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RETICULE  作者: 有端 燃
20/26

Sabotage

 二人が狙撃に向け集中力を高めていた時、御木の私用スマホがメールの着信を告げた。

「どうした?」

 黙って画面を見ている御木に、逆月が聞いた。

「幕僚長からで、妨害工作の動きがあるようだ。相手はSAT」

「なぜSATが俺たちの妨害をする必要があるんだ?」

「実は会議で警察庁とちょっと揉めてな。総理に今回の件から外されたんだ」

 御木はざっと説明した。

「それで邪魔をしてやろうと? 子供かよ。まあ、俺を拘置所から出すことに二つ返事の総理大臣もどうかしているがな」

「相当怒っていたからな、ありえない話じゃない。自衛隊と総理に恥をかかせると同時にSATに解決させて、警察の威信を保つつもりだ。一応片山さんにも注意喚起をしておこう」


「あと五分で白鷺川鉄橋、予定通り併走します」 

 片山からの無線を受け、御木は危機管理センターに状況開始を報告した。

「頼むぞ。状況終了まで、このまま繋いでおく」

 祈るような声の内閣危機管理監、星野。妨害工作を把握している様子はない。私用スマホにメールしたくらいだから、小宮は情報漏れを警戒して黙っているはずだ。乗客の命と小宮の首を守るためにも、失敗は許されない。

「気が散るから、でかい声を出さないように念を押しとけ」

 報告をしている御木の横で、逆月が言った。

『聞こえている。気をつけよう』

 星野が苦笑いをして、電話の向こうが静かになった。

「あと二分」

 片山から最後の連絡が入る。妨害情報を聞いたせいか、緊張が増しているのが分かる。

 逆月はセイフティーを外すと、人差し指をトリガーガードに這わせた。

 スコープを覗く。反動でスコープの縁が瞼に当たる恐れがあるほか、見やすい位置もあるので適度にアイリリーフを取る。覗いていない左眼は閉じない。わずかに細めるだけだ。

 息を吸って、吐く。

「来るぞ。カウントする」

 御木の合図に、人差し指をトリガーガードから外した。 

「五・四・三・二・一・今!」

 視界が開け、遠くに『風雅』の流麗な車体が見えた。二両目の中央ドア後ろ。

 時速五十キロ、千二百十メートル離れて併走する車内から、御木はスポッティングスコープでバルボアを探す。狙撃ライフルのスコープよりは視野が広いので、視認しやすいはずだ。

Tally(見つけた)

 先に視認したのは、逆月だった。

 スコープの中で、黒人男性は手にした黒い紙片を眺めている。象を思わせる、穏やかな濡れた瞳。

 息を吸って、吐く。トリガーに触れた指に、神経を集中した。

「欄干が途切れるぞ。五・四・三・二・一・今!」

 御木のカウントと同時に、邪魔な欄干が消える。

 二秒で風を読んだ。次の一秒で狙点を一センチ右上に修正。

 トリガーを引きかけたその瞬間、急ブレーキの衝撃に襲われた。警笛が鳴り響き、火花を上げた車輪は断末魔の悲鳴を喚きちらす。

 とっさにトリガーから指を外した逆月は、条件反射でセフティーをかけた狙撃ライフルを守るように抱き抱えた。精密な狙撃ライフルをどこかにぶつけたら、間違いなく照準が狂ってしまう。シートにぶつかる衝撃を背中で受け止め、床に叩きつけられながらも必死でライフルを守った。

 ほっとした直後、反対側のシートにぶつかった御木が、その反動で転がって来た。

「くそっ!」

 逆月は罵りながら御木を蹴り飛ばし、ぎりぎりのところで躱す。

『どうした!? 状況を知らせろ!』

 床に落ちたスマートフォンから、星野の怒鳴り声が響いていた。 



 白鷺川鉄橋に入る直前、片山の視線に入ったのは踏切に放置された自転車とコンクリートブロック。

 農作業で往来する地元住民の強い要望で五高線に残された、遮断機も警報器も無い第四種踏切だ。

 心臓が喉元まで一気にせり上がった。反射的に電気指令式緊急ブレーキを作動させた片山だったが、一舜の状況判断で再加速させる。停止させるわけにはいかないし、下手に低速でぶつかるよりスピードを上げて弾き飛ばすほうがダメージが少ないかもしれない。積雪地域でも運行されているこの車両には、頑丈な雪かき器が付いていることに賭けた。

 直後、衝突音と衝撃が運転室を襲い、自転車とコンクリートブロックが弾き飛ばされた。

「何があった!?」

 客室の御木からの無線。こんな状況でもパニックになっていないのは、自衛官という職業柄か。

「線路に自転車とブロックが……」

 片山の心臓は、まだバクバクと暴れている。

(貸せっ)無線をひったくったのだろう、逆月が割り込んできた。

「怪我は? 車両は無事か?」

「大丈夫だ。多少振動は出るが、最後まで俺が持たせてみせる」

 列車の運行に支障が出るからだろうが、自分の心配を先にしてくれたのは意外だった。

「それじゃあ、とりあえず飛ばしてくれ。次の手を考える間、時間を無駄にしたくない」

「分かった」

 通話を終えようとした片山に、逆月がぼそっと言った。

「JRは最高の運転士を送ってくれたようだな」

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