1.異世界にとばされまして。
誤字脱字あったらすみません。
季節は冬。
まだ雪はちらほらと降るだけで積もる事はないが、それでも外に出れば吐息は白くなり手足が冷えて痛くなる程度には寒い。
そういう時はやはりシチューや鍋、おでんといった温かい物が食べたくなる。辛いものでもいい。あ、ポトフもいいな。あのゴロッとした野菜やウインナー、具材の出汁たっぷりのコンソメスープは思い出すだけで涎が出てきそうになる。
「ふっふっふっ。でも今日はシチューって決めてるのよね」
千佳は冷蔵庫からとある物を取り出し、不敵に笑う。
そうその物とは…『ベビーホタテ』である。
貝という食べ物は本当に美味しい。生でも美味いが特に火を通した時にでる出汁がヤバい。酒蒸しが定番?なんだろうが、お子ちゃま口の自分にはバター醤油が本当にたまらない。
ぶっちゃけ今目の前にあるベビーホタテもバター醤油で炒めて頂いちゃいたいところではあるが、そう季節は冬なのだ。身も心も温めるシチューにするしかない。
てきぱきと玉ねぎなどの野菜を切っていき、じゃがいもやにんじんといった根菜らを水に浸す。フライパンに火を付けたらバターをたっぷりと入れ、玉ねぎを投入。
じっくりきつね色まで炒めたら根菜らの水を切りフライパンに全部入れて、軽く油を纏ったら小麦粉を振りかけていく。小麦粉を焦がさないようにしつつ全体に纏わせたら、牛乳を2,3回に分けて注いではかき混ぜ混ぜ。
ゆっくりことこと煮て野菜が柔らかくなったのを確認したら、ベビーホタテとブロッコリーをこれまた投入。コンソメと塩コショウで味を整え、少し煮れば完成だ。
さっそく皿にシチューを盛り付け、レジ袋の中に入れっぱなしのフランスパンを掴みとり千佳はコタツのある部屋へと急ぐ。先にスイッチを入れていたコタツの中はとても暖かいことだろう。調理中に冷えてしまった身体にはまさに天国だ。
これでちゃんとフランスパンを切って焼いていたらもっと最高なんだろうが、腹の虫も鳴り止まないし何より今からそれをするのは面倒臭い。丸々一個丸かじりするのは行儀が良くないって?これは一人暮らしの特権、邪魔をするな。
どうせご飯を食べたら暑くなると思ってエアコンを付けていなかったので、コタツのある部屋はキッチンと同じで寒い。だが、先につけていたコタツは予想通り少し熱いかな?と思う程度にはとても暖かく、千佳の冷えた身体を瞬時に温める。
そのままシチューを食べそうになるが、いけないいけない。日本とか関係なく、食材に感謝せねば。
手を合わせ、その言葉を口にする。
「いっただっきまーす!!!」
語尾に音符が付いてそうなくらい、上機嫌に。
それと同時に部屋が目も開けられないくらい光るのだが、その瞬間を目を瞑っていた千佳には分からなかった。
なので目を開けたら直前まであったシチューがなくなっており、全く知らない人達に囲まれている状況に思わず
「…はぁ?!」
と、素頓狂な声が出るのは仕方の無い事だった。
この世にはいろんな小説や漫画がある。私では考え付かないような設定や能力だったり、複雑な人間関係だったり。その中でも異世界系のファンタジー溢れる物が爆発的な人気を誇っていたのだが、まさか自分の身に起こるとは。
人生何が起こるか分かんないもんだね。ま、私まだ18歳なんですけど。
シチューが無くなって食べれなくなってしまった事を非常に残念に思いつつ、私以外にも誰か居ないか周りを見渡す。
…見かけぬ制服の男女がいた。同い年かな?
