Old soldier
高牧駅三番ホームでは、運転士の片山が乗客を待っていた。
先ほどまで、突然の全線運休と入場規制のため駅内外が騒然としていたが、今は職員と警察官以外の人影は見当たらない。
入社以来運転士畑を歩んできた片山は、今年三月に定年退職を控えている。長年の乗車業務から外され、有給休暇を使いながら雑務をこなす毎日に退屈を持てあましていた。
理解出来ない指示を受けたのは三時間前。駅長どころか高牧支社長さえ吹っ飛ばして、鉄道事業本部長からの特命。
一介の運転士に過ぎない自分のことを、有澤本部長は知らないはずだ。JR電話で指示を受ける片山は聞いてみた。なぜ自分なのかと。
「どんな条件でも走らせられる、110系の気動車に乗せたら一番の運転士を紹介してもらった」
「嬉しい事を言ってくれますね。誰ですか?」
有澤本部長が出した名前は、何かにつけて片山を可愛がってくれた、三代前の高牧駅駅長だった。退屈な毎日に辟易し、運転したくてうずうずしていた片山に異存などあるはずがない。
「任せてください」
「ある程度以上の危険が伴うから無理強いはできないが、それでも頼めますか? 正直に言うが、命の保証はできない」
「娘は嫁に行って孫の顔も見せてくれたし、女房は先に逝ってしまいました。思い残すことはありません」
「すまない」
有澤本部長のことは顔も知らないが、隠し事をしない姿勢に、電話越しでも信用できる男だと判断できた。
「いえ、最後にもう一度、運転士章を付けられるとは思っていませんでした。こっちが礼を言いたいくらいですよ」
追いかけるのは、最新の豪華列車『風雅』。相手にとって不足は無い。
(時代遅れの鈍行と馬鹿にする奴らに、ひと泡吹かせてやろうぜ)
排気量一万四千㏄、定格出力四二〇PSターボディーゼルエンジンを暖機しながら、初老の運転士は長年乗車し、気心の知れた相棒に語りかけた。




