言葉に詰まる逆月に、片山の覚悟が刺さった。
「しっかり掴まってな」
片山との無線を終えると、御木に向き合った。
「抑えられたか?」
「五分だけ待つそうだ。それ以降は、我々の手を離れる」
「上出来だ。すぐ先にもう一本橋がある。そこで狙うから、一分以内に正確な距離と気象データを出してくれ」
絶句した御木は逆月からパソコンをふんだくり、列車位置と地図、気象データと鉄橋付近の画像を表示させた。
「これだな。距離は千二百五十五メートル。気温は五.九度、湿度三十四パーセント。風は北東から北北東。風速六、八メートル」
三十秒余りでデータを出した。
「了解」
逆月は、狙撃ライフルを再びレストした。
「今度は川幅が狭いぞ。チャンスは欄干が切れてから三秒弱だ。本当にやれるのか?」
御木は半信半疑で逆月に確認する。やるしか無いとは言え、データを見た限りでは正気の沙汰とは思えなかった。
「さっきも欄干越しに照準出来ていたから、大丈夫だ」
平然と答えた逆月は、スコープを調整する。この距離と風だと、先ほどより着弾は約九十㎝下がり、左方向にも二十五㎝近く逸れる計算だ。
「脱線がどうとか言っていなかったか?」
パソコンとスポッティングスコープを交互に確認しながら、御木は聞いた。嫌な予感がする。
「橋を越えた先は急な右カーブで、今のスピードだと曲がりきれずに脱線するそうだ」
他人事のような逆月。
「脱線!? それで、片山さんは何と?」
「運転は自分の領域だから、黙って掴まってろとさ」
列車を停める気は無いということだ。
「凄い男だな」
御木は感嘆の声を上げた。
「民間人が腹を括って見せたんだ、俺たちも意地を見せないとな。無様な姿は見せられないぜ」
逆月の言葉に御木は頷いた。
「よし、今度こそ終わりにしよう」
御木は時計をちらりと確認する。狙撃まで、一分を切っていた。