あちらも不安そうに周りを見渡しており、女の子の方は男の子にしがみついて今にも泣きそうだ。その気持ち、とても分かるよ。私も泣きたいし。小説だと瞬時に理解してなんとかしようとする人達がいるけど、あれ凄いよ。実際にこの状況に陥っているから分かる。知らない人達に囲まれるって、思った以上に怖い。
本当ならあの子達の傍に行った方がいいんだろうけど、恐怖で身がすくんで動けない。さっきまであんなにお腹空いてテンションMAXだったというのに。情けない。
なんとか気付いて貰えないかなーって視線を送れば、男の子の方が恐る恐る振り向いてくれたお陰で目が合った。此方に気付いて声をかけようとしてくれたのか口を開くが、なんともタイミングの悪い。
「お立ち下さい稀人様」
知らない人達が動き出した。
女の子が「ひぇっ」って声を上げるのは仕方のない事だろう。でもそれに対しておどおどし始めるその人達はなんとも可笑しい。
なんとなく敵意はないのかな?と思い、言われた通り立ち上がることにした。声をかけてきた人は白い衣装に金色の刺繍がされた服を身にまとっていて、顔つきは外人さんだ。なんて言うんだろ。彫りが深い?
というか、皆同じ服を着ている。男女共に長身の人が多いので、話す時は必然的に見上げなきゃいけなさそうだ。うん、首が痛くなりそう。
「こちらへ」
どこか別の部屋に移動したいようだ。
現実(日本や外国にも)にはないような教会や神殿みたいになんだか不思議で綺麗なところだけど、地下室のみたいなので私も早く出たい。2人には悪いが、先に出させてもらう事にしよう。
女の子を安心させる為ってわけじゃないけど、笑顔で親指を立てといた。まだ完全に安全ってわけではないけど、下手に騒ぎ立てても何か状況が悪化するかもしれない。
男の子の方には伝わったのか、立ち去る際に「俺がついてるから大丈夫。一緒に行こう?」という声が聞こえた。女の子を安心させようとしてるんだろう。
うわぁ男前だ。かっちょいい。そのまま頑張って付き添ってくれ。私みたいに1人で行動するより、2人で行動した方が絶対安全だ。
「足元お気をつけ下さい」
思った通り、ここは地下室のようだった。
地下室に続いているにも関わらず階段には絨毯が敷かれていたので、多分神聖な場所か高貴な人でも住んでいるのだろうか。壁についたランプのような物には、何かの結晶みたいなのがふわふわと浮かび輝いている。なんとも不思議なものだ。
色んなものに興味津々になっていたので、長い長い階段はあっという間だった。
ぱっと広がる視界に、想像もつかないくらいどでかい城が入る。後ろを振り返れば、ド○クエみたいな小さな祠のような建物。その2つを繋ぐように白い石柱と屋根が続いている。多分渡り廊下みたいなものなのだろう。
その渡り廊下を歩きながら、柱の間から見えるこの世界の大空を覗き見る。
昼間だというのに巨大な星々が浮かんでいた。現実にはありえない、ゲームや漫画でしか見たことの無い風景。風が吹けば咲き誇る花の花弁が宙を舞い、微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
改めて五感が告げる。これは夢ではないぞ、と。
まだ地下室だけなら、これはフィクションだと言われても納得出来ただろう。このご時世、作ろうと思えば何でも作れてしまうから。
でも、この光景はどうやったって説明出来ない。昼間にこんなでかい星が浮かんでいるわけが無い。東京ドームより何倍もでかくて白い石造りの城なんて、見たことない。
理解すればするだけ、不安が募る。こんなことなら、自分もあの2人と行動すれば良かったと後悔した。あの2人に対して他人事みたいにその状況を見て対応していたが、それは千佳自身が現実逃避していたからにならない。後悔先に立たずとは、こういう事を言うんだろうな。
