Specialist
これが、いつ執行されるか分からない死刑を待つ男なのか。その足取りに迷いは無く、深く澄んだ瞳からは、何の感情も読み取れなかった。まるで毎日そうしているかのように、こちらに向かってくる。
こいつは、自分の命に一切執着していないのだ。
自分はとんでもないカードを使おうとしている。御木は一瞬後悔した。隣を見れば、屈強な空挺隊員から鬼と恐れられている山本でさえ、緊張で表情を無くしている。
陸上自衛隊の生ける伝説。未だ多くの隊員に崇拝されている現代の軍神。死刑が執行されないのは、彼に心酔する隊員達が反発してクーデターを起こしかねないから。そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
手錠を外した刑務官と共に、移送に立ち会った警察庁の職員が去って行く。ローターの巻き起こす風に目をしかめた逆月が真っ向から御木を見据えてきた。
「何の茶番だ?」
挨拶は抜き、愛想の欠片も感じない素っ気ない態度は、十年前と変わらない。その事がなぜが御木を安心させた。
「千二百メートル先を走る列車内のターゲットを、五秒以内に一発で仕留める。二発目は無い」
「お前、気は確かなのか? 俺が何年銃に触れていないと思っている?」
御木は驚きを隠せなかった。こいつは不可能に近い狙撃条件ではく、単に銃を手にしていない期間を気にしている。それだけ狙撃技術には自信があるということか。
「時間が無い。話はヘリの中で聞いてくれ。これは総理大臣からの依頼なんだ」
御木と山本の様子から本気を見て取ったのか、逆月は渋々乗り込んだ。
日本の命運を握るテロリストハンターを乗せたブラックホークが飛び立つ。拘置所の上空で旋回すると、習志野駐屯地に向け一気に加速していった。




