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第七十八話 親愛なる我が小さき後輩たちへ。王の古き僕より。

 スレイプニルの嘶きがニヴルヘイムに木霊する。それは疾風となってニヴルヘイムを駆け抜けた。


 髪が靡き、服がたなびく。事が起こったのは風がエルドの剣に触れた瞬間だ。


「なんだ?」


 真っ先に気付いたのは剣を握っていたギド。皆がエルドを取り押さえようと疾走する中、突然燐光を放ち始めたエルドの剣に明確な異変を感じ取って足を止めた。


 すると再び、スレイプニルの嘶きが響く。今度は木霊ではなく大きな嘶きだったが、それはエルドの剣から起こったからである。


「まさか!!」


 ギドがハッとなって叫んだそのとき、エルドの剣が一際強い光を放って消失した。


 しかしギドは、剣がどこへ消えたのか知っている。


 だからギドはエルドを見た。


「な、何が起きたの……?」


 口を開けて唖然としているのはリルカだ。水色の瞳が三つ目つのは障壁の檻の中にいるエルドの右手に現れた剣と、彼女自身が両手で持っている大楯を行き来している。それはエルドも同様であった。


「なんで僕の剣が……いや、そもそもこれは本当に僕の剣、なのか?」


 障壁を挟んで起こった出来事は同じである。エルドの剣と同様、リルカの大楯にもまたエルドの剣に起きた異変と同じことが起きていた。


「エルドの霊臓、じゃないよね? 隠していたけど実は……みたいなヤツじゃないよね?」

「いやいやいや! 僕だって知らない!」

 

 二人とも何が起きているのか分かっていない顔で、見た目が大きく変わった自分の武器を見つめる。


 取り立てて挙げる特徴もない量産型の質素なデザインだった。以前までは、リルカの大楯もエルドの剣も。しかし現在は違う。王族が儀式で使う武具のような高貴さを放つ一品となっていた。


 共通している点は三つある。金属で出来ていた部分が全て雪と氷が入り混じったような見た目の未知の物質で出来ていることと、世界樹を意味する樹の刻印が施されていること。


 そして世界樹の刻印の上側に[ekki berjast]と子供が書いたような拙い文字列が彫られていることだ。()()のジャスティティアには存在しない言語だったために二人には文字列を読むことは出来なかった。


「エルド、この霊力って」

「あぁ」


 だが、すっかり変わってしまった自分たちの武器が放つ強大な霊力を感じ取った二人は気づいていた。


 というより、その霊力の強大さに覚えがあった。


「「スレイプニルだ」」


 障壁を挟んで二人の言葉がシンクロする。


 雪の中から巨大な氷壁がせり上がって、今にも追い付きそうだったアレキサンダーらとリルカ達を分断した。


「うわっ!」

 

 背後にいきなり現れた巨大な壁に仰天したリルカがバランスを崩して倒れ込んだ。エルドから注意が外れたことで霊臓が途切れ、障壁は瞬く間に消滅する。


「リル!!」


 エルドはすぐそばにいるオットーに見向きもせず、血相を変えて倒れたリルカに駆け寄った。


「いてて……」

「怪我はないか!!?」

「あ、エルド……うん。ちょっとすりむいちゃっただけ」


 エルドは九死に一生を得たと言わんばかりに大きく息を吐く。想い人の無事を確認した後、エルドの意識は巨大な氷壁に向いた。


「一体誰がこんなことを……」

「スレイプニルだ」

「「団長」」


 エルドの言葉に解答したのはグリムだった。


「なぜスレイプニルが僕たちを?」

「恐らくだが目をつけられたんだろう」

「えぇ!?」


 リルカが仰天する。エルドもそれは同じで、スレイプニルと遭遇したときの記憶を思い出して冷や汗を流した。


 スルトも含め、三人はスレイプニルに一度敗北している。戦闘にすらなっていないので敗北というのも違うかもしれない。


 ただ、絶対に敵わない相手という認識が植え付けられていることは確かである。そんな恐ろしい相手に目をつけられたとなれば、恐怖もひとしおである。


「僕らはどうすればいいんですか……?」


 エルドは迫る身の危険を回避するべくグリムに助けを求めた。


「何もしなくていい」

「……え?」


 返ってきた答えは期待しているものと全く異なるものだった。


「スレイプニルは気に入った人間が持つ道具に自分の霊力を注ぎ込む習性がある。まあ、つまりマーキングだな。君たちが持っているその武器も多分スレイプニルの霊力で変質したんだ」


 グリムの言葉が二人の視線を変貌した武器へと誘導する。数秒ほど見つめていたが、それでも二人はグリムの言葉の意味をイマイチ理解できず、顔を見合わせながら首を傾げた。


「ピンと来ていないようだな。ふむ、霊装と言えば分かるか?」

  

 そこで口を挟んだのはオットーであった。


「霊装………って、あれ?」


 言葉を復唱しながら顔を上げたエルドは、そこで初めてオットーと目が合った。


「む、なんだ? 我の顔に何かついているのか?」

「……え」


 そしてようやく気付いた。


「へ、陛下!!!?」

「ええええええ!!!?」


 エルドの叫びにつられてリルカも気が付いたようである。


「なんだ。今更気付いたのか……」 


 これでもかと目を丸くさせている二人に対しtえオットーは少し呆れたような目を向ける。


「何でここに!?」

「それは我がこの訓練における救助対象だからだ」

「陛下が!?」

「うむ。ちなみにいうと今回の訓練の特殊ルールを決めたのも我だ」

「????」


 理解が追い付かったエルドは口をぽかんと開けたままフリーズした。


「言っておくが私は救助対象ではないぞ。万が一が起こらないよう陛下の護衛をしているだけだ」

「はぁ……」


 グリムの補足に対してエルドは気の抜けた返事をする。


「それなら陛下連れてこなければいいのに」


 率直すぎる感想を述べたのはリルカである。


「それは最もな意見だが、今回に関しては我が希望したのでな」

「陛下が、ですか?」

「うむ。我がだ。何故かについては黙秘権を行使させてもらう」


 尋ねられる前にオットーは断りを入れた。


「話が脱線してしまったな。とにかく、お前たちはただで良い武器が手に入ったとでも考えればいい。スレイプニルは気に入った人間を追いかけたり住処に閉じ込めたりはしないからな」