「どうぞ」
案内されるがままに通された部屋に入ると、中にはメイド服を着た綺麗な女の人がいた。テーブルにはクッキーが用意してあり、千佳が座ると女の人がお茶を入れてくれる。
林檎のような甘い香りに、思わず千佳のお腹がなってしまう。それもそうだ。ご飯前ですらお腹がなり続けていたのに、ご飯を抜かれた上てここまで連れてこられて千佳のお腹が鳴らないはずがないのだ。
「…クッキー食べてもいいですか」
背に腹はかえられん。
顔を赤らめつつもクッキーから視線を外さぬ千佳に、案内人さんは好きなだけどうぞと千佳の方へクッキーの皿をずらしてくれた。
すかさず1つ手に取り口へ放り込めば、砂糖の甘みがダイレクトに舌に伝わる。うーん、甘い。日本で食べてたクッキーと違って砂糖が多めなのか、少し固くてザクザクしている。小腹が空いた時に食べるには少しキツそうな味だ。
今の自分は空腹なので気にならんけど。
次々にクッキーを口に放り込んではお茶で流しこんで、またクッキーを放り込む。ループだループ。
キリがないと思ったのか、「食べながら聞いてください」と案内人さんがこの世界の事と現状を説明してくれた。
千佳も多分説明があるんだろうなぁと分かっていたのだが、クッキーに伸びるこの手を止めることが出来ずにいたのでありがたい。
もぐもぐと口を動かしながら、一言一句聞き逃さないように耳を傾けた。
この世には『瘴気』と呼ばれるあらゆる生命に害を成す物がある。
それは特定の形を持たず、空気のようなモヤの姿の時もあれば獣の形を取ったりと様々。ただ共通して言えるのは、まるで呪いのようにあらゆる生命を穢し、腐らせ、生命ひとつない死の土地に変えてしまうという。
その『瘴気』を祓うには聖なる力を持つ者が必要なのだが、聖なる力を持つ者は珍しく滅多に現れることはない。もし現れたら、すぐに国同士で奪い合い匿ってしまうのだ。
このゾンネス王国にも『瘴気』による被害が出てしまい、村のいくつかがのまれ無くなってしまったらしい。他国に援助を頼もうにも、『瘴気』による被害が広がっている今拒否られるのは目に見えていた。
それならば最終手段と行われたのは、『勇者召喚』と呼ばれる異世界から人を呼び出す儀式。その儀式を行うには月の満ち欠けや大量の魔力(魔法を使うための力?)が必要になるのだが、高確率で聖なる者を呼び出せる為条件が揃い次第行われてしまった。
ある制約があるにも関わらず。
その制約とは、此方に来た異世界人は2度と元の世界に帰れないというものである。
普通そういうのって呼ばれた側でなく呼んだ側にキツイ制限がかかりそうなものなのだが、何故か呼ばれた側に制限がかかるという理不尽。
仕方のないことだったのだ、すまないと何度も謝罪の言葉を繰り返す案内人さんには悪いが、余りの衝撃にそれ以降の言葉は耳に入ってこなかった。
なんで。どうして。
そんな言葉がぐるぐると頭の中を掻き乱しながら埋めつくしていく。頭が熱くて重い。気持ち悪い。吐きそう。
全部其方の都合でしかないのに、何故こんな目に。何か悪いことをしただろうか。
おばさんの家から出たせい?でもおばさんに隠さず正直に話をしたらOKを出してくれた。義妹とも始めのうちは険悪な仲だったが、最終的に仲直りした。両親の墓参りにも毎月行っていた。他に、他に何をしたんだ私は。
『いやぁああああああっ!!!!!』
意識が深く深く、光も通さない闇に沈みそうになった時。何処からか悲鳴が聞こえた。
この声は知っている。地下室にいた女の子の声だ。
『なんでっ!!!!なんでなのっ!!!!!私達は勝手にここに喚ばれただけなのにっっっなんで帰れないの!!!!!』
とても悲痛な声だった。
