Countdown
「陸上自衛隊の御木と申します。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します」
スーツの男が頭を下げた。
後ろで、フィールドジャケットの男も頭を下げている。
「気にしないで下さい。この歳になると、誰かに必要とされるのは嬉しいものですよ」
「そう言っていただけると助かります。早速ですが、先行する『風雅』をこちらの指示通り追って下さい。『風雅』の位置情報は、このタブレットに表示されます。指示や確認事項は、その都度無線でお願いすると思います」
「分かりました。じゃあ、行きましょうか」
御木から渡されたタブレットと無線機を持って、運転台に向かった。ためらうことなく運転台に向かう片山に、御木が慌てた様子で続けた。
「あ、申し訳ないのですが、窓を一つ割らせていただきます」
コロナ禍以降は換気できるよう開閉可能な窓も増えているが、古い車両は固定窓も多く残っている。この110系も、嵌め殺し窓だ。御木に了解を伝え、運転室に入った。
ラストラン。
片山は、いつも通り一つ一つ指差呼称しながら、安全確認を実施した。特別な事はしない。安全・確実に、指示通り列車を運転する。そして二人の乗客を無事に送り届ける。それだけだ。
深呼吸を一つ。
信号が変わった。
「発車します」
客室に無線で合図を送る。
走らせる者。トリガーを引く者。引かせる者。それぞれの矜恃と信念を乗せて、列車は高牧駅を後にした。
片山が運転室に入り、御木がノートパソコンを立ち上げている間に、ゴーグルを着けた逆月はボックス席横の窓ガラスをレスキューハンマーで叩き割った。赤城山からの冷たく乾いた風が流れ込み、車内の温度が一気に下がる。
窓枠のガラスを払うと、耐衝撃ケースから狙撃ライフル、レミントンM24E1‐ESRを丁寧に取り出した。
三発の.三〇〇ウィンチェスターマグナム弾を詰めた弾倉を装填し、二脚を立て窓枠にレストする。ボルトを引いて初弾を薬室に送り、セイフティーをかけた。
「こっちはオッケーだ」
使い捨てカイロで指先を温めながら、御木に告げた。シートに片膝立ちする格好で窮屈だが、納得できる体勢が取れている。
「よし、手順の再確認だ。今の速度だと、約十二分で白鷺川鉄橋に入る。橋の欄干が途切れるまで十秒。チャンスは、欄干が途切れてからの五秒間だ。それ以降は、遮蔽物でターゲットが隠れる」
ノートパソコンを操作しながら、御木が返してきた。危機管理センターや特殊作戦群などと連携を取りながら、必要な最新情報を逆月に伝えなければならない。運転台の山本とやり取りするのも御木だ。しかも、御木自身もスポッティングスコープでターゲットを捕捉しながらだ。仕事量はむしろ逆月より多いだろう。
「了解。距離は千二百メートル、速度は五十キロ。ターゲットは二両目の車両、中央ドア後ろの座席でいいな? 正確な位置や距離の再確認と気象情報、修正値を頼む。鉄橋に出る五秒前と、欄干が途切れる五秒前にカウントしてくれ」
「了解」
一言だけ返し、御木が作業を続ける。
特殊作戦群の山本に『風雅』の正確な現在地と、バルボアの乗車位置を確認した。
『風雅』車内の防犯カメラ、追走している特殊作戦群からの情報などが、スマートフォンとノートパソコンに続々と入ってくる。パソコン画面を分割させ、JRのシステムから割り込ませた彼我の車両位置をリアルタイムで表示させると、無線で片山を呼び出した。
「今の速度を維持すれば、白鷺川手前で『風雅』に追いつきますか?」
「ええ、相手がスピードを上げなければ、ですが」
「追いついたら同じ速度まで減速して、そのまま併走をお願いします」
「分かりました。『風雅』の何両目に合わせたら良いですか?」
さすがはJRが非常事態に送り出した運転士だけあって、気が利く。
「二両目の頭に合わせて鉄橋に入って下さい。鉄橋で並んだら、なるべく速度は一定でお願いします」
「分かりました。あと、余計なお世話かもしれませんが、橋の上は気温が二度くらい下がりますし、風も気象台の発表よりは強いですよ」
「了解しました。よろしくお願いします」
片山の話を逆月に伝え、山本を通して気象情報を確認する。
気象庁のほか、自衛隊と在日米軍の気象データを貰うと、弾道解析ソフトにデータを入力、スコープの修正値をはじき出した。ただし、あくまで仮想データであるため、逆月と御木が風を読み、微妙な修正をする必要がある。
「気象データが来た。気温五.八度、湿度三十二%。北東の風、秒速七メートル、瞬間的には十二メートル。バルボアの座席までの正確な距離は千二百十メートルだ。エレベーションを三クリック上げろ」
「了解」
逆月はエレベーションノブを回した。横風の修正はヴィンテージノブでは時間的に間に合わないので、スナイパー自身が感覚で合わせるしかない。あとは、上下方向の微調整を含め、どれだけ風を読み切れるかにかかっている。
逆月は、列車の揺れと呼吸を合わせ始めた。




