The die is cast
あと五時間。バルボアは内ポケットから金属製のパイプを取り出した。マグライトの胴体部をバルボアが加工したものだ。中にはパンク修理キットから流用した炭酸ガスの小さなボンベと、スプリング、ポンチなどが仕込んである。先端のキャップを外すと、本山に見せたピンク色の粉末をセットした。あとは側面のボタンを押せばロックが外れ、スプリングに弾かれたポンチが炭酸ガスのボンベに穴を開ける。吹き出した炭酸ガスは、客室内にピンク色の粉末を撒き散らすだろう。
先ほど、車両トラブルで東京まで止まらないと説明があった。政府内で具体的な対策が取られたのに違いない。
乗客から抗議の声が上がったが、全額払い戻しと東京駅から乗客を送るハイヤーの用意、提携している高級ホテル宿泊チケットの無料配布などで不満は収まっている。バルボアの乗った車両でも、騒ぎ立てる者はいない。
日本政府が動き出した今、準備はしておいた方が良いだろう。このまま何もなく、終点まで運行するはとは思えなかった。いくら弱腰と世界的に揶揄される日本政府とはいえ、強行手段に出る可能性は高い。噴射装置を手元に置いて、いつでも使えるようにしておいた。
自分は意味の無い事をしている、そういう自覚はあった。こんな事をしても、きっと何も変わりはしない。そしてこの列車が自分の墓場になるのだろう。
妹は、姪は、私を許してくれるだろうか。二人の写真を取り出した。一緒にしておいた、モトヤマの娘から貰った可愛らしい黒猫も付いてくる。
姪にこの黒猫を見せたら、さぞ驚いただろう。紙一枚から何でも作り出す、日本の折り紙文化を彼女に教えてやりたかった。黒猫をくれたあの子とも、友達になれたかもしれない。
バルボアは、仲良く折り紙を折る二人を夢想した。姪は、何色の『ネコさん』を折っただろう?決意を固めたはずのバルボアの頰に、涙が流れた。
だが、バルボアは既にルビコンを渡り切っていた。もう後戻りは出来ない。
賽は投げられたのだ。