『貴方達の勝手でっっっなんでっっっ!!!!!』
とても怒りに満ちた声だった。
『お母さんっっっ!!!!!』
会いたくて、会いたくて、たまらないのが分かる…心焦がれた声だった。
『みずk…』
不自然に音が途切れた。案内人さんの方を見れば、何やら光る文字のような物が彼の周りをふわりと漂い消えていた。
なにかしたのだろう。きっと魔法と呼ばれるものだ。
小説や漫画だと夢や希望をもたらす魔法。でも今の自分にとってそれはどれも酷く残酷な物にしか見えず、乾いた笑いしかでなかった。
ただ、女の子の声を聞いたお陰で少し落ち着いた。ほら、よく言うでしょ。怒ってる人以上に怒ると、大人しくなるってやつ。それに似たようなものだ。
「それで?私は何をすればいいんですか」
異界から喚ばれた私達には選択肢がない。なので大人しく案内人さんから指示を貰うことにする。
「まずは魔力の検査をしたい」
案内人さんが何処からともなく出したのは、ソフトボールより少し大きいくらい水晶玉。魔力を測る魔道具と呼ばれる物らしく、これで魔力の色を見るらしい。
「手を当ててみて」
言われた通りにするが、反応は無い。あれ?と不思議そうに首を傾げるが、首を傾げたいのは私の方だ。
「魔力はあるのは測らなくても分かるんだけどなぁ…壊れたか?火属性なら揺らめく炎が、水属性なら荒ぶる濁流が。それぞれの対応した属性の反応が出るはずなんだけど…」
案内人さんが触ると、水晶玉の中で一陣の荒ぶる竜巻が起こる。その後に使用人さんが触ると、中で小さな炎がぱちぱちと弾けた。
案内人さんの話が本当なら、竜巻がきっと風属性で炎が火属性。案内人さんの竜巻が大きかったのに対して、使用人さんの炎は線香花火みたいな儚さがあったのは魔力の大きさが関係してるのだろうか?
「うん動く。もう一度触ってみて」
言われた通りに水晶玉に手を置く。
さっきまで残酷に見えた魔法も、いざ体験してみるとなると少しばかり…いや、結構わくわくするものだ。
私には何があるんだろう。火属性は定番だ。かっこいい。あ、でも風属性もいいな。もしかしたら飛べるかもしれないという点では少し憧れる。水属性も便利そうでいいな。何時でもどこでも水も飲めそうだし物を洗えそうだ。他に何の属性があってどんな反応を起こすか知らないから、それ以外の属性でもウェルカムだ。
「ん?え〜と、これは…」
案内人さんの戸惑ったような声。なんだろうと水晶玉を見れば、なんとも面白い反応を示していた。
炎が爆発的に揺らめいたと思えば、それを濁流が全て流してしまい、残った水も風が吹き上げ消し去ってしまう。
今の私の心を現すかの如く荒ぶっていたのだ。
「相反する属性を持つのも珍しいし、水晶のこの反応も見たことない…。複属性持ちなんだろうけど、なんで『消える』んだ?」
なんとも特殊な反応の仕方をしているようだ。思わず異世界人だからですかねぇ?なんて言ってしまったのだが、案外そうかもねと返されてしまった。
「今のところ君は火と風、水の複属性だよ。稀人さんの事はまだまだ分かってない事が多いから、もしかしたらこれからも話を聞くことになると思う」
「分かりました」
その後は王族との食事会が控えているという事で、それまで休めるように私がこれから寝泊まりする部屋に案内され解散となった。
一応使用人さんことルイーズさんは私専属の付き人らしく、部屋の中に待機しようとしていたが流石に追い出した。
異世界に飛ばされ衝撃的な事実を伝えられ。ダメージを受けた精神は、1人になる時間を欲していたのだ。
この世界のお菓子や料理は、砂糖やスパイスを使えば使うだけ上品で高貴な食べ物のように扱われています。魔法があっても地球のように安定栽培って難しいと思うんですよね( '-' )