Transmigration
東京拘置所。
死刑囚が収監される独居房、いわゆる単独室が並ぶ廊下に、数人の刑務官の足音が響いた。死刑が執行されるのは午前中、この時間に複数の刑務官が来るということは、誰かの執行を意味する。
足音の主は三人。覚悟が決まっている奴か。靴音を聞いた逆月は、冷静に分析していた。
収監されて十年、何人かの出房を見てきたが、大人しい死刑囚の場合は概ね三人、暴れる死刑囚の場合は五人の刑務官が連行している。
隣の単独室からは、泣きながら震える声で一心不乱に般若心経を読む声が漏れてきた。
ここにいる連中の殆どは、複数人を殺しているか誘拐殺人、強盗殺人など凶悪犯のはずだ。自分の番が来たからといって、今さら泣いて悔やんでも仕方ないだろう。
感情を殺した逆月の単独室の前で、足音がピタリと止まった。
覚悟はできている。正座で刑務官を出迎えた。
「九十三番、出房」
担当刑務官の声に、立ち上がると頭を下げる。
「長いこと世話になったな」
手錠を填められると、警護の刑務官二人に両脇を抱えられ、担当刑務官を先頭に廊下を進む。ちっぽけなプライドは、怯えの無い足取りの己に満足していた。
エレベーターに乗り込むと、刑務官が[RF]のボタンを押す。
「刑場じゃないのか?」
東京拘置所の刑場は地下のはずだ。
「移送指示が出ている」
「今さら、どこに移送する?」
「私には教える権限が無い」
まあいい、行けば分かるだろう。どこから行ってもあの世はあの世。三途の川の渡し賃が変わるわけではない。逆月は黙って従った。
エレベーターを下りると、刑務官に連れられて屋上に出る。真冬の澄んだ空気と青空に、思わず天を仰ぎ大きく息を吸った。
逆月を待ち受けていたのは、三色迷彩の多目的ヘリコプター、UH60ブラックホーク。
陸上自衛隊?逆月は本能的にきな臭さを嗅ぎ取った。エンジンをかけたまま駐機した機体の前には、スーツ姿の男が二人に市街地用戦闘服を着用した一人。
刑務官に促されるまま、ヘリコプターに向かって歩いた。そのわずかな間に、週三日許されていた、金網で覆われた二十㎡の運動場では得られない日差しと空気を貪る。
ただでは死ねそうにないな、強張った御木と山本の顔を見て、逆月は確信した。




