Terrorist Hunter Ⅱ
「おい、そいつは……」
特殊作戦群の山本が絶句した。
会議室内のあちらこちらで、どこかで聞いたことのある名前だとの声が上がる。
「元、と言ったな。今はどこで何をしている?」
星野が訊いた。
「葛飾区小菅、一丁目三十五の一」
住所を聞いて、今度は全員が絶句した。
「東京拘置所で執行を待つ死刑囚です」
「そいつを釈放しろと?」
星野が唸る。
「彼以上の適任者が存在するなら別ですが」
山本を横目でちらりと見て振った。
「技術的には、西側諸国でトップスリーに入る男です。彼で無理なら、他の誰にも出来ないでしょう……」
山本の歯切れは悪かった。
「それ程の男が、何故死刑囚になったんだ?」
星野の疑問に答えようとした御木を、山本が目で制した。
「PKOで派遣されていた時、隊員を見殺しにする指示を出した隊長と小隊長、二人を射殺したんです。事実を公表するには影響が大き過ぎるという政治判断で、除隊した自衛官同士のトラブルとして処理されたはずです」
反乱、謀反などの声が漏れた。
「正気か?」
星野が呻く。
「高潔な人物だということについては、私が保証します。時間がありませんから詳しい説明は後にしますが、彼の正義は苛烈すぎました」
二〇一五年、国連PKO活動に当たっていた南スーダンで事件は起きた。
道路整備を実施していた隊員五名が、反政府勢力のスーダン人民解放運動抵抗軍に拉致され、身代金を要求されたのだ。拉致を実行、監禁したのは、二十数名で構成された地方組織だった。
間もなく、自衛隊と同じくPKO活動に参加していたアメリカ海兵隊の協力で、監禁場所が特定された。
しかし、本気であることを証明したい反政府勢力は、直後に二名の隊員を殺害、死体を送りつけてきた。残りの三名を助けたければ、要求通り金を払えというメッセージだ。
山本と御木は直接確認していないが、伝え聞いた話では二人とも人の形をしていないほど凄惨な暴行を受けた形跡があったという。
だが、戦闘地域には自衛隊を展開させないという建前で強引に派遣させていた政府は、隊員を見殺しにすることを決める。救出のために戦闘が起きれば、そこは戦闘地域になるからという日本政府らしい言葉遊びだ。テロリストとは取引しないという世界的潮流も、都合よく利用した。
上しか見ていない、隊長を始めとする幹部自衛官は、保身のために唯々諾々と従った。
そんな中、特殊作戦群から中央即応連隊に出向し南スーダンに派遣されていた逆月は、助けられる命を見捨てられず、命令に背き救出に向かう。伝え聞いた話では、人質のうちの一人は逆月が第一空挺団に所属していた頃の後輩だったらしい。
重傷を負いながらもたった一人で反政府勢力を殲滅、隊員を救出するとその足で宿営地に向かい、隊長と小隊長を射殺した。
山本と御木も、別の小隊ではあったが現地に派遣されており、当時の状況は把握していた。
射出口から飛び出しかけた腸を自身で巻いたであろう包帯で押さえつけ、血まみれで反逆の銃口を向ける逆月。誰にも止められなかったのは、心情的には彼を支持していたからだ。幹部たちは、中央即応連隊や逆月の部下も人質に、救出作戦を許さなかった。
命令に背けば中央即応連隊を潰し、部下も首にすると恫喝していたのを山本も聞いている。
そして何より、阿修羅そのものの逆月を前に、生まれて初めて腰が抜けそうな恐怖を覚えたからだ。屈強な隊員からさえ鬼と恐れられていた山本だったが、逆月に近づくことすら出来なかった。膝の震えが止まらなかったのを覚えている。
「逆月が救出した三人ですが、その後二人が自殺、残りの一人も精神科に入院したままです。目の前で仲間が惨殺されたこと、自分自身が凄惨な拷問を受けたことによる、PTSDと思われます。救出された三人全員、手足の指と両眼が全て残っていた者はいませんでした」
手を挙げた御木が、山本の後を継いだ。
「仲間のためとはいえ、上官二名を射殺したことは許されないでしょう。ただし、彼は罪を受け入れています。ただの殺人犯ではありません。政治判断で釈放出来ませんか?」
そんなやつを釈放して、何かあったら責任を取れるのか!誰かが声を上げた。
「あんたに取れとは言わない! 責任は私が……」
言いかけた御木を小宮が止め、後を引き取る。
「陸幕の名において、全ての責任は私が取る」
発言者を睨みつけた小宮。
「幕僚長……」
「お前の首じゃ、足りないだろう」
小宮がニヤリと笑いながら、御木に言った。
星野が何か言おうとした時、会議室のドアが開いた。
「駄目だ。そんなことは認めない」
全員の視線がドアに向かう。
「総理……」
SPを引き連れた内閣総理大臣、坂東が壇上に上がって宣言した。




