Comeback
陸上自衛隊習志野駐屯地。最長三百ヤードの射撃場では、逆月が試射の準備を始めていた。特殊作戦群の山本が用意したのは、レミントン社製の狙撃銃、M24E1-ESR。世界各国の軍や法執行機関で採用されている、M24SWSの進化型だ。
来年度の導入を視野に評価試験を行っている最中だったが、今日付で書類上の廃銃処分を済ませた。
「弾は.三〇〇ウインチェスターマグナム。有効射程ギリギリに近いし風も強いから、弾頭は重めの二二〇グレイン、火薬量もそれに合わせてある。うちのナンバーワンが遠距離狙撃用にハンドロッドしているから、競技弾より正確だ。スコープはリューポルドMk4。評価試験用の標準装備品を使っている」
山本の説明を聞き流している逆月はスコープとマウントベースを外し、ライフル本体を銃調整専用台座に水平を確認して固定した。銃身の先に水平確認器機を取り付けた後、マウントベースを規定トルクで水平に取り付ける。スコープをマウントに置き、ビンテージノブ上部に水平確認器機を載せ、銃身とともに水平を再確認してからスコープを固定した。物理的に正確な状態にしておかないと、いくら調整を重ねても最終的には誤差が大きくなり、意味がないからだ。
導入試験時にも合わせているはずだが、自分の目で確認しないと自信を持ってトリガーを引くことはできない。また、スコープと瞳の距離であるアイリリーフには個人差がある。
銃を専用台座から外した逆月は、二脚を立ててからチークパッドを調整し、スコープのヴィンテージノブとエレベーションノブを中間位置にリセットした。
ボルトを外して、銃身とスコープのセンターが合っているか確認する。再びボルトを装着し、ボックスマガジンに三発の弾丸を装填した。撃つのは一発だが、一発だけ装填するのと三発装填するのでは、薬室での弾丸の据わりが違う気がする。何があるか分からない本番では三発装填するつもりだったし、気のせいと言えるレベルかもしれないが、条件はなるべく合わせたい。
「とりあえず、二十五ヤードだ」
山本が頷き、電動で標的をセットする。
マグナムライフルの銃声が、イヤーマフ越しに響いた。
標的のセンターより下に着弾している。発射された弾丸は放物線を描くため、この段階では、下に着弾していれば問題無い。
「次は百ヤードでゼロインする」
山本が新しい標的をセットした。
スポッターを務める御木はノートパソコンを開き、弾道計算ソフトを立ち上げている。弾丸の種類や弾頭重量、火薬量などを入力すると、距離に応じたドロップ量など計算上の数値が表示されるほか、風の影響も計算してくれるものだ。最も、実戦では気象条件やターゲットの行動など複雑な要素が絡み合うため、スナイパーとスポッターによる、アナログな瞬間的状況判断が不可欠だった。
逆月は、一発撃つ毎に銃を冷やし、クリーニングをしながら、射撃毎の集弾傾向を元に調整を繰り返した。
銃は意外とデリケートで、冷えてきれいな状態の一発目と、暖まってきて火薬残滓や弾頭の被銅片で汚れた状態の二発目、三発目では着弾点が変わる。実際の狙撃では、クリーニング済みの冷えた銃から放たれる一発目で任務完了するから、一発目がどこに着弾するかと、その状態での集弾のばらつきを考慮して調整しなければならない。同時に、銃との相性を確かめるため、ボックスマガジンも十個以上組み合わせて試した。
百ヤード、二百ヤード、三百ヤードで調整後、最終的にスコープの調整ノブのクリック量と着弾の移動量が合っているかを確認する。
実際の距離での試射はできないため、後は現場で距離や風を読んで合わせるしかないだろう。試射を終えると、銃をクリーニングした。
相性が良かったマガジン五個に三発ずつ詰めると、銃と共にスポンジが貼られた耐衝撃ケースに納める。ここからは誰にも触らせない。
「オッケーだ」
淡々としている逆月からは、緊張も気負いも感じられなかった。
緊張した面持ちの御木と山本が、半ば呆れながら顔を見合わせる。肝が据わっているのか、あるいは感情が欠落しているのか。
小菅から向かう途中、山本が概略を説明した時も、着替えながら一言「分かった」と言っただけだった。
「なんだ?」
二人の様子を見て、不思議そうな逆月。
「何でもない。高牧駅に列車を待たせている。急ごう」
コンバットスピードで飛んで、JR高牧支社までは約四十分。駅まで車を飛ばし、駅構内は走って移動、待機している列車に乗り込むまで約八分かかる。『風雅』の現在位置と速度を考えると、時間的な余裕はほとんどない。
八十人の乗客、逆月と御木。そしてバルボア。運命の歯車が、一気にスピードを上げて回り始めた。