「うむ。あの者は人間に友好的ゆえ、気に入った人間を傷付けるような真似は絶対にしない。むしろお前たちの身に危機が迫れば助けに来てくれるかもしれんな」


 グリムとオットーから提出された情報を受けてもまだエルドには安心できない理由があった。


「ならどうしてスレイプニルはこんな壁をいきなり出したんですか? これが無ければリルカが転んで怪我することはなかったはずです」


 その声には若干の不安と静かな怒りが含まれていた。


「これはあくまで我の予想だが、あの者の勘違いだろうな」

「「喧嘩?」」


 しかしオットーの予想を聞いて感情は転じて困惑になる。一体何を勘違いすればこうなる? 何をどう勘違いした? 様々な疑問符がエルドの中に浮かび上がってくる。


「あの者は不和を嫌う平和主義者だからな。訓練とはいえ敵対していたお前たちの様子を見て喧嘩をしていると思い込んだのだろう。それを仲裁しようとしてこの氷壁を生み出したのではないか?」

「喧嘩の仲裁って……加減を知らないのかあの馬は……!」


 エルドは堪えきれず、怒りを小さく爆発させた。


「いいや、あれでも大分加減している方だ。あの者はやろうと思えば一呼吸でニヴルヘイムを氷漬けに出来るからな」

「は」


 あまりにも規格外のスケールだったので、エルドは理解することを諦めた。アレキサンダーが言っていた通り、アレは生物ではなく天災か何かだと捉えた方がマシだと考えた。


「まぁ色々言ったが、とにかくスレイプニルがお前たちを傷付けることはあり得ない。だから心配する必要はないぞ」

「なら良かった……」


 リルカはホッと胸をなでおろした。


「────何を安心している。まだ訓練は続いているぞ」



「────クソったれ! スレイプニルめ!」


 その頃、壁の向こう側。一連の異変をスレイプニルの仕業だと断定したギドは、氷壁の向こう側に取り残されたリルカ達を助けるべく氷壁へ切りかかった。


 ガキン、という威勢のいい音が一回。


「何が目的なんだこの野郎!! 俺の可愛い後輩に手ェ出しやがったらぶっ殺すぞ!!」


 その後も数回同じ音が響くが、氷壁は傷一つ付かない。


 埒が明かないと判断したギドは霊臓を発動して、今度こそ壁を切り倒そうとした。


「氷花旋風────」

「やめろギド。いくらお前でも訓練用の鈍じゃスレイプニルの氷は砕けねぇよ」


 諦めの悪い部下に対してアレキサンダーは煙草の火を付けながら命令した。


「それが何だ!! 壁の向こうにリルカ達が取り残されちまったんだ!! アイツらが死んじまうぞ!」

「あっちにはグリムがいるんだ。アイツらが死ぬことは絶対にないし、グリムがさせない」

「それは、そうだけど……」


 団長の名前を出されたギドの勢いが急速に萎んでいく。その間にアレキサンダーはエミーリアとアイコンタクトを交わす。エミーリアは頷いて通信機を取り出すとすぐに誰かと連絡を取り始めた。


「よぉギド。想定外の事態で焦る気持ちは分かるがこういうときこそ冷静になれ。状況を正しく判断しろ。正常な判断が出来ない状態で行動しても二次災害に繋がるだけだ」

「……」

「まず、俺たちはスレイプニルの介入によって分断された。幸いスレイプニル自身は近くにいないらしいが、訓練用の装備しか持ってきてない今の俺達にはこの壁を破壊して陛下を救出することは出来ない。だが向こう側にはグリムがいる。遭難者役の陛下を護衛するためにな。だから俺たちと違って装備も本番用だ」

「それは分かってます。しかしタイマンならともかく、陛下やアイツらを守りながらスレイプニルとやるのは団長でも無理がある」


 諭されて幾分か冷静になったギドだが、冷静になったことで発見した新たな懸念を指摘する。


「そのときは俺がこの壁飛び越えて全部解決してやる」

「!」


 それはアレキサンダーの力強い一言によって打ち消された。何かを言い出そうとしていたギドは息を詰まらせる。


「……分かりました」

「分かればいい」


 頼れる上司を信頼したギドはそこで引き下がった。


「ま、杞憂だろうがな」

「?」


 煙を吐きながら一笑したアレキサンダーにギドは首をかしげる。


『訓練終了。救助対象の死亡により、霊魔陣営の勝利』

「……ありゃ、俺達の負けか」


 通信機から合図が出たのはそんなときであった。これにより、全団員の通信機がスルトのときと同じように光を放ち始める。


「訓練終了……!? それじゃあエルドが────」

「そういうこった」

 

 アレキサンダーがニヤリと笑いながら言う。全団員が魔法陣によってベースキャンプに転送されたとき、3度目のスレイプニルの嘶きがニヴルヘイムに轟いた。


 特別訓練は、終始スレイプニルに引っ掻き回される形で幕を閉じた。

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